010
所変わり、オルカ達は仕事を終え、帰路に着いていた。辺りは草木が生い茂り、とても道とは言えない道を通り、山奥にある屋敷を目指して二人は歩いていた。
「ねぇ、いつも思うんだけどさ、瞬間移動の能力が欲しいよね。
家まで遠いし、道が悪すぎ」
オルカは愚痴を溢す。ダレンは黙って歩いていた。どうやら疲れ果てオルカに構っている余裕も無いようだ。それから二人は無言で歩き、しばらく歩くと開けた場所に出た。
目の前には如何にも、な豪華な屋敷が立っている。その屋敷が目に入ったオルカは走り出し、屋敷の扉を勢いよく開け放つと、大きな声で「戻ったぞ」と言った。すると、十秒もしない内に執事服に身を包んだ高身長でスラリとした男が現れた。そしてその三十秒後に眼鏡をかけたメイド服姿の女の子も現れた。
「お帰りなさいませ、オルカ様。
お怪我はございませんか?」
スラリとした男は目線をオルカのところまで落とし、オルカの体を隅から隅までチェックした。
「もう、大丈夫だって! 全く、リンクロッドは心配し過ぎだよ」
「それはもう心配しますとも! オルカ様が出発為されてから、心配で心配で、仕事が全く手に付きませんでしたもの!」
リンクロッドと呼ばれた男はオルカの肩を掴み、それはもう凄い勢いで力説している。リンクロッドの後ろにいるメイド服の女の子はそれを見て苦笑を浮かべている。すると、後ろからよろついた足取りのダレンが到着した。リンクロッドはダレンの姿を見るや否や、ダレンの元に駆けつけ、凄い剣幕でダレンを怒った。
「ダレンさん! 何度言ったら分かるんですか!! オルカ様から一時も離れないでください! オルカ様が怪我でもなされたらどうするんですか!?」
「怪我したんなら、死ねば治るさ。俺らの体はそう出来ているだろ。
ていうか、そんなにオルカお坊ちゃまのことが心配ならお前も一緒に付いて来ればいいじゃねぇか」
怒り心頭なリンクロッドに対して、疲れで元気のないダレンは冷静にそう返した。
「むっ、そ、それもそうですね…
いや! 違いますよ! 我がエルドルト家のルールではありませんか!
交渉人の依頼を受けたら、その仕事に行く人数と誰が行くのかサイコロで決めると!」
「そんなルールを守るから、大事な大事なオルカお坊ちゃまが守れないんだろ。
…まぁ、ルールを破ろうっていうのならあの人が許さないんだけどさ」
ダレンはそっぽを向いて小さく呟いた。
「ダレンオジさん、今なんて言ったの?」
ダレンの側から可愛らしい女の子の声が聞こえた。ダレンはそっぽを向いた方と反対の方に目をやった。すると、そこに立っていたのは十歳ぐらいの女の子で肩甲骨辺りまで伸びた美しい金髪の子が立っていた。
ダレンはその女の子を見てため息をついた。
「はぁ~、モニカ。お前はいつからそこに居たんだ?
