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おとのさわりかた  作者: 椿 冬華
おとのさわりかた
2/9

第二節 【Go to shine】

/好きな台詞は?/


 きっかけは、スマートフォン越しに送った質問だった。




第二節 【Go to shine】




 音失さんが好きだという、ピースメインのエンド・ドアーズ編を最後まで読み切って、思わぬ仲間との涙の別れに涙ぐんでしまって戦に頭をがしがし撫でられた夜。

 早速感想を送った俺に音失さんはそれはもう大はしゃぎであった。なんせ笑顔のスタンプ五連発である。


/どこを好き? わたしはロマンスが一回目の切り札が出た時! エボリューション・セカンド!/


 ピースメインの主人公、ロマンスが切り札を披露して敵を圧倒してみせたシーンを(つたな)い日本語ながらも語る音失さんはスマートフォン越しにも楽しそうなのが伝わってきて、こっちまで楽しくなってくる。


「まもにい、誰と話してるんだ?」

「友だち」

「かまえ」

「あとでな」

「かーまーえー」


 ぎゃんぎゃん纏わりついてくる戦に、しょうがなくスマートフォンを一旦置いて棚からジャーキーを取り出す。


 ぶん投げる。


 飛んで行く。


 一目散にリビングから消えてった戦に満足しつつ、再度ソファに腰を下ろした。


「戦ちゃん!! ふすま壊すの何回目だい!」


 ばあちゃんの絶叫が聞こえた気がしたけれど、うん。俺のせいじゃない。

 音失さんとのピースメイン談義を続けつつ、時折入ってくるダチからのメッセージにも適当に返信する。

 話の流れで明日の予定についても話し、俺は登校日が、音失さんは部活動があるということでいつも通りの電車で落ち合う約束を取り付けた。


「護ちゃん戦ちゃん、ごはんよ」

「はーい」「はい!!」


 シャキッと元気よく挙手して勢いよくダイニングテーブルに飛び込む戦をばあちゃんが一喝し、遅れて俺も席に着く。今夜はばあちゃん特製、夏野菜と牛肉盛りだくさんカレー。育ち盛りの俺には大皿に大盛り、超欠食児の戦には大皿に昔話盛り。

 一応言っておくと、別にひもじい食生活というワケじゃない。戦の食欲が異常すぎて俺たちと同じ分量じゃ欠食児になっちゃうだけだ。


「いただきまーす!!」


 帰ってきたじいちゃんも席に着いて、戦の元気いっぱいな声に合わせて四人で手を合わせる。


「護ちゃん、明日も登校日なのかい?」

「うん。来週は部活で行かなきゃだし、夏休みなのに夏休みって感じがしないや」


 夏休みとは。

 そう問わずにはいられないスケジュールである。一応、平常時に比べると終わる時間は早いけれど。


「明日は車で学校まで送ってこか?」

「あ、いや……いいよ。友だちと電車で待ち合わせしてるんだ」


 何となく女の子と待ち合わせしている、という事実が恥ずかしくてついそっけない声色になってしまう。けれど、じいちゃんは気を悪くした風でもなくほうかほうか、と笑顔で頷いた。

 ちょっと罪悪感。別にやましいことはしてないんだし、普通に女の子と知り合っ……いや、やっぱダメだ。なんか恥ずかしい。


「……そういえばじいちゃんばあちゃん、(せめぐ)兄以外の聴覚障害者って会ったことある?」


 じいちゃんとばあちゃんは父方の祖父母だから、母方のはとこである鬩兄とは血縁関係にない。でも、実兄同然に俺らと育った鬩兄を実の孫のように可愛がってくれている。


「そうさねえ、長く生きてるからね。何回かあるよ。(せめぐ)ちゃんのように深く関わった人はいないんだどもね」

「じいちゃんはあるぞ。昔勤めてた会社にな、聞こえん部下がおってのぉ。それがどうかしたか?」


 じいちゃんとばあちゃんに問いかけたことに、深い意味はなかった。けれど話の先をちょっとした関心と繋げられそうで、これ幸いと重ねて問う。


「どうやって話してたの? 口話(こうわ)?」

「口話と筆談じゃったねぇ。だどもなぁ、じいちゃんたちが何かを話すとうんうん頷くんじゃがなぁ、わかってないことが多うて」


 結局数年ほどで辞めて行ったと、じいちゃんは頭を掻きながら言った。


「……やっぱりコミュニケーションが難しかったの?」

「だのぉ。じいちゃんたちもわかってくれているのかくれていないのかわからないまま、口話を続けたのがいけんかったかのぉ……ハローワークの人に聞いたんだどもな、耳が聞こえん人たちの転職率は高いそうじゃ」


