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街から十キロ程移動すると、小さな建物が見えてきた。この建物は昔、トルクが預けられていた孤児院だそうだ。
トルクは孤児院の門の横にある扉をノックした。すると、警備服の男が現れ、トルクに用を尋ねる。
「一体、何の用だ?」
「私、―と申しますが、園長のルゥさんはいらっしゃいますか?」
「ちょっと待っておくれよ」
警備服の男はそう言って扉の中に引っ込んでいった。そして五分程待つと、警備服の男と一緒に優しそうなおばさんが現れた。
「あら、久しぶりじゃない! 元気にしてた?」
「えぇ、お陰様でとっても元気です!」
「それは良かったわ。便りが無いから心配していたけど、便りが無いのは元気な証拠っていうものね。
あら? そちらはお友達かしら」
「そうです。私たちは皆、孤児で里親に引き取られた後、こうして出会ったんです。そして、今は色んな孤児院を回って、ボランティア活動をしているのですが、二、三日お邪魔しても大丈夫でしょうか?」
「えぇ、もちろんよ。きっと子供たちも喜ぶわ」
ルゥは笑顔で野良犬達を受け入れ、孤児院の中に案内した。院内はさほど広くなく。所々、修繕の後が目立っている。
子供たちは庭で遊んでいて、どれも輝いた目をしていた。ルゥは庭で遊んでいた子供たちを集めた。
「はーい、皆さん集まってください! 今日はなんと! お兄さんとお姉さんが遊びに来てくれました!
では、自己紹介をお願いできますか?」
ルゥにそう言われた野良犬達は簡単な自己紹介をした。子供たちはトルク以外のメンバーを見て、自分達とそんなに歳が変わらないのでは?という印象を受けたが、孤児院以外の人と遊べる喜びの方が大きかったので気にも留めることも無く、皆と遊び始めた。
最初は渋っていたアブソーバーも気が付けば子供たちと一緒に遊んでいた。ルゥはその様子を安心したように見ていた。
時間を忘れて遊んでいたので、いつの間にか夕方になっていた。
「はい、皆さーん、そろそろ夕食の時間ですよ」
ルゥがそう言うと遊んでいた玩具を片付け始めた。そして、食卓へと向かう。するとそれをルゥが止めた。
「ちょっと待って、やっぱりお風呂からにしましょう。夕食はその後よ」
皆、遊びに夢中で泥だらけになっていることに気付かなかったのだ。男女別れて風呂に入り、サッパリした皆は今度こそ食卓へと向かった。食卓にはパンにスープ。それと肉を焼いたものが並んでいた。野良犬達の目にはとても豪華な食事に見えた。彼らが普段食べていたものは栄養素を粉末にして固めたものだけだった。口に運べば触感は砂と何ら変わりはない。
トルク以外のメンバーはその食事に飛びついて口に運ぼうとした。すると、それをルゥが止めた。
「コラ! 貴方達! 行儀が悪いですよ!」
優しいルゥが怒るのを見て、野良犬達の手は止まった。
「いい子ですね。たくさん遊んでお腹が空いたのは分かりますが、まずは神に祈りを捧げてからですよ」
「神? そんなもんはいねぇよ。いたとしてもくたばってるに決まっている。もし神がいたとしたら何で何もしていない俺らはこんな不幸な目に遭わなければいけねぇんだよ」
アブソーバーは皮肉交じりにそう言った。トルクは額を押さえ、首を何回か横に振った。そんなアブソーバーを見て、ルゥは特段怒る様子も無く、諭すように話し始めた。
「貴方達が今までの人生でどんな酷い目に遭ってきたのか、私には想像できないわ。ついたとしてもその何十倍も辛い思いをしてきたのでしょう。神を信じられなくなる程に。
けど、これだけは覚えていて。貴方達は何も悪くないの。悪いのは貴方達をこんな目に遭わせた大人たちなのよ。荒んだ気持ちになるのも分かる。だけど、憎しみは連鎖させてはいけないのよ。
自分がやられたから、相手にも同じことをしようなんて考えは違う。そんなことをしたら、貴方はその最低な大人と一緒の人になってしまう。だから、愛を持つの。憎しみを溶かすには愛しかないわ」
「そんなもので腹は満たされるのか?」
「満たされないよ。けど、ここは満たされる」
ルゥはそう言うと自分の胸を押さえた。
「はっ、心が満たされて何になるんだよ」
「ふふっ、それは満たされてからのお楽しみ。
長く話しすぎちゃったわね。それじゃ、夕食にしましょう」
ルゥがそう言うと、皆、神に祈りを捧げた。そして、夕食を食べ始めた。