あと、俺のことをオジさんって呼ぶんじゃねぇよ」
モニカと呼ばれた金髪の女の子は可愛らしい笑みを浮かべながら答えた。
「実はね、森に着いたぐらいから、ずっとダレンオジさんの後ろにいたんだよ! 振り返ったらどうしようってずっと思ってた!」
ダレンは疲れと呆れで返す言葉を探すのを諦めた。しかし、この賑やかな様を見てダレンは帰って来たんだなと実感した。
この屋敷には六人が住んでいる。エルドルト家の長男オルカ、その妹のモニカ。二人の母親のニア。そして執事のリンクロッドとメイドのイグニス。最後にダレンだ。
実をいうと、ダレンはエルドルト家の人間ではない。ダレンはエルドルト家がこんな山奥ではなく、まだ街の方にあった頃、その近辺を担当していた警察官だった。その頃は街は平和でダレンはよくエルドルト家にサボりに来ていた。不死の呪いにかかった時、ダレンはたまたまエルドルト家に居た為、その呪いを受けてしまったのだ。
屋敷に住んでいる六人はオルカ、ダレン同様に死ぬことも老いることも無い。それに加え、一人一つずつ特殊な能力を持っている。
オルカは相手に幻覚を見せることが出来る。それに加え触った相手の記憶を読み取ることができ、読み取った記憶を使って相手の嫌いなものを幻として見せるという戦闘スタイルを得意としている。
ダレンは瞬間移動とまではいかないが視認不可能な速度で移動できる。武器はナイフのみで、相手の懐まで高速移動し、ナイフで切り裂くという戦闘スタイルだ。
残りの能力は追々、説明するとしよう。どうやらまた仕事の依頼が入ったようだ。
屋敷の入り口でオルカ達が話をしていると、一人の女性が茂みから出てきた。オルカ達は一瞬身構えるが、すぐに体制を戻した。知っている人物だったのだ。オルカは女性に向かって話しかける。
「交渉人さんはいっつも急に来るよね。前もって連絡してくれれば美味しい紅茶とお菓子を用意するのに」
「仕事の依頼をするだけだから長居するつもりはないわ。
先程の仕事お疲れ様。なかなか上出来だったわ。依頼主も喜んでいるわよ。
それで、次の依頼なんだけど」
女が続けようとしたがダレンがそれを止めた。
「新しい仕事があるのは分かったけどよ、疲れているから中で話そうぜ。こんなところで話す内容でもないし」
女は「分かったわ」と言って、我先に屋敷の中に入っていった。オルカ達も後に続く。
屋敷の中は夜なのに照明類は一切点いておらず、とても薄暗かった。どこかお化け屋敷のような雰囲気が漂っている。
天井に飾られたシャンデリア。壁には息を呑む程美しい女性の絵画。廊下にはどれもこれも高級そうな壺や皿が並んでいる。その全てが不気味さを醸し出していた。
だが、交渉人の女性は何度もこの屋敷に足を運んでいるので特に怖がる様子も無く屋敷の中を進んでいった。
しばらく歩くと大きな振り子時計がボーンと音を立てた。女性は少し驚き、音が鳴った方に目をやるが、その音の主が時計だと分かると視線を戻した。すると、金髪の女の子が視線を戻した先にある壁からすり抜けて出てきた。そして女性の顔を覗き込む。
「きゃぁあああ!!!」
交渉人の女性は驚いて腰を抜かした。女性が驚いている姿を見て、モニカは腹を抱えて笑っている。
「す、すまない。みっともない声をあげてしまったな…
しかし、急に驚かすのは止めてくれ…」
女性は恥ずかしさからか少し顔を赤らめている。女性の後ろを歩いていたリンクロッドはモニカを注意した。
「モニカ様。イタズラがお好きなのは分かりますが、普通の人は壁をすり抜けて女の子が出てきたら驚いて死んでしまいます。
今度からしてはいけませんよ」
モニカは「はーい」と返事をして、女性に謝った。
そんなことがありながら、いつも女性が仕事の依頼をする部屋へと辿り着いた。部屋の扉を開けると、中には先程廊下で見た絵画に描かれていた女性の姿があった。この屋敷の主、オルカとモニカの母親であるニア・エルドルトだ。
ニアは女性の方を見て微笑んだ。交渉人の女性は頭を下げ、席に着いた。他の皆も各々席に着く。
「ダレンさん、オルカ。お仕事ご苦労様でした」
