015
ブラスフェミー第六支部の本部。ここは他の支部から集められたデータの解析や保管を主に行う支部だ。
そんな第六支部の本部に一人の男がいた。先日あったオルカ・エルドルト対策会議で一番後ろに座っていた人物だ。
そのおとこはモニターに映し出される膨大な文字や数字の羅列を眺めていた。すると、そこに先程オルカを仕留めた青年が入って来た。
「失礼します。上官、報告があります」
上官と呼ばれた男はモニターから青年へと視線を移した。
「ん? あぁ、トリガーか。どうした?」
「先程、オルカ・エルドルトと接触、戦闘の結果、私の能力でオルカ・エルドルトを殺害致しました」
トリガーと呼ばれた青年は答えた。
「なるほど、それで死体は?」
「はい、現在B6エリア付近の通路に放置してあります」
トリガーがそう言うと上官の表情がピクリと動いた。
「何故だ」
「ほ、報告が先かと思いまして」
上官の威圧感に気圧されたトリガーは緊張気味に答えた。
「死体の回収は前回の会議でも言ったはずだと思うが。
直ちにオルカ・エルドルトの死体を回収して来い。エンドハイドとヴィクトリア以外のメンバーも現場に急行させる」
「わ、分かりました。すぐに向かいます」
トリガーはそう言うと頭を下げ、本部を後にした。
トリガーはオルカを殺した場所に向かいながら、何故上官がオルカの死体を回収することにこだわっているのかを考えた。回収ならここの研究員や基地の隊員にさせればいいことだ。わざわざ自分達を向かわせる理由が無い。それにどうして他のメンバーまで向かわせる必要があるのだろうか。
殺すだけなら自分でも充分すぎるほど出来た。はっきり言ってオルカ・エルドルトは弱い部類に入る。上官のあの様子を見ると他に自分達が知らない情報を掴んでいるのかもしれない。
そんなことを考えていると、あっという間にオルカを殺した現場へと到着した。すると、そこには先に到着していたアブソーバーの姿があった。
「よぉ、トリガーじゃねぇか。
それで、お前が殺したっていうオルカ・エルドルトの死体はどこにあるんだ?」
そう言われたトリガーはアブソーバーの足元に広がっている血の海に目線を落とし、自分の目を疑った。
「なにっ! そ、そんな馬鹿な!
アブソーバー! お前、一体どこに死体を隠した!?」
トリガーはそう言ってアブソーバーの胸倉を掴んだ。
「いきなり何しやがんだ、離せコラ。ぶっ飛ばすぞ」
そう言われたトリガーは一旦冷静になり、掴んでいたアブソーバーの胸倉を離した。
「俺がここに来たときには初めから死体なんて無かった。この場所は警報が鳴った時、研究所員が避難するようになっている場所からはかなり遠い。だから、物好きが持っていったというのはちょっと考えにくいな。
それに、ここら辺りに血が落ちている形跡がない。こんな血溜まりから死体を抱えるんだ。持ち上げて運ぼうにも血で出来た足跡なんか残るはずだが、それも一切ない。
一体、どうなっているんだか」
アブソーバーはそう言って自分の頭を掻いた。
「可能性としては、こいつの仲間ってところか。その三十代の男。
…だとしたら、行動が早い。僕が上官に報告に行って帰ってくるまでの時間はおよそ十五分程度。
こんな馬鹿みたいに広い研究所で何の形跡も残さずに死体を持っていくなんて…」
「もう一つ可能性がある」
「…もしかして、僕らと同じで『超回復者』だと言いたいのか?
そんな馬鹿な話があるわけない。首輪の野良犬ではないんだぞ」
「有り得ない話ではないだろ。前の会議の時に、うちと関わりがあるのに、その情報は第一から第三支部のトップしか閲覧できない情報だ。
このブラスフェミーが俺らを使って人体実験をしていたみたいにオルカ・エルドルトにも何かしらの実験をして逃げられ、そいつが復讐でうちの施設を破壊しに来ていると考えれば辻褄が合うんじゃないか?」
「確かに…
アブソーバーの言うことは一理あるな」
二人がそんな会話をしていると、そこにトルクが現れた。エキラドネも一緒だ。
「あら、アブソーバーにトリガーじゃない。あなた達の方が早かったのね。
それで、オルカ・エルドルトの死体は?」
「丁度、その話をしていたところだ。
トルク達も来たことだし、最初から説明してくれ」
アブソーバーがそう言うとトリガーは「分かった」と言って事の顛末を三人に説明した。
「なるほど、そんなことがあったのね。
とりあえず、上官に報告して指示を仰ぎましょう」
トルクがそう言うと他の三人は頷いた。それから皆で上官の所へ向かった。
本部に到着したアブソーバー達は上官に今までの経緯を報告した。
「…なるほどな。
つまり、まだオルカ・エルドルトは生きている可能性があると言いたのか?」
「そう考えた方が都合がいい。敵もわざわざ死体を抱えてコソコソするのは無駄だと思うし」
「…先程、エンドハイドから報告があってな。トリガーと交戦する前にヴィクトリアのところに来たそうだ。
エンドハイドとも戦ったらしいのだが、逃げられたとのこと。
…おいおい、これは一体どうなっているんだ?」
上官の雰囲気がガラリと変わった。それと同時に部屋の空気がピリついた。
「おい、トリガー。我々は何だ?」
「はっ! 我々は誇り高きブラスフェミーの一員であります!」
トリガーは姿勢を正し、答えた。
「…そうだな。誇り高きブラスフェミーの一員だ。
その中でも優秀なはずの我々、首輪の野良犬が対象を二回も逃がすとは、アブソーバーこれは一体どういうことだ?」
「自分らの慢心が生んだ結果です。弁解の余地もありません」
アブソーバーもトリガー同様姿勢を正した。
「…それで、この後はどうするんだ?
このまま門外不出の我ら野良犬の情報を敵に漏らし、作戦も失敗したまま、オメオメと帰るのか?
俺は何とカオス様に説明をすればいいのかエキラドネに教えてもらおうか」
「その必要はございません。奴の目標は未だ不明ですが、まだこの研究所内にいるはずです。
必ず見つけ出し、ここに連れてきます」
「次は無い。時は一刻を争うぞ。
早く対象を見つけ出し殺せ。殺した後は必ず死体をここに持ってこい」
「「「「はっ!!」」」」
上官がそう言うと四人は一斉に本部から飛び出した。四人がいなくなるのを見届けると上官はため息をついた。
すると、本部の奥からパチパチと拍手の男が聞こえた。上官は音が聞こえた方に目をやると、そこには幼い男の子の姿が立体映像で映し出されていた。
「流石、レグノ上官と言ったところだ。あの発破の掛け方、感服するよ」
「…これは、ブラスフェミーの創始者であるカオス様にお恥ずかしいところをお見せ致しました」
レグノと呼ばれた上官は立体映像の子供に深々と頭を下げた。この人物こそがブラスフェミーの創始者のカオス。カオス・ラリーフォーミュラだ。
「そこまでせんでもよい。
それで、オルカ・エルドルトは捕獲できそうか?」
「はい。必ずカオス様の元に連れて参ります」
「そうかそうか、それならよい。
吉報、待っているぞ」
「畏まりました」
レグノが顔を上げると立体映像は消えていた。レグノは先程よりも大きく深いため息をついた