024
「…あれ、ここはどこだ?」
オルカは薄らとした意識の中で、今自分の置かれている状況を整理しようとした。
徐々に鮮明になっていく視界。見たことのない天井だ。ゆっくりと体を起こすと、チャリと金属音がした。音の方へ目をやると、どうやら自分の手には手錠がかけられていた。
何故?と考えるが思考が回らない。一旦、考えるのを止め、周囲を見渡した。独房の様な部屋に閉じ込められている。部屋の中にあるのはむき出しのトイレとオルカが眠っていたベッドのみ。窓すらないコンクリートの壁。その反対側にはドアノブが無い鉄の扉があるだけだった。
「…そうか、捕まったんだったけ」
オルカはそう呟くと扉の外に何があるのか確認する為、ベッドから起き上がり、扉の方へ歩みを進めた。しかし、足が思うように動かない。視線を足元に移すと足首には鎖のついたバンドが装着されていて、その鎖の先には大きな鉄球が付けられている。
オルカはため息をついて、重たい足を引きずりながら扉までやってきた。扉の隅々を確認するがやはりドアノブらしきものはない。扉の真ん中よりやや上のところに見張りが中を確認する為の小窓がついているくらいだ。
外の様子がどうなっているのか見るためにオルカはその小窓から外を覗いた。そこでオルカが目にした光景は物でも壁でもなく人間の目だった。
オルカは予想外のことに驚き、尻餅をついた。もう一度小窓の方へ目をやると、その二つの目は尻餅をついたオルカを追う訳でもなく、ただひたすらに一点だけを見つめていた。いつからここに居るのだろうかと考えれば鳥肌が立つ。オルカはそっと立ち上がり、小窓に蓋をした。
重たい足を引きずってベッドに戻り腰を掛けた瞬間、ドドドドドンと物凄い勢いで扉が叩かれた。きっと扉の前に立っていた人物に違いない。
跳ねる心臓を落ち着かせて、再び扉まで行って小窓を覗くと、まだその薄気味悪い目玉はそこにいた。
オルカはため息をついてベッドに戻った。すると、その人物はまた扉を凄い勢いで叩く。
「一体、何がしたいんだよ」
オルカは不満を露わにして呟いた。そのまま不貞寝をしようと横になると扉が開く音が聞こえた。オルカは音に反応して飛び起きた。そして、扉の方に目をやると、きっとさっきまで扉を叩いていたであろう人物が部屋の中に入っていた。性別は不明で頬は酷く痩せこけていた。そして鼻が曲がるような異臭を放っていた。その人物は手術で使うようなメスを握っている。
「やれやれ、そんなもので僕を殺せるはずないでしょ。
何しに来たの? ていうか、この扉、鍵かかってないの?」
オルカは問いかけるが返答はなかった。
「無視かよ。
まぁ、まともな人間に見えないから返事が返ってくるとは思わないけどね」
性別不明の人物は刃先をオルカに向けたまま、微動だにせず立っている。
オルカはその人物から視線を逸らさずに少し後ろに下がった。その時、オルカの足に何かが触れた。それに気を取られたオルカは一瞬だけその人物から視線を逸らした。そして再び視線を戻すとその人物はオルカに飛びかかっているところで、気付いた時にはもうオルカの眼前にいた。
「嘘でしょっ!」
オルカはその人物の予想外の俊敏性に反応が遅れた。そして、そのまま倒され、馬乗りの状態となった。
性別不明の人物は表情をピクリとも動かすことなく、手に持っていた刃物をオルカの顔に突き刺そうとしていた。オルカは寸前のところで刃物を止める。思いの外、力が強くオルカは押し負けそうになった。
もうダメだ。そう思った瞬間、オルカの体が軽くなった。誰かがオルカの上に載っていた人物を引き剥がし、壁に叩きつけたのだ。
オルカは体を起こし、壁の方に目をやると性別不明の人物はボサボサ髪の男に頭を掴まれ、壁に叩きつけられていた。
「探したぜ。逃げ出すんじゃねぇよ、クソ野郎」
「…お前は、アブソーバー」
オルカに名前を呼ばれたアブソーバーは頭を押さえつけたまま顔をオルカの方へ向けた。
「あ?
そうか、ここはお前の部屋か。やっとお目覚めかい? オルカ・エルドルトさん」
アブソーバーはニヤリと笑った。
「悪かったなぁ、こいつはちょいとした実験の最中に逃げ出した元猟奇殺人犯なんだ」
「…実験? もしかしてブラスフェミーはまだ人体実験なんかしているわけ?」
「おいおい、そんな分かりきったことを聞くなよ。科学の発展には犠牲が付き物だろ?」
「だからって何をしても良いわけじゃないでしょ」
「…俺の話聞いてなかったのか? こいつは猟奇殺人犯なの。こいつは一体何人殺したと思ってんだ。こいつには人権なんてねぇよ。だから、ブラスフェミーは粗大ゴミを再利用しているだけ」
「…それって詭弁でしょ?
アブソーバーもたくさん人を殺しているくせに」
「それはお互い様だろ。
まぁ、話は後だ。こいつを連れて行ったらお前の話し相手になってやるからよ。それまで待っとけ」
アブソーバーはそう言うと頭を掴んでいた人物を再び壁に叩きつけ気絶させると、それを連れて部屋を後にした。