032
エルドルト家。
ニアはオルカとリーファを引き連れ、屋敷に戻って来た。屋敷の扉を開けると、そこには血涙を流しながら立っているリンクロッドの姿があった。その姿を見て、「ほら、言った通りでしょ?」と言った眼差しをニアはリーファに向けた。
「あら、ここで何をしているの?」
ニアは血涙を流しているリンクロッドに向けてそう言った。
「…ずっとここで、一睡もせず、ニア様とオルカ様の帰りを待ち続けていました」
「あらそう、それはご苦労様。紅茶を淹れてくださる?」
「かしこまりました」
リンクロッドはそう言うと一礼をして奥へと消えていった。
「あ、あの、お紅茶なら私が…」
「いいのよ。ああいう馬鹿は使ってナンボだわ。
私は何時もの部屋に行っとくから、リーファは皆に集まるように言ってくださる? もちろん、交渉人も呼んでくださいね」
ニアはそう言うとオルカを引き連れて奥へと消えていった。リーファは命じられたように皆に声をかけ、奥の部屋へと集まった。
「ようやく、帰って来たか。オルカお坊ちゃん」
「うるさいよ、ダレンオジさん」
「ほぅ、生意気な口、叩くじゃねぇか」
「ぷぷぷっ、またオジさんとお兄ちゃんが喧嘩しようとしてる」
「…おやめなさい」
まさに一触即発と言った場面でニアが一言そう言った。すると、二人は大人しくなり、椅子に腰掛けた。
「さて、今回の件についてですが、何があったのかをオルカに話してもらいましょう」
ニアがそう言うとオルカは事の顛末を簡潔に話し始めた。
「…なるほど。という事はその首輪の野良犬と言うのがカオスが言っていた私たちを止める術だと言いたいのね。
でも、それなら私、第六支部で首輪を付けた女の子に出会ったわ。この私に銃を向けたからその銃で死んでもらったけど」
「ふふふっ、それは違いますよ」
ニアがそう言うと部屋の隅から男の声がした。皆、その声の方に目を向けると片眼鏡をした高身長の男が立っていた。
「あら、どちら様でしょうか? 勝手に入られては困りますが」
「すみません、申し遅れました。私、シャルル。シャルル・クロムウェルと申します」
「あっ、あの時の」
オルカとダレンは口を揃えてそう言った。
「お知り合いですか?」
「十五支部に出向いた時の帰りに出会った胡散臭い魔法使いだよ」
「胡散臭いとは心外ですね」
「へぇ、あなたが。その魔法使いさんがここに何しにいらしたんですか?」
「首輪の野良犬の情報を掴んだのでそれをお伝えに」
「…見ず知らずの人の言うことを鵜呑みにするほど、私は馬鹿じゃありませんよ。それが本当の情報とは限らないでしょう?」
「現段階では本当の情報ですよ」
「…どういう意味?」
「つい最近まで、そこにいるオルカ君が捉えられていたでしょう? カオスはその細胞を使って自分と首輪の野良犬の力の底上げをしようとしています。どうです? 一応、聞くだけ聞いてみませんか?」
「…そうね。聞くだけ聞いてみようかしら」
ニアがそう言うとシャルルは話し始めた。
「まず、首輪の野良犬と言うのは八名で構成された戦闘部隊です。その八人がそれぞれ特殊な能力を持っています。
まずはエルミネート・トリガー。彼は自分の指から目に見えない銃弾のようなものを発射できます。その威力はライフルと同等です。最大十発撃つことが可能で、十発撃ち終えたら、一発溜まるのに十五分程かかります」
「じゃあ、あの時、僕の肩を撃ったのはこいつだったのかな」
「そうかもしれませんね。それでは次にいきますね。
次は、リグリット・オルトネイト。彼は自分の体に電気を溜めることが出来ます。その電気を溜める方法はただ動くだけ。指先を軽く動かすだけでも彼の体には電気が溜まります。その蓄積した電気は数百万ボルトに達します。一度溜めた電気を全部放出してしまうと、再充電には最低でも一時間は掛かります。
そして、次が、ニアさんとオルカ君が出会った、ヴィクトリア・エンカウントです。彼女の能力は名前にあるように遭遇です。彼女は写真や、動画で見たことがある人の名前さえ分かれば、必ず会うことが出来る能力です」
「と言うことは私の顔を知っていたという事かしら?」
「いえ、それは全くの偶然です。
彼女には人と会えるという能力しかなく、戦える能力は全くありません。そして、何時何処で会えるという指定も出来ないので、あちらも困る能力となっているみたいです」
シャルルはそう言うと、ふぅとため息をついた。
「すみません、少しお手洗いを借りてもよろしいですか?」
「いいですよ。リーファ、案内してあげてください」
「ありがとうございます」
シャルルはそう言うとリーファと共に部屋から出た。