 そのあたりは鬩ちゃんにでも聞いてみたらどうか、と言われたので頷く。続けて、日本語に違和感はなかったかと聞いてみたら、特になかったと言われた。

 音失さんのようにてにをはがおかしいということはなかったみたいだけれど、それでもじいちゃんはコミュニケーションの不全さを感じていたみたいだ。


「…………」


 〝耳が聞こえない〟


 もしかしたら、俺はまだそれを軽く見ているのかもしれない。




 ◆◇◆




 〝好きな台詞は?〟


 そう問いかけたことに、意味は特になかった。

 朝、発車十分前に音失さんと並んで座ってピースメインについてあれこれ話して、盛り上がった流れで投げかけただけの問いだった。


 音失さんは、答えられなかった。


 〝好きなシーン〟

 〝好きな技〟

 これらは普通に言えるのだ。どのシーンが熱くて、どのシーンが泣けたか。どの技に興奮して、どの技が面白かったか。それは、言えるのだ。

 けれど〝好きな台詞〟になると、音失さんは言葉に詰まった。あー、とかうー、とか小さく声を上げながら必死に考えているような。必死に、思い出しているような。


 ──活字嫌いの聴覚障害児が少なくない。


 鬩兄の言葉がふと、脳裏に蘇る。

 そして気付く。〝好きなシーン〟も、〝好きな技〟も大して活字を必要としないものだ。俺だって漫画を流し読みする時はいちいち台詞をひとつひとつ読まない。絵で大体の流れはわかるし、目立つ台詞さえ読んでいればストーリーもわかるから。もしかしたら音失さんは、台詞を深く読み込んでいないのかもしれない。


「あっ」


 と、それまで思い悩むように唸っていた音失さんが嬉しそうに表情を綻ばせた。


/『お前に許されないことをした』ってセリフ! ロマンス、かっこよかったです!/


 ──こう言ってはなんだけれど。

 失礼なことなのかもしれないけれど。


 チャンスだと、思った。


/『お前は許されないことをした』だよ/


 そうスマートフォンに打ち込みながら、ノートを取り出した。電車は滝宮駅を出たばかりで、太田駅まであと二十五分程度ってところ──十分だ。

 こんなこと、していいのか正直わからない。もしかしたら不快に思われて嫌われるかもしれない、という想いもある。でも、音失さんは本当にピースメインが好きだから。

 好きなら、もっと好きになってもいいんじゃないかって──そのために、〝知る〟ことをしてもいいんじゃないか、って。

 そう内心、一体誰に宛てたのかわからぬ言い訳を繰り返して俺はノートに文を書き連ねる。


 『お前()許されないことをした』


 『お前()許されないことをした』


 正解は上の文だ。主人公、ロマンスが怒りに滾り、敵に言い放つ台詞。けれど音失さんが書いたのは下の台詞だ。これは単なる覚え違い、で片付く間違いじゃない。『許されないことをお前はした』とかなら覚え違いで済むけれど、音失さんのはそもそも意味が真逆になってしまう間違いだ。だから、覚え違いじゃない。


 てにをはの意味を理解していない。そして、てにをはの重要性を理解していない。

 ゆえの、無頓着さ。

 無邪気と言ってもいいかもしれない。文法を理解していなくとも、単語を羅列していれば意味は通じる。ゆえの、必要性の薄さ。逼迫(ひっぱく)感の薄さ。


 ──俺は、彼女を見下しているのだろうか。


 わからない。

 もしも友だちにいきなり、お前の言葉の使い方おかしいと言われたら──俺なら、カチンとくるかもしれない。何様だと、先生気取りのつもりかと、ムカつくかもしれない。ましてや、丁寧に正しい使い方なんてのをご教授なんてされたら──イライラして、仕方ないだろう。

 そんなのいちいち指摘するなって思うだろう。


 音失さんは、友だちだ。


 そう、音失さんは聴覚障害者だけれど、関係ない。たまたま電車で知り合って、友だちになった。そこに立場の優劣はない。対等だ。対等の、はずだ。

 ──じゃあ、俺がこうして間違いを指摘するのは、間違っているのか?

