009
隊長と別れてから二人は基地内をしばらく歩き、ある扉の前で足を止めた。アブソーバーは扉をノックしてから「入るぞ」と声を掛けた。すると、中から「どうぞ」と声がしたのでアブソーバーは扉を開け、中に入った。
中にはまるで、西洋人形のように整った顔立ちの綺麗な女の子がいた。そして、その横には縦ロールが特徴的な幼い女の子の姿もある。そのどちらもが、アブソーバー、エキラドネ同様の首輪を付けている。
「おっす、久しぶりだな、ヴィクトリア。
元気にしていたか?」
アブソーバーは人形のような女の子をヴィクトリアと呼んだ。
「あら、お久しぶりですね。アブソーバーさんにエキラドネさんも。
ようこそいらっしゃいました」
ヴィクトリアは二人に挨拶をしてニコリと笑った。エキラドネは「どうも」と小さく呟き、会釈をした。
そんなやり取りをしていると、ヴィクトリアの横に座っていた幼い女の子がアブソーバーに話しかけてきた。
「ちょっと! なんで私のことは無視するわけ!? そんなことするなら、ただじゃおかないわよ!」
アブソーバーは声が聞こえたところに視線を落とす。そして、その声の主の正体を見てゲンナリした。
「なんで、トルクまでここにいるんだよ」
「何? 私がここにいたらいけない理由でもあるわけ? あるなら説明してご覧なさいよ」
トルクと呼ばれた女の子は少し怒ったような口調でアブソーバーに言った。
「…チッ、相変わらず面倒くせぇな。
理由なんてねぇよ。なんでここにいるのか気になっただけ」
「あらあら~、アブソーバーったら、そんな態度取っちゃって~
どっちの方が実力が上なのか、まだ分かっていないみたいねぇ。また痛い目に遭いたいのかしら?」
トルクは笑いながらそう言うが、目はこれっぽっちも笑ってはいない。
「どっちが上も何も、五分五分だろ。あん時はお前も痛い目に遭ってるし。
それに俺ら同士のケンカは痛い目見るより地獄を見ることになるぞ」
アブソーバーがそう言うと、トルクは近くにあった椅子に腰掛け、手をヒラヒラと振った。
「分かっているわよ。冗談に決まっているじゃない。
それで、あなた達は何しにここに来たわけ?」
トルクにそう尋ねられたアブソーバーはヴィクトリアやトルクに、ここに至るまでの出来事を簡単に説明した。
「ふーん。なるほどね。
でも十五って言ったら特に重要な物も無ければ、護衛の対象になるような人もいない、物置小屋のような場所じゃなかったかしら? あんな場所、うちには幾らでもあるのに。そんな場所を襲うなんて物好きもいるのね」
「やっぱり、お前も気になるか? まぁ、考えたところで分からないがな」
「それは私たちの仕事じゃないもの。
そんなことより、エキラドネがここに来たという方が驚きだわ。普段は誰とも関わらずに一人でいるのに」
そう言われたエキラドネは小さな声で「別にいいでしょ」と呟き、そっぽを向いた。
そんな話をしていると、コンコンと扉をノックス音が聞こえ、先程の隊長と隊員合わせて、四人入って来た。その中には十五支部にいた喋れない隊員も一緒だ。
「お取込み中のところ申し訳ない。もう、耳に入っていると思うが、先程、第十五支部が襲撃された件についてヴィクトリア・エンカウントに用があって来たのだが」
名前を呼ばれたヴィクトリアは微笑んだ。
「えぇ、話はたった今アブソーバーさんに伺いましたわ。それで私は誰と『会うように』すればいいのでしょうか?」
「いや、実はそれがまだどんな人物なのか分かっていないんだ。そのカギを握っているのが、ここにいる唯一の息の利である。ガレットとなるわけだ。
だが、どういう訳か、喋ることはもちろん、何に対しても興味を示さない。まるで人と全く同じに作られたアンドロイドの様なのだ」
隊長がそう言うとヴィクトリアは少し残念そうな顔をした。
「あら、そうなのですね。喋れないなら喋れないなりに協力をしていただこうかと思ったのですが。
自分の意思で動けないなら、意思疎通ができるようになるまで気長に待ちますか?」
「野良犬と我々の時間の価値を同じにしないでもらいたい。
それに待つ必要はない。ここに来る前に少し寄り道をさせてもらってな。そこでガレットの状態を診てもらったのだが、喋れないことと意思表示が出来ない以外は脳やその他の機能に何の異常はないそうだ。
