特別編 イーゼ⑥
まずは手始めと言わんばかりに、全方位から無数の触手が飛んでくるも、これら全てをリーチュンは打ち落とした。
いくら数が多くても、素早さのレベルが違いすぎる。
百発来ようとも、全てを叩き落とす実力がリーチュンにはあった。
だが問題はこれからである。
さっきと同じように、次々と地面から湧いて出てくるメタルヒューマン。
だが今度は不意打ちではないため、ニュルっと地面から現れた瞬間、モグラ叩きの如く潰して回った。
しかし、地面から出てくるという事は……次は自分達の足元……そう考えると同時にイーゼの後ろに立つと、地面に拳を打ち込む。
地面に内気を送りこんだのだ。
案の定、それによって二人の足元から現れようとしたメタルヒューマンを散らせることに成功する。
この間、実に十秒。
予想通りの猛攻であったが、リーチュンは守りきった。
すると、イーゼが口を開く。
「そのままわたくしに抱き着いていなさい!」
リーチュンは言われるがままその背中に抱き着くと、イーゼが呪文を唱えた。
【エアロカバー】
二人の体が風の膜に覆われる。
続けてイーゼは、この十秒の間に魔力を溜め続けた【グリムダルトの鞭】を地面に打ちつけると、呪文を唱えた。
【アースフォーム・炎酸・氷爆】
次の瞬間
ーーフロア全体の地面から天井に向かって紅い空気が舞い上がる。
「熱っ!! 熱いわよ、イーゼ」
「我慢しなさい。直ぐ冷えますわ」
その極限まで熱せられた酸の気体は全てを溶かしきる。
リーチュンは熱いといったが、それもそのはず。
大広間の温度は、実に千度近くまで上がっていた。
しかもその熱源は金属を溶かす酸の熱。
もしも【エアロカバー(圧縮された風の壁)】が無ければ、術を放ったイーゼもまた一瞬で溶かされていただろう。
しかしこの魔法はこれで終わりではない。
イーゼの言葉の通り、その後すぐにフロアが極寒の寒さに覆われることになった。
さっきまでの熱さが嘘のように、今度は周囲全体がキラキラと蒼く氷り始める。
光って見えるのは、大気に広がった小さな粒子となった金属。
それら全ては眩い光を放ちながら至る所でパチンパチンと弾けていった。
「さっむ!!」
ぶるぶる震える手でイーゼの腰にギューッと抱き着くリーチュン。
そしてイーゼは無理矢理その手を引き離すと、リーチュンから離れて一言告げた。
「終わったわよ」
遂に無敵とも思われたメタルヒューマンはこの世界から消滅するのであった。
「あっ! 本当だ! めっちゃ力が湧いてくる!」
今の戦闘でかなりの経験値が入ったようで、二人の体にとんでもなく大きな力が湧き上がるのを感じていた。
まだ本当に全部倒せたのか確認を……等と口にすることはない。
これだけレベルが上がった感触があるならば、間違いなく倒したのと確信していた。
そして二人は冒険者カードを取り出して、自分のレベルを確認すると……
リーチュン レベル51
イーゼ レベル46
むちゃくちゃ上がっている。
「大分、あなたに追いつきましたわね」
リーチュンのカードを横目でみたイーゼは、そう言ってほくそ笑むと、リーチュンは一瞬だけ悔しそうな表情を見せた。
イーゼと違い、リーチュンは一ヵ月間、一人で戦いに明け暮れていたのだから当然だろう。
「なんか悔しいぃ~。ってそんな事より今の何!? ちょっと流石にあれはヤバ過ぎるんだけど!」
悔しい気持ちもなんのその。
それ以上に今の光景が頭から離れない。
あまりに美しく幻想的……そして身が震える程の威力。
あんなものを見せられたら、誰だって聞きたくはなるだろう。
その余韻に浸りながら色々話を聞きたいリーチュンだったが、イーゼの方を見るとなぜか焦った顔をしていた。
「悠長に話している時間はありませんわ。」
イーゼはリーチュンの話を遮ると、即座に呪文を唱える。
【アースフォーム・固定】
「え? 今度は何?」
「まだわかりませんの? 崩れるんですわよ、ここが。どうやらさっきの魔法でダンジョン核も破壊してしまったみたいですわ」
今の極限魔法によって、モンスターの巣も破壊してしまった。
イーゼはメタルヒューマンがこの大広間全体を侵食していると考えてから、あの魔物がダンジョン核と融合している可能性も考慮していたが、どうやら正解だったようである。
その結果について事前に考えていたからこそ、いち早くイーゼはこの洞窟の崩壊を感じ取った。
当然そうなった後の対応も既に考慮済みである。
一時凌ぎではあるが【アースフォーム】によって洞窟の壁を固定し、その間に離脱することだ。
とはいえ、小山全体を固定するには膨大な魔力が必要であり、長くは続かない。
だからこそ、イーゼは焦っている。
一方そんな事も知らず、リーチュンは口を尖らせた。
「ぶぅ~。勿体なぁ~い」
リーチュンはこれだけメタルモンスターが湧く場所がなくなる事に、少なからずショックを受けていた。
こんなおいしい狩場には今後出会えることはないだろう。
そう思うのは当然だが……
「そんな事言ってる場合ではありませんわ。今崩れていないのは一時的ですわよ」
イーゼが焦る様子を見てリーチュンも頭を切り替え、イーゼを抱えるように持ち上げた。
「ちょっと何するんですの!?」
「急ぐんでしょ?」
そう言うとリーチュンは、イーゼをお姫様抱っこをしたまま出口に向かって爆走する。
「やめるのですわ! 屈辱ですわ! サクセス様と代わりなさい!」
リーチュンは激しく抵抗するイーゼを力で押さえつけながら、悪戯な笑みを浮かべた。
「ざんね~ん! サクセスはいないも~ん! ダンジョン壊した罰です~」
「……それはあなただって!」
「壊したのはアタイじゃないも~ん」
そんなやり取りをしながらも、超高速で出口に戻っていく二人だが、遂に小山の外へ飛び出ると、そのまま湖の方まで退避する。
イーゼはそこまでくれば安全だと判断して魔法を解除すると、さっきまであった小山が大きな音を立てて崩れていった。
二人は崩れる山を眺めながら、ふと顔を合わしてしまうと、どちらともなく笑いが込み上げてしまう。
「ぷっ、何その顔」
「あなたこそ、笑っているじゃありませんの」
「だって、何か久しぶりだなぁって。楽しかったね!」
「わたくしは生きた心地がしませんでしたわ。でも……美味しかったですわね」
「ね~!」
サクセスと一緒の時は、結構いがみ合う事も多かった二人であるが、今はまるで仲の良い幼馴染のようにすら見える。
色々あったが、それでも二人は仲間の大切さを痛感し、お互いが成長したその姿を見せあい、背中を預け合って戦った。
それは孤独な試練を乗り越えてきた二人にとって、どれだけ心強かっただろう。
それからほんの束の間の時間ではあるが、二人は黙って崩れ落ちる山を眺めるのであった。