001
「チッ、クソガキが。調子に乗りやがって」
ゴミを見るかの様な目で隊員はオルカを見た。すると隊員の無線に連絡が入った。
『こちら本部、現在C6エリア付近にて銃声を確認、隊員はすぐさま状況を報告せよ』
「こちらC6エリア。現在、第七入り口から約一キロメートルのところにて、三十代男性と十代の少年を確保。少年は暴れたため、止む無く射殺。三十代の男はそのまま連行します」
『こちら本部、モニターにて確認をしたが、こちらでは三十代男性と少年の姿は確認できない。直ちに別の隊員をそちらへ派遣する。あなたはその場で待機を』
「か、確認できないだと!? そんなはずは」
隊員は急いで振り返った。ダレンは相変わらず地面に伏せた状態でいた。しかし、射殺したはずの少年の姿が見当たらない。
周囲を見渡していると、ふと背後から人の気配がした。
隊員はゆっくりと振り返る。
そこには殺したはずのオルカが立っていた。
『こちら本部、C6エリア隊員応答せよ。繰り返す、C6エリア隊員応答せよ』
本部からの無線は隊員の耳に届いていなかった。
「な、何故だ。た、確かに殺した…」
隊員の声は震えていた。
「あー、やっぱり死なないかー
痛いのは相変わらずなんだけどなぁ」
オルカは頭を掻きながらそう呟いた。そして、隊員の方を見てニコリと笑った。
隊員は銃を構える。
「な、何故生きている! 確かに弾は当たったはずだ!」
銃を構えている隊員の手は震えていた。当然の反応だ。ほんの数分前に殺したはずの少年が何事も無かったかのように立っていれば手も震える。隊員は夢を見ているのではないかと自分を疑った。しかし、これは紛れもない事実だ。
隊員はまだ現状を飲み込めないでいるとオルカは口を開いた。
「確かに、弾は当たったよ。凄く痛かったさ。
僕もずっと、疑問に思っていることなんだよねー
僕たち、どうやっても死ねないんだ。
まぁ、きっと僕らが探しているものが見つかれば死ねると思うんだよね。
お喋りはこれぐらいにして、こんなに痛い思いをさせてくれた隊員さんにはお礼をしなくちゃ。
あ、そうだ。隊員さんにいいもの見せてあげるよ」
オルカはそう言うと指をパチンと鳴らした。
隊員は身構えて、防御の体制を取った。しかし、何も体に痛みを感じない。隊員は恐る恐る顔をあげた。
「なっ、こ、これは一体どうなっている?」
隊員は驚いた声をあげた。今まで切り立った崖路にいたはずなのに、瞬く間にどこか見慣れた町の景色が広がっていた。
町の入り口には見覚えのある案内板。その案内板に従って進むと、広場が見えてくる。その広場には大きな噴水があった。
その広場から左の通路に入り、三分も歩かないうちに見えてくるものは、そう隊員の家だ。
隊員は驚きの表情を隠せない。どうなっている?と考えれば考える程、分からなくなる。
そんな言葉を失っている隊員にオルカは話しかけた。
「家族との感動の再会は後ででも出来るからさ、今は町のみんなにお別れの挨拶でもした方がいいと思うよ」
オルカは笑顔を浮かべながらそう言った。隊員は不思議そうな顔をした。
「そう言う顔をするのも無理はないよね。
まぁ、今から面白いことが起きらからちゃんと見ていてよ!」
オルカはそう言って町の入り口の方を指差した。隊員は指を指された方を見る。すると、その方向から二十人以上の集団が銃や剣を持って、町の中に入ってきた。先頭を歩いている男に隊員は見覚えがあった。巷で噂になっている暴徒団のリーダーだ。
その暴徒団は町に足を踏み入れた瞬間、暴れ出した。目に着いた家に押し入り金品を奪い、人を殺し、犯し、自分達の欲望のまま暴れている。
夜も更けていることもあり、出遅れた町の住人たちは為す術もなく、蹂躙されている。屈強な男達が何人か集まり、武器を構え反撃に出るが、あっけなく返り討ちに遭い、虫けらのように殺された。
隊員はその様子をただ茫然と眺めていた。動けないわけではなく、ただ純粋に今、置かれている現状が正しく理解できていないのだ。
隊員はふと我に返った。自分の家が危ない。家の中には妻と子供が眠っている。自分の家族を守らなくては、と思った隊員は家へ駆け寄り、ドアノブに手を伸ばした。しかし、ドアノブが掴めない。手がドアノブをすり抜けるのだ。何度手をかけようとしても結果は同じだ。
暴徒団の声は次第に近付いてくる。
少年が何か仕掛けをしたのか?とふと頭を過る。しかし、そんなことを深く考えている余裕はない。何故なら、とうとう暴徒団が二つ隣の家までやって来たのだ。
隊員は一旦、深呼吸をして落ち着いた。そして、こちらに向かってきている人数を確認する。
とりあえず、二人だ。それならまず、暴徒団から片付けよう。その後に少年を捕まえて扉を開けさせようと思った隊員は銃を構えた。暴徒団は恐れることなくこちらに近付いてくる。
隊員は狙いを定めて引き金を引いた。銃声が鳴り響く、銃弾は見事に命中、のはずなのだが、暴徒団は倒れるどころかダメージを受けている様子は全くない。何事も無かったかのようにこちらに近付く。
きっとこの暴徒団も少年と同じで死なないのかもしれない。そう思った隊員は少しでも時間を稼げるようにと暴徒団に向けてタックルを仕掛けた。しかし、そのタックルは暴徒団の体をすり抜けた。
どうして触れることが出来ない? 相手は俺が見えていないのか? それとも悪い夢でも見せられているのか?
