021
車を走らせてから30分、ランディはルナがいる街、キャンパーに着いた。
ランディは車を邪魔にならないところに停車させると車から降りて体を伸ばした。
「ようやく着いたな。案外遠いんだよな。
さて、ルナに電話をするか。でも、随分と遅い時間だからなぁ。起きていることを祈ろう」
ランディはそう言うとスマホを取り出しルナに電話をかけた。すると、待っていましたかのように1コール目が鳴り終わる前にルナは電話に出た。
『はい、こちらマイ・フェルミレールです』
相変わらずの挨拶だった。
「ランディだ。
…ルナ、その挨拶はお決まりなのか? 普通、スマホに名前が表示されるから誰がかけてきたのか分かるだろ」
ランディは少しうんざりした口調で言った。
『あら、誰しもが名前を登録していると思わない方がいいわ』
「登録してないのかよ!!」
『いえ、もちろん登録してあるわ。
それより、電話をしてきたということはもう着いたのかしら?』
ランディはため息をついて、街に到着したことを伝えた。
『今のため息は必要だったのかしら?
まぁ、いいわ。そのまま私の家まできてくれる?
…私の家の場所、知っているわよね?』
「あぁ、何度か尋ねたことがあるからね」
『あら? そうだったかしら?
とりあえず、待っているわ。焼きたてのクッキーは出せないけど』
「いや、俺も手土産は用意していないから問題ないよ。それにルナは一度もクッキーは焼いたことないだろ。
それじゃ、後で」
ランディはそう言って電話を切り、車に戻った。
車に乗り込み、シートベルトを着用したところでモニカが目を覚ました。と言ってもまだ寝ぼけ眼だが。
「おや、ようやくお目覚めかい?」
「…ここは?」
モニカは寝ぼけ眼を擦りながらランディに尋ねた。
「あぁ、ここは俺の知り合いが住んでいる街さ。悪いけどちょっとだけ用事があるから寄らせてもらえないかな?」
「…うん、いいよ」
モニカはそう言うと再び眠りについた。
街に入ってから5分程車を走らせ、一軒の家の前で車を止めた。玄関の前には髪の毛を頭の上で纏め、お団子ヘアーにしている眼鏡をかけた女性が立っていた。その女性は車を止めたランディに手を振っている。どうやらこの人物が先程からランディと電話をしているルナ・フェルミレールのようだ。
車から降りたランディはルナの元へ行き、挨拶をした。
「すまないな、こんな夜遅くに」
「いえ、構わないわ。それより、電話にあった女の子ってのはあなたの車の助手席で眠っている女の子でいいのかしら?」
ルナは車の近くまで歩み寄り、助手席を覗き込みながら尋ねた。ランディは「そうだよ」と答える。
「ふーん、なかなか可愛い顔をしているじゃない。そりゃ、ランディが手を出すのも分かるわ」
「いや、だから手なんか出してないって!」
「あらそう。とりあえず、この子起こしてもらえる?」
ルナは助手席の窓をコンコンと叩きながら言った。
「それが、起きないんだよ。さっきちょっとだけ起きたんだが、すぐ寝ちゃったんだ。
それに電話で言っただろ、呼んでも起きないから揺さぶって起こそうとしたら触れなかったって」
「ふーん。…触れないね。
それじゃ、触れないってことは彼女はどうやってシートに座っているのかしら。シートに座っているのなら、どこか触れるところがあるのでは?」
ルナはぐっすりと眠っているモニカを窓越しに凝視しながらそう言った。
「なるほどね。
…ところでルナ。その窓に張り付いて見るのだけは止めてくれ。傍からみたら変質者そのものだぞ」
「あら、ごめんなさい」
「それで、どうやって触れる場所を確かめるんだ? シートに座っているということは背中は触れられそうだけど。でも、それ以前に背中に手を回すことが出来ないぞ」
