018
「あ? なんだお前。もしかして、こいつの仲間か?」
アブソーバーは目の前に現れた人物に尋ねた。
「まず、人に名前を尋ねる時は自分から名乗りなさい、と親に言われませんでしたか?」
「生憎だが、俺は親に捨てられているからそんな教育は受けてないぜ」
「そうでしたか。それは大変失礼致しました。
私、シャルルと申します。以後、お見知りおきを。アブソーバーさん」
「おい、何で俺の名前を知ってんだ?」
「いやいや~、そんな身構えないでください。さっきたまたま聞こえただけですから」
「チッ、調子が狂うな。
で、結局お前は何者だ? こいつの仲間か?」
「いえ、違いますよ」
シャルルはアブソーバーの問いかけに即答した。
「はぁ? 違うんなら何しに来たんだよ。部外者は引っ込んでいてほしいんだけど。
まぁ、名前も顔も知られたからには生かして返すわけにはいかねぇから、ここで殺すんだけどな」
アブソーバーはシャルルを睨みつけた。シャルルは笑みを浮かべている。
「いやー、最近の若者は言葉遣い、というものがなっていませんね。
…では、教育も兼ねて、少し遊んであげましょうか」
「上等じゃねぇか。後で土下座して命乞いすんなよ」
アブソーバーはそう言うとオルカに攻撃を仕掛けた時と同様にシャルルとの距離を詰め、シャルルの顔を目掛けて拳を放った。その一撃はシャルルの顔面を粉砕するつもりで仕掛けたのだが、その拳はシャルルを捉えることなく空を切った。驚いたアブソーバーは後ろを振り返る。すると、そこにはアブソーバーに背中を向けて立っているシャルルの姿があった。
アブソーバーの視線の先にいたエキラドネは驚きの表情を見せている。
「…おいおい、嘘だろ。
こりゃ、久々に本気でやらねぇとやべぇかもな」
アブソーバーの表情から先程の余裕が消えた。エキラドネも未知の敵に備え、臨戦態勢を取った。
「おや? 本気ではなかったのですか?
それでは、私も少しだけ本気を出しましょう。あまり時間もないですし」
シャルルはそう言って身に着けている腕時計で時間を確認した。アブソーバーはその隙を突き、攻撃を仕掛けた。だが、シャルルはその攻撃を読んでいたので、軽々とパンチを避け、そのまま回し蹴りを食らわせた。カウンターをまともに食らったアブソーバーは壁まで吹っ飛ばされた。
「あなたは自分が一番強いと思い込み過ぎなんですよ。敵がどんな力をもっているのか分からないのに突っ込むなんて自殺行為ですよ」
シャルルは倒れているアブソーバーにそう言った。アブソーバーは何も言わずにシャルルを睨みつけながら立ち上がって地面に唾を吐いた。
「おや? 思っているよりダメージは無さそうですね。細い体つきなのに意外とタフなんですね」
「当たり前だろ。てめぇとは根本的に体のつくりが違うんだよ」
「そうですか。でも、私に勝てないの事には変わりありませんよ」
「…ぶっ殺す」
アブソーバーはそう言うと懲りもせずシャルルに突っ込んで行った。連続で攻撃を仕掛けるが、シャルルは顔色一つ変えずに寸のところで闘劇を躱していく。攻撃が当たらないアブソーバーは徐々に苛立ちを募らせ、更に攻撃は単調になっていった。まさに、シャルルの思うつぼであった。
「はぁ、なんだか拍子抜けですね。こんな攻撃なら目を瞑ってでも避けられますよ」
シャルルはそう言って動きを止めて目を閉じた。
「……クソがあああぁぁぁ!!! なめんじゃねえぇ!!」
挑発に乗ったアブソーバーは渾身の力を込めてシャルルに殴りかかろうと距離を詰めた。
その瞬間を見計らっていたシャルルは目を閉じたまま、突っ込んできたアブソーバーの顔の前で指をパチンと鳴らした。すると、眩い閃光が辺りを包んだ。光を凝視したアブソーバーは一時的に視力が奪われ、何も見えない状態となった。
「…クソっ、何をしやがった! 何も見えねぇ。
おい! どこ行った! 逃げんじゃ…
シャルルは暴れているアブソーバーの鳩尾に重い一撃を入れ、気絶させた。
「ふぅ、まだまだ青いですね。
さて、次はお嬢さんの番ですよ」
シャルルはそう言ってアブソーバーからエキラドネへと視線を移した。
「あなたは何者なの? 目的は何?」
「私はただのしがない魔法使いですよ。目的は特にありません。強いて言うならばこの少年があなた達の手に渡らねばいいと思っています」
「魔法使い? こんな科学が発展した世界でそんな非科学なことを信じろと言うの?」
「何を仰るんですか。科学が発展したのも非科学があったからですよ。人間は誰しもが魔法を使えます。その方法を忘れているだけなのですよ」
