025
「…い、…きろ。…おい、起きろ」
オルカは誰かに揺さぶられて目が覚めた。どうやら眠ってしまったみたいだ。体を起こし、眠たい目を擦りながら揺さぶってきた人物を見ると、どうやらアブソーバーのようだ。
「ったく、捕まっているくせによくもまぁ、そんな呑気に眠れるよな」
アブソーバーはそう言うと乱暴にオルカの体を持ち上げて立たせると、「ついて来い」と言って部屋を出た。オルカに選択肢など無く、重たい足を引きずりながら黙ってアブソーバーに付いていった。
五分程歩いてアブソーバーはふと足を止めた。目の前には大きな扉がある。
「よし、ここに入れ」
オルカは言われるがまま部屋に足を踏み入れた。アブソーバーは入ってこなかった。
中は途轍もなく広く、何かの研究をしているのかあちらこちらに資料が広がっていて、テーブルの上に置かれているモニターは意味不明な数字や文字が羅列してあった。
その中でも一際目を引く物があった。部屋の中央にある大きな筒状の水槽みたいな物の中に酸素マスクのようなものを付け、様々な管や線で繋がれている女の子がその水槽の中にいた。
オルカがその女の子を訝しげに見ていると、後ろから声が聞こえた。
「やぁ、オルカ・エルドルト君。久しぶりだね。気分はどうだい?」
オルカは振り返ると暗闇の中からオルカと背丈が同じぐらいの男の子が現れた。オルカはその人物に見覚えがなく、首を傾げた。
「おや、私のことを忘れたのか?
…おっと、失礼。この姿になってから会うのは初めてか。君達のお陰で私も不死とまではいかないが若返って長生きをすることが出来てね。とても感謝しているよ」
謎の人物がそう言うとオルカは何かを思い出したかのように呟いた。
「…カオス・ラリーフォーミュラ」
「ようやく思い出してくれたか。
忘れたらどうしようかと思ったよ」
カオスはそう言うと口角を少し上げた。
「忘れられるはずがないだろ。この外道め」
「そう怒るなよ。まぁ、私がしてきたことは道徳的観念から見ればとても許されることではないのは百も承知さ。だが、科学の発展には犠牲が付き物。
死なない君達にはとても感謝しているつもりだよ。…最近、研究所や基地を破壊しているのはいただけないがなぁ」
「壊される理由は分かっているんでしょ? それならいいじゃん。
ところで何の用なの?」
「おっと、それを忘れるところだった。いやいや、全く歳は取りたくないものだ」
カオスは不敵な笑みを浮かべ、話を続けた。
「いや、まぁ、用事と言っても大したことではない。ただデータが欲しいだけだよ。それも莫大な数の。
それだけのデータが必要となると、やはり、それだけの検体が必要となる。
実験用の人間を集めるわけなのだが、天下のブラスフェミーと言えど、簡単に必要数を集めることは出来ないのだよ。まぁ、出来ないわけではないが、それでは時間がかかり過ぎるのだ。
そこで、今回も不老不死と言う最高の体を持っているオルカ・エルドルト君に『協力』をしてもらおうと思って」
カオスはオルカの周りをクルクルと回りながら言った。
「協力って前回も無理矢理連れてきて、無理矢理弄り回しただけじゃんか」
オルカはただ一点を見つめてそう言った。
「はっはっはっ。面白いことを言うようになったね。契約書にサインをしたのは君達じゃないか。合法だよ。合法」
「あんな状況下に置かれていたら、そりゃまともな判断が出来るわけがない」
「まぁまぁ、そのお陰で君達は不老不死の他に特殊な能力を授かったわけじゃないか。それでイーブンだろう?」
カオスはそう言って近くにあった椅子に腰掛けた。
「…ていうか、結局お前の目的は何なの?」
「世界征服。
いや、世界を作り直すことさ」
「はぁ? 頭大丈夫?
何のためにそんなことを」
「この世界は腐っている。くだらない理由で戦争は起こり、今も罪のない人々が死んでいる。
私はそんな世界など滅んでしまえばいいと思っている。いっそ自らの手で世界を滅ぼして私の手で作り直せばよい世界が作れるのではないかと思っていてな」
「なんで、そんな分かりやすい嘘つくのさ」
「…何故、嘘だと?」
「お前はどこで誰が死のうと興味ないくせに、罪のない人々を憐れんでいるところが嘘くさいんだよ」
「ははははっ、バレてしまったか。
まぁ、半分正解で半分不正解だ。
世界を滅ぼそうとしていることは本当。どこで誰が死のうと興味がないのは間違いだ」
「へぇ、お前に誰かの死を悲しむ心があったんだね」
「ふっ、人をロボットみたいに言うんじゃないよ。私だって少なからず感情というものがあるさ」
「ふーん、あまり興味ないけどね。
ところで、あの水槽の女の子は何?」
オルカはそう言って大きい筒状の水槽の中にいる女の子を指差した。
「あれか? あれは私の大切な人だ。
世界を滅ぼそうと思ったきっかけをくれた大切な人だよ」
「そんな大事なものをこんな分かりやすい場所に置いていても大丈夫なの? 誰かに壊されたりしない?」
「心配するな。例え、リンクロッドが全力で殴ったとしても傷一つ付くことはないさ。リンクロッドと比べて威力は落ちるが、試しにRPGでも持ってきて、撃ち込んでみようか?」
「いや、いいよ。遠慮しとく」
「いい判断だ。
さて、それでは実験を始めて行こうか。
いいデータが取れることを期待しているよ。オルカ・エルドルト君」
カオスはそう言ってオルカの肩をポンと叩いた。オルカの額から一筋の汗が流れ、頬を伝った。