002
ダレンとオルカは基地の入り口までやってきた。ダレンは周囲を軽く確認して、隊員から拝借したカードキーを使い、扉のロックを解除して中に入った。
中はだだっ広い、物置の様な倉庫になっていた。
「……誰もいなさそうだな。
しかし、応援が来るみたいなこと言っていたくせに、あれから十分経っても誰も来やしない。一体どうなってんだ?」
「ここの入り口は一週間に一度ぐらいしか使われていないからね。使われても昼間だし、ここまでくる道も一本道しかない上に、ここから入れば本部まで行くのに一番時間がかかるというわけ。だから応援が来るまで、少なく見積もって後十分ぐらいかかるんじゃないかな」
ダレンの疑問にオルカが答えた。
「やっぱお前の能力便利だよな。
さっきみたいに幻覚を見せることも出来るし、触ったやつの記憶を読み取ることも出来るんだからよ」
ダレンは羨ましそうな目でオルカを見ている。そのオルカは満更でもなさそうな顔をしている。そんなやり取りを交わしていると銃を構えた隊員が二人駆けつけてきた。
「そこの二人、止まれ! 動いたら撃つぞ」
ダレンはオルカを見た。オルカは知らん顔でそっぽを向いた。
ダレンはため息をつきながら駆けつけてきた二人を見た。どちらも銃をこちらに向けて構えている。
「はぁ、どいつもこいつも銃を突き付ければ大人しくなると思ってやがる」
「お前こそ、自分がどういう状況に置かれているのか分かっているのか?
本部からの報告では銃の所持はない。この距離ならば銃に勝る武器はないだろう。大人しく投降しろ」
隊員が返す。
隊員達との距離はざっと十メートル程。確かに隊員の言う通りダレンは銃を持たず、武器はナイフのみ。それに、地の利も隊員達にある。この状況ならばどう考えても銃の方が圧倒的に有利だ。
それが普通の人間なら。
「おー、確かにそうだな。
だが、世の中やってみないと分からないことだらけだぜ?
お前らの言う通り俺はナイフしか持ち合わせていない。
それなら、俺のナイフとお前らの銃のどちらが強いか勝負してみるか?」
ダレンは真剣な眼差しで隊員達にそう言った。それを聞いた隊員達は笑い出した。
「ぷっ、はは、はははは! おいおい、悪い冗談はよせよ。武器がナイフだけだと?
まぁ、お前がそこまで言うなら相手してやってもいいぞ。
最近、退屈で仕方なかったんだ。たまにはこういう娯楽もないとやっていけねぇもんな」
隊員達は乗り気だ。
「よし、じゃあ、ここに一枚のコインがある、これを投げるから落ちた瞬間が始まりの合図だ。
ダレンはそう言ってポケットからコインとナイフを取り出した。
「あぁ、いいだろう。
どうせ死ぬ運命だ。何か遺言はあるか?」
「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ」
「ふん、変わった遺言だな。
まぁ、聞いたところで届ける相手もいないがな。
こっちはいつでも準備万端だ。好きなタイミングでいいぞ」
ダレンは一つ深呼吸をすると、コインを宙に投げた。
…………チャリン…
コインが地面に落ちた。
その瞬間、銃声が鳴り響く、がそれも一瞬だった。
何故なら、ダレンは隊員達の元に目にも止まらぬ速度で移動し、二人の喉を一瞬で掻き切っていた。
辺りに血飛沫が舞った。そして、ダレンの足元に二つの死体が転がった。
「…遺言、確かに届けとくぜ。まぁ、届ける相手がいねぇんだけどよ。
…ていうか、オルカ。お前、何一人で隠れてやがる」
ダレンにそう言われてオルカは隅からこっそりと現れた。そして舌を出してウィンクをした。
その仕草に苛立ったダレンはオルカにゲンコツを喰らわせた。
「いっっっっってぇぇ!! 舌、噛み切ったじゃんか! 普通の人なら死んでるよ!」
「あー、良かったな普通の人じゃなくて」
ダレンは皮肉交じりに言った。まだ頭を押さえているオルカを横目に煙草を取り出した。
「げっ、マジかよ。残り三本しかねぇよ。
帰り道で煙草買いに行かないとなぁ。つか、いくら死なないとはいえ、長生きするもんじゃないよなぁ。煙草代だけでどれだけ金がかかるんだよ…
おーい、オルカ、早く行こうぜ」
ダレンが呼びかけるがオルカは頭を押さえたままで、そこから動かない。どうやら拗ねているようだ。
ダレンはため息をついた。そして、オルカとの交渉の結果、仕事が終わったらゲーム機を買うという約束で交渉成立した。
さっきまでの態度が嘘だったかのように軽い足取りでオルカは先に進む。
最初に殺した隊員の記憶を頼りに本部まで向かった。もちろん簡単に辿り着けるわけもなく、警戒態勢となっている基地内で何度も戦闘を余儀なくされるが、死なない彼らにとっては特に問題にはならなかった。
そんなことを知る由もない隊員達は馬鹿の一つ覚えみたいに銃を乱射する。その度に隊員の死体の山が増えていく。
もう少しで本部に辿り着きそうな頃、隊員もただの銃では通用しないと分かったのか、とうとう対物ライフルを持ち出して来た。
「わぉ、そんな大層なものをこんな至近距離でぶち込んでどうするつもり? 建物が崩れ落ちても知らないよ?
それともあれかな? もしかして、自殺願望者なのかな? それなら勝手に死んでくれた方がこっちも殺す手間が省けるし、助かるんだけどなぁ」
「黙れ 化物どもめ! どうせ死ぬなら道連れにしてやる! 流石の化物でも木端微塵にすれば死ぬだろ!」
それを聞いたオルカ達は呆れた様子だ。
「やれやれ、そんなことで死ねるならとっくの昔に死んでるってーの。
あっ、でも死なないわけじゃないか。…まぁ、今はそんなことどうでもいいよね。
ていうか、よくそれを撃っていい許可が下りたよねー、早く撃ちなよ」
オルカは隊員に向かって挑発した。隊員は躊躇うことなく引き金を引いた。オルカ達は避けることなく真正面から受けた。
凄まじい轟音、辺りの壁は崩れ、オルカ達がいた場所には瓦礫の山が出来ていた。
「…流石に死んだだろう」
舞い上がった埃が落ち着き、隊員は瓦礫の山に目をやった。
隊員は自分の目を疑った。瓦礫の山の前に無傷の二人が立っていた。
「いやー、流石対物ライフルといったところだね。痛みなんて感じる間もなく木っ端微塵だよ。
まぁ、それでも僕たちは死にませんでした。残念だったね。
それではさようなら」
オルカはそう言いながら隊員に近付き、肩をポンと叩いた。すると、たちまち隊員は息苦しそうな顔を浮かべ、しばらく踠いた後に倒れた。
オルカ達はその様子を眺めながら服に付いた埃を払っていた。完全に動かなくなった隊員を見てダレンが尋ねる。
「それで、今回はどんな悪趣味な殺し方をしたわけ?」
「溺死だよ。足に重りをつけてゆっくりと水位を上昇させて、殺した。
まぁ、幻覚なんだけどね」
「あぁ、そうか。そいつは嫌な死に方だな」
ダレンは興味無さそうにそう言うと二人は移動を再開した。