「あらそう。まぁ、それはいいわ。
それよりもどうして、そこに転がっているオルカ・エルドルトがこちらに渡ることがダメなのかしら?」
「オルカ・エルドルトに限った話ではないですよ。その子の仲間を含めて誰一人としてあなた達に渡したくありません。
何故なら、世界が滅びてしまうからです。それに私の夢が遠のきます。現時点で言えるのはここまです」
シャルルがそう言うとエキラドネは少し不思議そうに首を傾げた。
「あなたの夢はどうでもいいけど、どうして世界が終わるのかしら? そんな力がこの子供にあるのかしらね。
まぁ、そんな話を聞かされたところで、そうやすやすとオルカ・エルドルトを渡すわけにはいかないわ。こちらは命がかかっているのだもの」
「はぁ、やはりそうなりますよね。
少々、骨が折れそうですが、やるしかなさそうですね」
二人は一歩も動かずお互いの出方を窺っている。二十秒程睨み合いが続き、先に動いたのはシャルルだった。一瞬で距離を詰め、エキラドネの顔に拳を放った。エキラドネはそれをしゃがんで避け、シャルルの足を払った。シャルルは態勢を崩した。エキラドネはその隙を逃さず追撃を仕掛けた。しかし、寸前のところで避けられ、顔の前に手をかざされた。シャルルの手の平に熱が集中し、火の玉が出来上がる。エキラドネは現状を理解して、すぐさまシャルルから距離を取った。
その瞬間、シャルルの手の平からバレーボール程の大きさの火の玉が放出された。
「魔法使いと言うのは本当だったみたいね」
「おや、まだ疑っていたんですか?」
シャルルは立ち上がりながら服についた埃を払った。
「見ず知らずの人の言うことを信用するほど私はお人好しじゃないわ」
「そうですか。
しかし、アブソーバー君もそうですが、君達は中々戦闘に慣れていますね。こっちは時間がないというのに」
シャルルは腕時計に目をやってそう言った。
「そのままかえってくれるとありがたいのだけどね」
「はははっ、そうはいきませんよ。限界まで粘ります。
…そうですね。では、もう少しだけ魔法使いらしいことをしてみましょうかね」
シャルルはそう言うと、指をパチンと鳴らして、宙に何かを描くような仕草を見せた。すると、不思議なことに宙を指でなぞったところに本当に線が浮かび上がっている。
エキラドネはこのままではマズイと思ったが敵が何をしてくるのか分からないので下手に動くことが出来ずに、ただその場に立ち尽くしていた。
「…対象者に永遠の幽閉を。出でよ、サンダルフォン」
シャルルがそう言うと、エキラドネの足元が怪しく光った。そして、どこからともなく現れた鉄格子がエキラドネの周りを囲んだ。エキラドネは脱出を試みるも鉄格子はびくともしない。シャルルの方に目をやると膝をつき、息を切らしている。
「はぁはぁ、やはり、召喚術はあまり使うものではありませんね。
…さて、仕事は終わりましたしオルカ君を連れて帰りましょうか」
シャルルはそう言ってオルカを抱きかかえ、その場から去ろうとした。エキラドネはその姿をただ見る事しか出来なかった。
「やはり、気絶している人は重たいですね。
それでは、さようならお嬢さん」
シャルルはエキラドネに一礼をして立ち去ろうとしたその時、シャルルの体が吹き飛ばされた。
「おい、クソ野郎。何、人の物を取って帰ろうとしてんだ?」
シャルルは体を起こし、声の方を見ると、そこにはアブソーバーが立っていた。
「…本当にしぶといですね。大人しく寝ていてほしかったのですが」
「久々にゆっくり眠れたから、そのお礼がしたくて起きちまったぜ。
それじゃ、第二回戦といこうじゃねぇか」
シャルルは膝をついたまま、ふぅと小さく息を吐いた。その表情に先程の余裕は無かった。
「おい、いつまでそうやって休憩しているつもりだよ。もしかして、もう疲れたのか?」
「…少し冷えますね。空調でも弄りました?」
「こんな時にそんな心配をする余裕があるとは驚きだ。
さて、もう休憩も終わっただろ? そろそろ決着をつけようぜ」
アブソーバーはそう言ってシャルルに攻撃を仕掛けた。シャルルは疲労困憊ながらも次々と繰り出される打撃を受け流した。
「あなたの攻撃は代り映えしないですよね。本当に飽き飽きしますよ」
「口ではそう言ってるが、実は受け流すだけで精いっぱいなんじゃねぇの?」
アブソーバーはそう言ってシャルルと一旦、距離を取った。
「はははっ、よく言いますね。先程の敗北で何か掴んだのですか?