「…そうね。じゃあこうしましょう」
ルナはそう言っておもむろに助手席のドアを開けた。そして、ルナの手にはどこから取り出したのか分からないがナイフが握られていた。
「おい、一体何するんだ?」
「少し、黙ってもらえる?」
ルナはそう言って手に持っていたナイフで助手席のシートカバーを切り裂き始めた。
それをただ茫然と眺めていたランディはふと我に返った。
「おい! 何するんだよ!」
「見れば分かるでしょ? シートを切っているの。切り終えたらそのまま運び出しましょう。
その時は手伝ってね」
ルナは悪そびれた様子も無く即答した。
「いやいや! この車、まだ買ったばかりだぞ!」
「あら、そうなのね。それは申し訳ないことをしたわ。でもここまできてしまったらか、もう後戻りは出来ないわ。
心配しないで、新しい車を買って弁償するから」
ランディはため息をつくしかなかった。だが、頭の片隅ではこういうことをやり始めるのではないかと思っていたのも事実だ。彼女がどういう人物なのか理解はしているつもりだ。
そんなことを考えていると、ルナはふぅ、と一息ついて手を止めた。作業が終了したようだ。
シートのレザーの部分を切り取り持ち運べるようにしたようだ。
「本当に触れないからシートが切りやすかったわ。
さっ、運びましょう。ランディはそっちを持ってくださる?」
ランディはルナに指示されたようにモニカの腰から上の部位に相当する辺りを持った。ランディは腰から下を担当している。
掛け声と共にシートを持ち上げるとシートと共にモニカの体は持ち上がった。そのことに二人は驚いた。
「おぉ、持ち上がったわね。やっぱり背中は触れるのかしら?」
そう言いながら二人はそのまま寝ているモニカをルナの部屋のベッドまで運んだ。すると、ルナが話しかけてきた。
「ねぇ、考えてみたのだけど、この子をシート上から落としてみるというのはどう?
背中の部分だけ触れることが出来るということを仮定するならばシートの上から落として顔から床に落ちるようにすれば床をすり抜けていくのかしら?」
「おい、そんな児童虐待みたいなことは流石の俺でも許さないぞ。
仮に無理矢理決行したとして、床をすり抜けていったとしたらどうするつもりだ? どこまでいくのか分からないぞ」
「…それもそうね。床を掘る為の道具がないわ。余りにも考えが愚直だったわね。
ん? あら、丁度今、寝返りを打ったみたいね。あれなら背中に障れそうだわ」
ルナはモニカの方を見て言った。ランディもルナの目線につられモニカに視線を移した。丁度、こちらに背中を向けている体制になっていた。
ルナはそっと近付き、背中に手を伸ばした。あと少しで背中に手が触れるというところでモニカは再び寝返りを打ち元の仰向けの体制に戻った。ルナは手を引っ込めてモニカの顔を覗き込んだ。するとモニカがふと目を見開いた。一瞬、状況が読み込めずお互い固まったが、見知らぬ相手がいると理解した瞬間モニカは跳ね起きた。そして、モニカは勢いよく跳ね起きたことでルナの頭に自分の頭をぶつけた。お互い頭を抱えて蹲った。
「…いててて、ようやくお目覚めかな? お嬢さん」
ルナは自分の頭を押さえながらモニカにそう言った。
モニカも自分の頭を押さえながらルナを見て、「あなた誰?」と尋ねた。
「ごめんね。さっき、寝惚けているときに話したと思うんだけど、俺の知り合いの人さ」
ルナに変わってベルナが説明した。
モニカは覚えていないのかキョトンとした表情を浮かべ、ランディを見た。
「驚かしてしまって申し訳ない。ルナだ。ルナ・フェルミレール。よろしくね」
ルナは立ち上がり、右手を差し出した。
「…モニカ。モニカ・エルドルトです」
モニカは少し恥ずかしそうに小さな声で名前を名乗り、ルナの握手に応じた。