 わからない。


 ──わからなければわからないなりに、わからないまま付き合っていけばいい。最初からわかるわけがないからな。わかろうとする努力を怠らなければいい。


 鬩兄の言葉が、脳裏をよぎる。

 ──ああ、やっぱり俺にとって、鬩兄は憧れだ。いつだって──俺の指標となってくれる。


 『お前()許されないことをした』→悪いのは敵


 『お前()許されないことをした』→悪いのは自分


 『お前()許されないことをした』→悪いのは敵と自分


 『お前()許されないことをした』→悪いのは敵だと強調


 正しい台詞と、音失さんの間違った台詞と、ついでの二例をざっくり箇条書きにしてイラストも添える。そこまでうまいってワケじゃないけど。

 てにをはによって対象が変わり、印象も変わる。──音失さんもいい台詞をチョイスしてくれたものだと、思う。思って、これは音失さんに失礼なのかなあとまた、悩む。


 距離感が、わからない。


/結構変わるでしょ? 音失さんのだとロマンスが悪いことをしちゃって、それを反省しているように見えちゃう/

「…………」


 音失さんは、答えない。

 応えず、じいっとノートに見入っている。

 もしかしたら嫌な気持ちになったかと、少し不安になったところで音失さんの目がぐるりと俺を剥く。狐のような、まん丸で透き通った──楽しそうな目。


「しゅぅこおい!」


 熊手のように指先を折り曲げた手のひらをこめかみのあたりで、手首をひねるように回転させる。


/すごいです。すごいわかりやすい!/


 わたし、ぜんぜん違う台詞言っていたです──そうスマートフォンに打ち込んで、音失さんはまたノートに見入った。とりあえず──不快には思われていないようだ。

 と、思った矢先に音失さんがすごく複雑そうに表情を歪めた。


/ごめんなさい。日本語へたくそ、頭悪くて/

/頭悪い? これ見てすぐわかったんでしょ? 悪くないと思うけど/


 ──だから、読めと言われてきた。新聞を読め。本を読め。漫画は読むな。テレビばっかり見るな。聞こえないんだから読んでしっかり学べ。


 鬩兄は言っていた。読めと言われ続けてきたと。

 聞こえないのだからと。健常者のようにただテレビをつけているだけで情報が入ってくるわけじゃないのだからと。自分から情報を得ようとしないと得られないのだからと。

 だから、読めと言われ続けてきた──そう、言っていた。


「…………」


 たたん、たたんと電車が静かに揺れる。通勤客が増えてきて、車内はすっかり席が埋まってちらほら立っている客がいる。

 夏も真っ盛り。エアコンがよく効いている車内ではあるが、窓の外に広がる雲ひとつない晴天を見上げているとそれだけで汗が浮き出てしまうよう。

 俺は、目を伏せる。

 そして、決意する。


/音失さんは日本語がへたくそなんじゃなくて、まだわかってないだけだよ。わかってないのは頭悪いからじゃなくて、タイミングが悪かっただけ/


 だから、と俺は続けて指を滑らせる。


/ピースメインにはすっごくいい台詞がいっぱいあるんだ。ちょっとした台詞ひとつにも意味があって、すごくためになる。だから/


 だから、俺と一緒にピースメインで勉強してみないかと、誘った。


 俺がわざわざ、彼女に日本語について教えてやる義理なんてない。先生まがいのことをするなんて何様だ、とも思う。たぶん、俺はすごく失礼なことをしている。

 同情しているのだろうか。同情心がゼロだなんて言い切れない。鬩兄の耳が聞こえないことについて同情したことは一回もなかったけれど、今。今、この子に──音失さんに対しては、していると思う。

 だって、俺の説明を見てすぐ、おかしさに気付けるのに。じゃあ、今まで音失さんの周りにいる大人たちは何してたんだって。日本語がおかしいことを、頭が悪いって自分で言うなんて。

 俺のやろうとしていることが正しいのか正しくないのか、全然わからない。同情して憐れんでいるだけの傲慢な行動なのかもしれないとも思う。

 でも。

 ──でも。


/いいの?/


 音失さんが、満面の笑顔で嬉しそうに俺を見つめてきた。

 その笑顔に、ぐるぐると胸中で渦巻いていた感情が落ち着いていく。


/ピースメインについてもっともっと、話したいしね/

/うん! うん、わたし、セリフにじっくり読んだことないかも/

/『に』を使うならセリフに集中してじっくり、かなあ。間に何も挟まないならセリフ『を』だね。とりあえず、ピースメインまた最初から読み直していこう/


 自分が上から目線になっていないだろうかと、内心未だに不安が拭い切れずにいたけれど、とりあえず音失さんとピースメインを通して日本語について、そしてピースメインについてもっと知っていこうと約束をした。


