始まり
時刻は午前零時を少し回ったところ、月明かりのみが頼りな程、暗い夜道。切り立った崖路の道中に一本だけ大きな樹木が立っている。その木の幹に寄りかかる男と、その男の側でしゃがみこんで何かをしている少年の姿があった。
「…さて、そろそろ始めるか」
木の幹に寄りかかっていた男は手に持っていたナイフを仕舞い、口を開いた。
男は三十代前半ぐらいの見た目をしている。身長は一メートル七十五センチ前後で細身、神は短髪で茶色。顎には整えた髭が生えている。
「えー、もうそんな時間? まだ全然ゲームが進んでいないんだけどなぁ」
そう返事をしたのは十二~十四歳ぐらいの少年。透き通るような美しい銀髪が印象的だ。それに、どこかの貴族出身なのだろうか、隣の男と比べて、綺麗な身なりをしている。手には白色の手袋が填められており、その手には携帯ゲーム機が握られていた。どうやら少年はシューティングゲームをしているようで、ゲーム機と一緒に体を動かしながら、落ち着きのない様子でプレイしている。
「そんなもん、仕事をさっさと済ませてからすればいいだろ」
髭の男は横目で少年を見ながらそう言った。すると、丁度そのタイミングでゲームオーバーなった少年は髭の男に文句を言った。
「あー! ほら! せっかくいいところだったのに、オジさんが話しかけるから死んじゃったじゃないか!」
少年がそう言い終えた瞬間に、髭の男の左拳が少年の頭頂部を捉え、ゴチンと鈍い音を立てた。
「だから! オジさんって言うんじゃねぇ!」
「いってぇ!! だからって、何も殴ることはないじゃないか!」
少年は頭頂部を押さえながら髭の男を睨んだ。
「お前がオジさんって呼ぶからだろ。
俺にはちゃんと、ダレン・アルバートっていう名前があるんだよ。分かったかクソガキ」
ダレンと名乗った男は、煙草を取り出し火を点けた。
「僕もクソガキって名前じゃなくて、オルカ・エルドルトって名前があるんだよ!
もう、だからダレンとは嫌だったんだ。リンクロッドかリーファと一緒がよかったのに…」
オルカと名乗った少年は殴られたところが相当痛いみたいで涙目になっていた。
「あー、あー、俺で悪かったなぁ、オルカお坊ちゃんよー
…つか、この件、何度目だよ。昨日今日で知り合った仲じゃあるまいし、いい加減飽きてくるぜ」
ダレンは煙草の煙を吐きながらそう言った。
「ところで、オジ…じゃなかった。ダレンさん。今日はなんでいつもみたいに研究所の方じゃなくて、全然関係ないような軍事基地の破壊が任務なの?」
ダレンは煙草の火を消して答えた。
「さぁ?
確かに俺らの目的の一つは復讐だ。こんな体にしてくれた奴らに俺をするのがいつもの仕事だけど、今日、今から襲撃する場所は関係ないように見えて、実際は関係しているんだよ。
あのネゴシエーターちゃんがそう言っていただろ?
まぁ、それは置いといて、…お前また『オジさん』って言いかけただろ」
ダレンの目が鋭く光り、指を鳴らしながらオルカに近付いた。
「ご、ご、ごめんなさい! わざとじゃないんだよ?」
オルカは先程のゲンコツを恐れ、慌てて謝った。
「…反省しているなら許してやるか。
いい加減、出発しようぜ」
ダレンはそう言って移動しようとしるが、オルカは動く気配を見せない。
「おい、どうした? 早くしろよ。
それとも、今さら怖気付いたか?」
「いやー、そういう訳じゃないんだけどさ、少し思うことがあって」
「何さ?」
「今回の仕事、僕は要らないんじゃないかなって思ってさ。
だって、考えてみてよ。僕って肉弾戦得意じゃないでしょ? でも今回の敵は完全に肉弾戦メインの相手ばかりでしょ? それだったら本当、リンクロッドとダレンさんで良かったと思うんだけど」
「そんなこと俺に言うなよ。俺だってお前となんて―
「お前たち、一体そこで何をしている」
言葉を遮られたダレンはゆっくりと振り返った。すると、そこにはダレンの頭に銃を突きつけた男が立っている。
言うまでもなく、この銃を突き付けている男は、ここから少し先にある、これからダレン達が襲撃する予定の基地の見張りだろう。でなければ、こんな物騒な物を持ち歩いているわけがない。
暫しの沈黙の後、基地の隊員が口を開いた。
「質問に答えろ。お前たちは一体何者だ。返答次第では容赦せんぞ」
「おいおい、物騒だな。そんなおっかねぇものを突き付けてさ。もし間違えて引き金引いて『パンッ』ってなったらどうするの?」
ダレンはそう言いながら両手をあげた。
隊員はダレンに銃を突き付けたまま横目でオルカを見た。オルカもダレンと同じように両手をあげている。
「質問の答えになっていないぞ。お前たちはここに何しに来た? まさか観光客ってわけじゃないだろう」
「いやー、そのまさかで、僕たち観光客なんですよ。
ホテルに戻ろうと思ったら道に迷っちゃって、彷徨っていたら偶然ここに着いたという訳ですよ。
そうだよな! オルカ!」
ダレンはそう言ってオルカを見た。急に話を振られたオルカは慌ててダレンの話を肯定した。
しかし、そんな理由で隊員が納得するわけがない。隊員は二人を見て、ため息交じりでダレンに話しかけた。
「まぁいい、とりあえず武器を持っていないか確認する。おい、大人。お前からだ。何か持っているなら今のうちに大人しく差し出せ。余計な動きをしたら殺すからな」
ダレンは大人しく指示に従った方がいいと判断したのか、ナイフを取り出し、地面に置いた。隊員はそのナイフを蹴飛ばした。
「他に何も持っていないだろうな? そのまま手を頭の後ろで組んで地面に伏せろ」
ダレンは指示に従い、地面に伏せた。隊員はダレンが武器を持っていないことを確認すると、ダレンに手錠をかけた。そして、オルカにも同じように武器を持っていないか尋ねる。
オルカは持っていたゲーム機を取り出し、手に嵌めていた手袋を外すと、それらを地面に置いて、ダレンと同じ体制を取った。
完全に嘗められていると思った隊員は地面に伏せているオルカの横っ腹に蹴りを入れた。
「おい、クソガキ。あまり大人を揶揄うんじゃねぇぞ。明日も太陽拝みてぇだろ」
隊員はそう言ったのと同時にゲーム機を思いっきり踏みつけて破壊した。
その様子を見ていたダレンが小さく呟いた。
「あーあ、どうなっても俺は知らんぞ」
隊員は銃を突き付けたままオルカの体を調べた。その瞬間、オルカが隊員の足を掴んだ。驚いた隊員はすぐさま手を振り解き、オルカに向けていた銃の引き金を引いた。
銃声が辺りに鳴り響く、すぐさま血の海が広がった。それを見ていたダレンは、言わんこっちゃないといった様子で首を横に振った。