029
良く晴れた日曜日の昼下がり、街は人混みで溢れていた。ブラスフェミー第十五支部で指揮を執っていた隊長もその中の一人であった。
宛ても無く街をぶらついていると、前方に見覚えのある人物が目に入った。その人物はどこか気怠そうな雰囲気を出しながら歩いていた。手には紙袋からはみ出したフランスパンを抱えている。そして、首には見覚えのある首輪が付いていた。
隊長はその人物に歩み寄り、声を掛けた。
「エキラドネじゃないか。
こんなところで何をしているんだ?」
名前を呼ばれたエキラドネは隊長の方へ視線を移した。
「誰かと思えば、えっと、誰?」
「それは新しいボケだな。
俺だよ。十五支部であっただろ?」
「あぁ、そう言えばそうかもね・
まぁ、私に話しかけてくると言えばそれ関連の人しかいないもの。ところで何の用かしら?」
「いや、別にこれといった要件は無いんだ。たまたま見かけたから声をかけただけ。
ところで、エキラドネは今から何か用事があるのか? 見た所、昼食を食べるところかな?」
「いえ、私は澄ませたわ。
これはアブソーバーの分。あの人、ズボラの世界大会があれば、ぶっちぎりで優勝するぐらいズボラだから、誰かがご飯を作りにいかないとご飯をたべないなんてことばかりよ」
「へぇ、いい彼女さんだな」
「彼女? あいつに恋愛感情なんて微塵も湧かないわ。アブソーバーもそう思っているはずよ。
私達、野良犬はかなり遠い親戚みたいなものよ」
「そうなのか。
ちなみになんだが、君は野良犬になる前は一体どこで何をしていたんだ?」
隊長がそう言うとエキラドネは「こっちにきて」と言って隊長の手を引いた。そして、しばらく歩くとアパートに着いた。そして、ある一室に案内された。
「…ここは君の部屋かい?」
「数あるうちの一つよ。定住しているところなんてない。
それで、さっきの話なんだけど、ここまで連れてきて言うのもあれだけど、それに関しては何も話せるkとはないわ。守秘義務が課せられているの」
「隊長権限を使ってもか?」
「ふっ、笑わせないで。
たかが、一端の隊長風情が知っていい情報じゃないのよ。私たちのことを隅から隅まで知りたいのならば、せめて第二支部の支部長ぐらいになってもらわないと無理だわ」
「そうか…
ならば、なんでここに連れてきたんだ?」
「別に大した理由じゃないわ。
あんな街中で、それも人がたくさんいるところで出来る話じゃないわ。それにあなたに手伝ってもらおうと思っただけ」
「一体何を」
「料理」
隊長の問いにエキラドネは即答した。隊長は「はぁ?」と間の抜けた声を出してエキラドネの顔を見た。
「何で俺が料理を?」
「暇でしょ?
私、こう見えても料理は得意じゃないの」
得意げにエキラドネはそう言った。
隊長はため息をつき、額を押さえた。そして、二人は簡単な調理器具が揃ったキッチンに立った。
食材の下ごしらえをしているとエキラドネがポツリと話し始めた。
「手伝いをしてくれるお礼に私たちの過去の事を話してあげるわ。
これはあくまでも独り言だから」
隊長は何も言わずに頷いた。
「私たちは全員孤児だったの。
どこで生まれたのかも忘れたわ。虐待されていた子もいれば、見世物小屋で見世物にされていた子もいる。
ブラスフェミーはそんな子ども達を保護という名目で世界中からかき集めたわ。本当は人体実験をするために。
世界中から集められた子どもはまず、簡単な知能検査を受けたわ。賢い子どもを選別するために。
私は残念ながら賢い子じゃなかったから、別のコースになったわ。他の野良犬もそうよ。
賢い子どもは今頃、ブラスフェミーの科学者としてどっかの支部で働いているんじゃないかしら? まぁ、どうでもいいけど。
別のコースに弾かれた子供はそれからさらに選別の作業を受けたわ。首輪の適合者として。沢山の薬を投与され、体を散々に弄り回された後、最終段階として首輪を嵌められたわ。
元々、決められた数しかないから順番に嵌められていくのだけど、拒否反応が起こると死ぬわ。首から上が爆発して死んだ子もいる。それを目の前で見せられて、「あぁ、私、ここで死ぬんだ」なんて思ったりしたわ。
でも、私は死ななかった。首輪は私を選んでくれた。安心した私は腰を抜かしてしばらく立てなかったわ。
でも、本当の地獄はそれからだった。私たちは首輪をつけていることによって、ちょっとやそっとのじゃ死なないの。すぐに元通りになるから。
だから、どれほどまで耐えられるのか、どれほどの負荷を与えたら再生時間にどれだけの影響があるのか、昼夜関係なく繰り返されたわ。あの時、首輪に選ばれずに死んだ方が良かったと何度思ったことか。
その実験が終わったら今度は戦闘訓練が始まったわ。その訓練の犠牲になったのはかしこくもなく、首輪にも選ばれなかった子ども達。初めは私たちも泣きながらその子たちを殺した。でも、次第に心は痛まなくなった。涙も出なくなった。してはいけないことだって分かっている。でも、どうしようもないことだった。
償っても償いきれない程の罪を私は背負っているの。今でもあの時の光景は夢に出てくるわ
そっちの準備は終わったかしら?」
「えっ、あ、あぁ」
急に話を振られた隊長は声が裏返った。隊長から材料を受け取ったエキラドネはそれを全部鍋に入れ、煮込みだした。
「まぁ、独り言はこんなものよ。これ以上は本当にあなたに話すことは出来ないわ」
「…そんなことがあったのか・
すまない、軽い気持ちで聞いてしまって」
「別にいいわ。このことを聞いたところで、あなたにはどうすることもできないのは知っているから。
それにどうにかしてほしいとも思っていないわ。話を聞いてもらえただけでも気持ちは軽くなる物よ」
それから二人は黙々と作業を進め、三品の料理を作り上げた。
「ありがとう、助かったわ。
言うまでもないけど、今日話したことは一切他言無用よ。もし、話そうものなら、あなたにこの首輪を嵌めてあげる」
「い、いや、遠慮しておくよ。
それじゃ、俺は帰るよ。また会うことがあったらよろしくな」
「えぇ、そうね。
そう言えば、あなたの名前を聞いていなかったわ」
「俺か? 俺はアベニール。アベニール・ランサーだ」
「そう。よろしくね」
二人は握手を交わした。