/あとさ、音失さん音楽にも興味あるんだよね?/


 今日はヘッドフォンを持ってきていないようだったけれど、電車に乗り込んだ時、動画共有アプリで音のないライブを眺めていたから。


/うん。音楽とか、声とか、音の知りたい/

/じゃあ、そっちも考えよ。俺、ちょっと興味ある。音失さんみたいに耳の聞こえない人が音を感じるにはどうすればいいのか。嫌じゃなかったら/


 と、そこまで打ったところで俺のスマートフォンを(うかが)い見していた音失さんがぶんぶんと首を勢いよく横に振った。いあじゃぁい、と声を上げて──車内が既に混み始めていることに気付いて、慌てて口を(つぐ)む。


/わたし、知りたい! 音、知りたい! みんな、いつも聞いてるから。いつも音楽に聞いているから!/


 その一文を打つ音失さんの横顔に、思わず見惚れた。

 何かを〝知りたい〟と心から思っている人間の顔というのは、こんなにも魅入る表情をしているのかと──見入ってしまった。


/うん。じゃあ、とりあえずもう駅に着くから今夜、また話そう。んで、最後に修正/


 音失さんの言葉でミスのあった個所を指摘したところで、電車が太田駅に着いた。なだれ込むように降りていく人に混じって音失さんと並んで降りる。

 ぶわりとエアコンで冷やされた体に熱風を叩きつけられながら、定期券をかざして駅の外に出る。人の流れが薄いところで振り返って音失さんを見やれば、音失さんは何故だか笑顔だった。

 堪えきれないような、プレゼントを前にして浮足立つ幼子のような笑顔だった。


「音失さん?」


/話、止めないでくれてありがとう/


 その一文をスマートフォン越しに伝えてきて、音失さんは勢いよく手を振りながら跳ねるような足取りで去って行った。




 ◆◇◆




/大人たちの癖だな/


 鬩兄はやはり、察しがいい。


/助詞を間違えると話を止めて『そこは〝に〟だよ』と修正させることが多いからな/


 だから、話を止めないで聞いてくれる先生が好かれやすい。

 だから、文法に対する苦手意識が高まるばかりで治らない。


/いちいち話を遮られると話したくなくなるからな/

/確かに/


 だから、あの〝ありがとう〟なのか。

 俺たち健常者だってそうだ。人の話を聞かない奴は嫌だし、話しているのに遮られたらイラッとするし話す気も失せる。


「神社、食堂行こうぜ」

「おう」


 桜色高校は公立高校にしては珍しく食堂がある。パンやインスタント食などの自動販売機はもちろん、学生向けに値段を抑えたメニューが多数用意されている。弁当を持参する生徒も少なくないが、俺はいつも食堂を利用している。

 夏休みの今も午後から部活動のある生徒向けに開かれていて、俺も午後からテニス部の活動がある。


「あ~、部活だりぃ」

「夏休みって何だろうな」


 よくつるむ友だち数人とテーブルの一角を占領して、たわいもない話に(ふけ)りながら腹を満たしていく。話す内容はいつだって同じ。夏休みなのに。宿題ウザい。昨日のテレビ面白かった。今日のあの子可愛かった。今度の休み何処に行こう。

 本当にたわいもない、くだらない話だ。でも嫌いじゃない。気が楽だし、こうやってくだらないことで笑い合うのは楽しい。


「そういえばお前ら、〝ピースメイン〟読んでる?」

「読んでねえ」「読んでる」「漫画じゃなくてアニメの方なら」


 三者三様の反応。どうしたんだと聞かれたので、最近ハマったと返す。


「まだ全部読んでねえんだけどな、一気に読むとすっげぇ面白いのな」

「わかる。空の城編とか、当時はすっげぇだらだらしてるって思ってたけどコミックで一気読みしたら神だった」


 週刊誌ゆえ、というヤツか。日が空くと意識にも穴が開くし、記憶も不純物が混じる──そういうことなんだろう。


「ピースメインで好きな台詞は?」


 なんとなしに、問いかける。


「やっぱアレっしょ? 『人はいつ死ぬ? 心臓を貫かれた時か? 違う──』ってトコ」

「う~ん……そんなすぐは出て来ねぇな……でもアレだ、人の夢は終わらない、笑われて行こうってのは痺れたかな?」


 おざなりな答えではあるけれど、答えられないわけではない。印象に残ったシーンの、印象的な台詞をおおまかにだけれど思い出せる。

 ──これらのシーンは、音失さんの目にはどう映っているんだろうか。日本語が全くわからないわけじゃない。けれど、言葉に潜む繊細な機微を知らない彼女には、これらの台詞がどういう風に()()()()いるのだろうか。

