19 交差する思い
深い森の中。
お姫様抱っこで女性を抱えて走っている男がいた。
その男は、とても人間とは思えないスピードで木々を縫うように駆け抜けている。
だが、突然その足が止まった。
「え? ちょっ! なんでビビアンが?」
「サクセスぅぅ~! サクセスぅぅーー!!」
ビビアンは泣きながら顔をごしごしと俺の胸に押し付けてくる。
というか、怪我は大丈夫なのか?
ちょっと色々と訳わからないぞ。
俺は困惑して、その場に立ち止まった。
「ビビアン、あまり動くと傷が開くよ。ちょっと落ち着こうか。」
ビビアンをそっと降ろそうとするが、首に腕を巻き付けられて、ビビアンはぶら下がったまま、中々降りようとしない。
しばらくそのまま抱きしめていると、ようやく少し落ち着いたのか首に巻き付けた腕を離し、自分の足で立ってくれた。
「アタシは大丈夫、オートヒールがあるから大分回復したわ。」
確かに、最初に見た時よりもかなり傷が減っている。
だがまだ体中に傷が見えることから、かなり負傷しているのには変わりなかった。
「そっかぁ。じゃあ少しここで休むか? まだ怪我が辛いだろ?」
「サクセスは変わらないわね。いつだってアタシに優しくしてくれる……。でも、もう歩けるわ。仲間を待たせているの。サクセスに会えて嬉しいけど、急いでもどらなくちゃ。」
どうやら大分落ち着いたようだ。
まぁあれだけ凄い怪我をしていたんだから仕方ないよな。
それに、あそこにいたってことは、あいつと戦っていたのはビビアンか!?
やはり、ここで少し休ませたほうがいいな。
「確かにそれは急がなきゃいけないな。でも無理したら意味がないだろ? 俺も今仲間のところに向かってるから、合流したら一緒に助けにいこう。」
俺がそう言うとビビアンは考え込む。
一刻も早く仲間の元に駆け付けたい気持ちと、サクセスともう少し話たい気持ちで揺らいでいた。
サクセスの仲間と合流すれば、戦力は増えるし、それまでに少しでも話すことができる。
どう考えてもビビアンにとって後者の方がメリットは大きかった。
だが……
「ううん。やっぱりその気持ちだけにしておくわ。サクセスの無事も確認できたし、不安はもう無くなったわ。アタシね、今勇者やってるの。みんなの為にも早く戻らなければいけないわ。それに、どうしても助けたい男がいるのよ。だから、また後で会いましょう。サクセス達はゆっくりでいいわ。後は、アタシたちに任せて!」
ビビアンは、自分の気持ちよりもシャナクと仲間達を優先させた。
今までサクセスの安否が心配すぎて、少しおかしくもなっていたが、今はもう元に戻っている。
それならば、やる事は一つ。
勇者として、そして仲間の為に戦うだけだ。
ビビアンの瞳がサラマンダーの炎のように赤く燃え上がっている。
俺はその目を見て綺麗だと思った。
そして……止めるのをやめる。
こうなったビビアンは、何をいっても止まらないのを知っていたからだ。
「わかった。ビビアンがそういうなら俺は信じるよ。でもビビアンが勇者だったなんてな。どうりで昔から強いわけだよ。俺が特別弱かったわけじゃなくて安心したわ。俺も直ぐに仲間を連れてそっちに向かう。そこでまた会おう!」
俺は笑顔でそう言うと、ビビアンも微笑む。
その顔は、昔から見慣れていた可憐な笑顔だった。
まるで、野に咲く力強くも美しい花。
助けなくてはいけない男というのに、少し嫉妬する気持ちもあったが、ここは男らしく気持ちよく送り出してあげよう!
「うん、サクセスも気を付けてね。また絶対会おうね! あと……それとね……えっと……。」
ビビアンはずっと前から、再会したら言おうと思っていた言葉がある。
「大好きだよ!」
この言葉がなかなか出てこない。
突然過ぎたため、心の準備が間に合っていないのだ。
そしていざ、大好きな本人を目の前にすると、あと一歩踏み込む勇気が足りない。
「ん? どうした?」
ビビアンは、なぜかさっきまでと違い、下を向いてモジモジしている。
は!?
その様子を見て、俺は察した。
トイレか!?
我慢していたのか!?
それなら、早めに立ち去ってあげた方がいいな。
「えっと……あのね。サクセスに……会ったら……。」
ストップ!
それ以上は言わせちゃならねぇ!
「おしっこしたくなっちゃったの。」
とか、レディに言わせちゃダメだろ。
それはそれでちょっと興奮するけど、我慢だ!
いくら幼馴染とはいえ、そのくらいのデリカシーはもっている。
「ビビアン、それ以上は無理に言わなくていい。大丈夫、わかってるさ。それじゃ! また後でな!!」
俺はそれだけ言うと颯爽をビビアンの前から去った。
「ちょっ! え? ちょっと待ってよ! わかってるって……じゃあアタシ……。」
その場で固まるビビアン。
そして呟く……。
「そっかぁ……サクセスはちゃんとアタシの気持ちをわかっててくれたんだ……。」
頬を赤く染めたビビアンは、自分の想いが伝わっていた事に胸をトキめかせた。
実際には1ミリも伝わっていないが……。
「よし! 早くみんなを助けにいかなきゃ!」
ビビアンは憑き物がとれたような爽やかな顔である。
胸のつかえがとれた今、心配なのはシャナクと仲間達だけ。
こうしてビビアンはミーニャ達の元に戻っていくのであった……。
一方サクセスは……
仲間のところに向かって走りながら後悔していた。
というよりは、悶々としている……。
「いやぁ、ビビアンは相変わらず可愛いな。やっぱ惜しかったかな? 少しくらいなら頼めば見せてもらえたかも……。」
サクセスは盛大な勘違いをしているのであった。
もしビビアンがこれを知ったら、きっとグーパンは免れないだろう……。
そのくらいの権利は彼女にはある。
だが、それも仕方のないこと。
まさか、あの場でいきなり告白されるなんて誰だって思わない。
とはいえ、それを抜きにしてもやはりサクセスは変態であった……。
「おし! 今度こっそりと……シロマのを……。」
ターゲットを決めたサクセスは、颯爽と森を駆け抜けていくのだった。
その顔はビビアンと違い……いやらしい……。
げへへ……。