それでも、あなたが勝つ見込みは今のところないですよ」
「今のところは、な」
「どういうことです?」
「そのままの意味だよ。
まぁ、今から見せてやるから、そう焦んな。
…出力調整。能力の上限を十分間、10%から30%に変更」
アブソーバーがそう言うと雰囲気がガラリと変わった。
「…おや? 本気じゃなかったんですか?」
シャルルの顔からは完全に余裕が消え、冷や汗が額から頬に伝わった。
「あぁ、本気だったぜ。10%の中でだがな。
30%まで上げたのは久しぶりだ。せいぜい楽しませてくれよ」
アブソーバーはそう言ってシャルルとの距離を詰めた。先程とは段違いのスピードだ。とても視認できる速度ではない。
シャルルの左コメカミのところに拳が飛んできた。ギリギリのところで防御したが、あまりの攻撃の重さに体が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「おいおい、もう終わりかよ」
「ま、まさか、これほどまでとは、正直、予想していませんでしたよ」
「まぁ、ここまで能力を上げた一撃を受けて立ち上がると事は褒めてやるよ。だが、相手がちっとばっかし悪かったな」
アブソーバーがシャルルにそう言うと、シャルルはそれを肯定するように頷いた。すると、右の方からガシャン、ガシャンと金属が床に落ちる音が聞こえた。二人はそれに気が取られ、音のする方へ目をやった。
「ふぅ、やっと出られたわ」
どうやらエキラドネが鉄格子を破壊した時に出た音のようだ。
二対一。シャルルは絶対絶命の状態だ。
「どうやら、万事休すのようですね。
まさか、あれを短時間で出て来れるなんて、本当驚かされることばかりですよ。
仕方ありません、今回はオルカ君を諦めて帰るとしましょうかね」
「まさか。あなたはこの状態でここからにげられると思っているのかしら?」
エキラドネはゆっくりと近付いてくる。
「えぇ、もちろんですよ。何故なら、私は初めからここにはいませんから」
「どういうことだ?」
「簡単に説明すると、この体は人形なのです。
物凄く遠いところから魔法でこの体を操っているのですよ。だから制限時間があるんです。
ここまで言えば分かってくれます?」
「てことは初めから俺らは敵のオモチャにおめおめと正体と能力を晒しただけってことか?」
「ははっ、そういうことになりますね。理解が早くて助かります。
まぁ、そちらのお嬢さんについてはどんな能力なのか分かりませんでしたが。
まぁ、相当な収穫があったのには間違いありません。オルカ君を回収できなかったのは残念ですが」
シャルルは残念そうな顔をした。その瞬間、シャルルの顔面は原型を留めることなく木っ端みじんに砕けた。アブソーバーが殴ったのだ。
「クソがっ!! まんまと嵌められやがった。次、会ったら確実に殺してやる」
アブソーバーは怒り収まらず、壁を思い切り殴った。壁は崩れ、シャルルの体があったところは瓦礫で埋もれた。
エキラドネはオルカを抱え上げ、アブソーバーに話しかけた。
「アブソーバー、ストレス発散も大事だけど今はとにかくオルカ・エルドルトを上官のところへ持っていきましょう」
アブソーバーは小さく「あぁ」と呟き、二人は上官のところへ向かった。