 俺らの聞こえている言葉と、音無さんに聞こえている言葉は──同じなんだろうか。


/知るか。おとせちゃんと話しているのはお前だ/


 つい、いつものように抱いた疑問を投げかけた俺に、鬩兄の辛辣な答えが返ってくる。




 ◆◇◆




/今、〝Go to shine〟って歌が見ていたんです/ /歌を?/

/◎ 懐かしいな、その歌/


 部活動でくたくたになった体を湯舟に沈めながら、スマートフォン越しに音失さんと話す。話題はもっぱらピースメイン、ってかピースメイン一色。一巻から読み直して、台詞のひとつひとつを再確認して、いつしか音失さんの言葉にミスがあれば返事の先頭に×をつけ、惜しければ△を、そして問題なければ◎というマークを付けるようになった。

 そうして、話にひと区切りがついたところでまとめて添削・復習という流れが出来上がった。

 この流れを提案してきたのは、鬩兄だ。

 話を止めず、けれど後で復習するためにも音失さんに何を間違えたのかを考えさせられる。実際、音失さんもこのやり方で飛躍的にてにをはの法則を掴みだした。

 やはり鬩兄はすごいと思うと同時に、俺じゃあ思いつけないことを思いついてしまう鬩兄に少しだけ劣等感を覚える。


/歌を見て思ったんです。何だったけ? が、を、は、に、で、とかが少ないなあって/

/◎ 〝てにをは〟もしくは〝助詞〟って言うんだよ。確かにあんまり使わないかも。メロディやリズム、テンポを考えて省くとかあるし/


 と、そこまで打っておれはピーンと頭に豆電球が煌めく。


/そうだ、音失さん。歌詞にてにをはつけてみてよ。んで文法的に正しい文章にするゲーム/


 気分としては、先生と生徒。もしくは先輩と後輩。同い年だけれど、対等な立場だけれど──〝教えてあげないと〟という使命感に駆られている。

 いや。

 ──()()()か?

 音失さんの周りにいる大人では成し遂げられなかったことを、俺がやろうとしている優越感。


「…………」


 否定は、できない。


/楽しそう! じゃあじゃあ、代わりばんこをやろう! わたしは、正しい文章を書く。護さんは、間違った文章を書く/

/△ なるほど、俺の間違った文章を音失さんが直すわけだ/

/代わりばんこ、のところ?/

/そうそう。代わりばんこをやろう、でも通じるけどね。代わりばんこにやろう、が正しいね。代わりばんこに『歌詞直しゲームを』やろうで、音失さんは省略するところを間違えちゃった感じかなあ?/

/なるほど。縮める時、はじめのてにをはは消さない/

/◎ そうそう。『俺はお前を絶対に倒す』も、『俺はお前を倒す』『俺は絶対に倒す』とか、言葉にくっつくてにをはごとに区切って省略する感じ/

/なるほどぉ/


 音失さんがこうしてまっすぐ、俺の言葉を聞いてくれるおかげで、俺の中にある申し訳なさのような、よくわからない何かは薄れるけれど。

 ──俺が、こんな罪悪感を抱くのは……何故だろう。


/僕らは今から探しに行く。波風を立てて/

/◎ あふれる情熱を胸が中にどこまでも広がる/

/あふれる情熱が胸の中にどこまでも広がる/

/◎!/

/やった!/


 Go to shine。ピースメインのアニメOPのひとつ。We are!と並ぶ名曲とされていて、夢に向かってあふれ出す希望をそのまま歌に閉じ込めたような、輝かしい光に満ちた曲だ。

 浴室の壁にぶつかって反響し合う曲を聴きながら、ぼんやり思う。


 ──まさに、今の音失さんを表しているような歌だ。


/音失さんみたいだね、この歌/

/え?/


 気付けば、指が画面を滑っていた。

 音失さんからのびっくりスタンプを見て、急に恥ずかしさが込み上がってきて慌てて指を滑らせる。

 同時に、一気に熱が上がったせいでのぼせそうになったので湯船からも出る。


/ほら、日本語を学ぼうとか、音について知りたいとか、やりたいことに向かって飛び込んでいるじゃん? だから音失さんっぽいなーって/


 おかしくない、よな? 別にこう、妙な言い回しにはなっていないよな?


/そんなこと、言われたことない! なんかうれしい! 護さんにおかげ!/ /護さんのおかげ!/ /護さんに教えてもらっているおかげ!/

/下ふたつ◎/


 急激に上がった熱はなかなか下がってくれなくて、特に画面に並ぶ、音失さんの言葉がもたらしてきた──〝嬉しい〟という名の込み上がる熱はなかなか引かなくて。

 あんまりにも長湯な俺を心配してやってきた戦に〝ばあちゃん! まもにいが赤い!〟って叫ばれるまで、そこから動けなかった。




 ──真摯な姿勢には、真摯な姿勢を。




 【煌めきに向かって駆けろ】

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