そんなことを考えているうちに、暴徒団はとうとう隊員の家に到着しドアノブに手をかけようとしている。隊員は力一杯「やめろ!!」と叫ぶが二人の耳には届かない。
隊員が触れる事すら出来なかったドアノブに手をかけ、扉を開けると家の中に入っていった。
少し間があり、叫び声と共に女性と子供が家から出てきた。隊員の妻と子供だ。
女性は子供を抱え、走って逃げようとするが前方から別な暴徒団が現れ、行く手を遮った。
剣を持った男がニタリと笑って、何の躊躇いもなく子供に向けて剣を振り下ろした。それを庇うように女性が子供に覆い被さる。
辺りに血が飛び散った。押し殺すように呻く悲鳴。涙目の子供。女性は「子供の命だけはどうか助けてください」と懇願した。暴徒団は何も答えず、笑いながら再び剣を振り下ろした。
女性はピクリとも動かなくなった。子供は動かなくなった母親を揺さぶり「お母さん、お母さん」と何度も呼びかける。
今度は銃を持った男が銃を子供に向けた。
隊員が叫ぶ。
「もういいだろ!! もう、やめてくれ!!」
そう言って顔を伏せた。銃声が聞こえる。歯を食いしばり顔を上げた。
「えっ?」
隊員は素っ頓狂な声をあげた。何故なら、さっきまでの惨劇が嘘だったかのように、景色が元いた崖路に戻って来たのだ。
「ど、どういうことだ? 子供は? 妻はどうなった!?」
隊員は酷く混乱した様子だ。そんな隊員を見てオルカが口を開いた。
「さっき隊員さんが見ていた通りだよ。
今日、今この時間、この瞬間に隊員さんの町は暴徒集団に襲われているんだ。
その知らせは明日の朝一番に隊員さんの耳に届く予定だったんだけど、僕って優しいから隊員さんに逸早く教えてあげたのさ」
オルカはニコリと笑ってそう言った。その言葉を聞いた隊員はショックのあまり、拳銃を取り出し、自分の頭に突き付け、躊躇うことなく引き金を引いた。ドサリ、と音を立て隊員の体は倒れた。
「あらら、死んじゃった。全部『嘘』だったのになー、遊びすぎちゃったかな?
…ていうか、いつまでそうやって手錠をかけられたフリしているわけ?」
オルカはダレンの方を向いた。
「お前も、そうやって悪趣味な殺し方をするのもどうかと思うぜ」
ダレンはそう言いながら掛けられていた手錠を無理矢理外した。
「だってあいつが僕のゲーム機壊したんだよ? あとちょっとでクリアだったのにさ!」
「そんなもん、仕事に持ってくるのがいけないって何度も言ってるじゃねぇか。
ほら、増援が来る前にさっさと基地に向かうぞ。
オルカ、中がどうなっているか分かったか?」
ダレンは蹴飛ばされたナイフを拾いながら尋ねる。
「あの隊員さん、最近ここに配属されたばかりだから細部までは分からないけど、ここの本部がある場所までなら、なんとかなりそうかな」
「なるほどな。まぁ、それは中に入ればどうとでもなるな」
そう言いながらダレンは隊員の死体を物色した。そして、死体からカードキーと思われる物を拝借した。
「よし、それじゃあ働きますかー」
ダレンとオルカは基地へと向かって歩き出した。