ニアは優しい声でダレンとオルカを労った。ダレンとオルカは頭を下げる。少しの沈黙の後、女性は本題を切り出した。
「それでは今回の件、ありがとうございました。
今回、ダレンとオルカに殲滅して貰ったのはブラスフェミー第十五支部、別名軍用備蓄基地。表向きでは製薬会社のブラスフェミーとは関係ないということになっている場所だ。
まぁ、それは終わったことだから置いておこう」
「自分で持ち出したんだろ…」
ダレンは聞こえないように小さく呟いた。
「ダレン、聞こえているぞ
それで次回の仕事内容なのだが、次はここに行ってもらいたい」
女性はそう言って一枚の写真を撮り出した。それを皆は集まって見た。そこには大きな研究所らしき建物が建っていた。
女性は説明を続ける。
「この写真に写っているのは、ブラスフェミー第六支部。今日行ってもらった備蓄基地から四十キロメートルぐらい離れたところにある研究所だ。
ここの研究所はブラスフェミーの中でもかなり大きい方で、ここが潰れると彼らにもだいぶ損害が出ると予想出来る。
襲撃予定日は今日から二週間後で報酬は今日に三倍の額だ。頼めるか?」
女性はそう言ってニアを見る。ニアは「もちろんですよ」と微笑みながら答えた。
「礼を言う。
それで今回は誰が行くんだ?」
「いつも通り、サイコロで人数と誰が行くのかを決めましょう。
それでは皆さん、番号札をお持ちになってください」
ニアがそう言うと、皆は机の上にあった番号札を適当に取った。
皆が番号札を取ったのを確認するとニアはサイコロを取り出した。
「それではまず、人数から決めましょう。
…それっ」
ニアはサイコロを振った。サイコロは三、四回転ほどして止まった。ニアは止まった目を確認すると「二」が出ていた。つまり、今回は二人で行くという事になる。
「二人ですか。
では次、いきますね」
ニアはそう言ってサイコロを振った。止まった目を確認すると「五」が出ていた。
「あっ、五だ! はいはーい! 五は私だよ」
声がする方に目をやるとモニカが手を振り、ピョンピョンと飛び跳ねながら自分の番号札をアピールしている。
ダレンはその様子を苦虫を噛み潰したような顔で見た。過去に何度かモニカと今日のような依頼で一緒に行ったことがあるのだが、どれ一つとして碌なことがなかった。なので、出来れば一緒にいくことは避けたい。
「あら、今度はモニカが行くのね。
それじゃ、もう一人を決めましょうか。
…それっ」
ニアはそう言って三度サイコロを振った。
止まった目を確認すると「三」だった。ダレンは自分の番号札を確認する。「六」だ。今回は違う。心の中でガッツポーズを決め、誰がモニカと一緒に行くことになったのか確認すると、兄であるオルカのようだった。
久々に兄妹での仕事、それに相手はかなりの大物ということもあり、モニカはとても嬉しそうだ。しかし、兄のオルカはそんなモニカとは反対に嫌そうな顔をしている。何故ならモニカはイタズラ好きで、先程交渉人を揶揄ったように、仕事中もそうやって遊ぶのだ。オルカは早速行く末を心配した。
「よし、それでは今回はオルカ・エルドルトとモニカ・エルドルトの二人だな。
先程も言ったように研究所に行くのは二週間後だ。内容は至ってシンプル。メインこんぴゅたー室にあるデータの破壊、及びバックアップの破壊だ。
第六支部はブラスフェミーの研究データがほとんど集まっている場所と言っても過言ではない。
ここが破壊できればブラスフェミーはほとんど壊滅したと言ってもいいだろう。それといつも通り、目標を達成する為なら何人殺してしまっても構わない」
女性はオルカ達に説明した。
「大丈夫だよ。僕たちは死なないから、そんな仕事楽勝さ」
オルカはニコリと笑ってそう言った。モニカも元気よく頷く。
「そうか、それなら二週間後。よろしく頼んだ。
それでは私は失礼する」
女性はそう言って部屋から出た。リンクロッドは「送っていきます」と言って女性の後を追って部屋から出た。それに続いて、皆も部屋から出て各自、自分の部屋で休養を取った。