だから、今からここに特殊な機械を持ってくるから、それで今回の事件の犯人が分かると思うのだが」
「そうですか。それなら私の力が存分に発揮できそうですね。
私の能力の発動条件は三つ。一つは相手の顔が分かること。もう一つは相手の名前が分かること。
そして、最後は私が心から会いたいと思う事ですわ。
もしかすると、今日、アブソーバーさんがここにいらしたのも、そのお陰かしら?」
「ということは、後はガレット次第というわけだな」
隊長がそう言うと、丁度そのタイミングで他の隊員が大層な機会を運んできた。
「隊長、言われていたものを持ってきました」
「ご苦労。
我々は今から準備に取り掛かる。少しの間、待っていてくれ」
そう言って隊長は他の隊員に指示を出し、何かの機械の準備を始めた。その様子をアブソーバーは欠伸をしながら眺めていた。エキラドネは落ち着かない様子で、そわそわしている。トルクは退屈なのか自分の髪の毛を指でクルクルと回していた。ヴィクトリアは紅茶を飲みながら隊員達を眺めていた。
二十分程すると、機械の準備が終わったようで隊長が話しかけてきた。
「すまない、準備に手間取ってしまった」
アブソーバー達は準備されたものを見る。ヘンテコな大きい箱が一つあり、その箱から太い電線のようなものが二本伸びている。箱にはレンズなどがついていて、会社や学校で使うようなプロジェクターの様にも見える。
隊長はその箱から伸びている二本の線を手に取ると、その二本ともガレットの頭に突き刺した。
「いやー、久々にこれを使っているのみたけど、相変わらずグロテスクな使い方だな。
あれでちっとも痛くないって言うんだから凄いけど」
アブソーバーは頭から線が二本伸びているガレットを見て呟いた。そんな感心しているアブソーバーを横目に隊長は装置の電源を入れた。すると、レンズから映像が壁に映し出される。
どうやらこれはガレットの記憶を可視化しているようだ。
部屋にいる皆は映像を黙って見ている。しばらく見ていると、不意にトルクが「あっ!」と叫んだ。隊長は映像を一時停止する。
そこには本部の前で何かをしている男二人組が映し出された。
「どうやら、今回の事件の犯人のようだな。…しかし、本当に報告にあったように、ただの二人だけだというのは、正直驚いたな」
隊長は感心したように呟き、映像を進めた。それからガレットの記憶は進み、道の行き止まりで振り返り、二人組の幼い方に追い詰められているところまできた。少年の顔がハッキリ見て取れる。
『うわ、何だ、このガキは!
お、お前はさっきの奴の仲間か!?
ど、どうしてここにいる!? 見逃してくれるんじゃないのか!?』
『ガキって失礼だな! 僕にはオルカ・エルドルトって名前があるのに。
もちろん命は助けるさ。
ただちゃんと自分と向き合わないとだめなんじゃないかなって思って』
オルカ・エルドルトと名乗った少年はそう言って指をパチンと鳴らした。それからガレットの記憶の映像は途絶えた。
「どうやら、今回の敵は一筋縄じゃいかないみたいだな。片方だけしか名前は分からない上に殺し方がさっぱりだ。
とにかく後はヴィクトリアにお願いして、こちらは丁寧にお迎えをするとしようぜ」
アブソーバーはそう言ってヴィクトリアの方を見た。
「私に任せてください。必ず、オルカ・エルドルト君と会えますわ」
「では、我々はオルカ・エルドルトについて詳しく調べることにする。失礼したな」
隊長はそう言うと隊員達を引き連れて部屋を後にした。
「あいつらも帰ったことだし、俺も帰ろうかな。エキラドネはどうする?」
「私も帰るわ。と言っても、近い内に上から集合命令がかかるでしょうから、どっか近くに泊まるわ」
そう言ってエキラドネは帰り支度を始めた。支度と言っても席から立っただけなのだが。
「まぁ、そうだな。
全員が揃うのはいつ以来になるか?」
「そんな昔のこと誰も覚えていないわよ!
アブソーバーとエキラドネが帰るなら私も帰ろうかしら。
ヴィクトリア、紅茶ご馳走様でした」
トルクはそう言うと一足先に部屋を出た。
「それでは皆さん、また近い内に会いましょうね」
「あぁ、またな」
アブソーバーとエキラドネは部屋を後にした。