71 トビタ……ティンティン
結束を固めた俺達男三人衆は、早速目的地であるトビタ区に向けて歩みを進める。
「なぁ、イモコ。さっきから、俺……ワクワクが止まらないんだけど……。」
「師匠……実は某もでござる。今宵どのような出会いがあるか……胸の内側から何かが滾ってくるでござるよ。」
「俺っちもでがす。久方ぶりの胸の高揚。ドキドキでがんすなぁ。」
俺は初めてだが、イモコは聞いていたから当然として、シルクもこの地……トビタティンティンに訪れた事があるようだ。
故にそこがどれだけ男にとって希望に溢れた街であるかは、今の二人を見れば一目瞭然である。
本当に最高だぜ、トビタティンティン。まだ到着していないがな。
……っと、そんな感じでいつの間にか速足となった俺らは、気付けば昼前にトビタ区に到着していた。
※ ※ ※
「ここが……トビタティンティン……。すっげぇ!!」
今俺の目に映るは、無数に建ち並ぶ娼館街。
なぜ娼館街だとわかるのか?
それは、通路を隔てて両サイドに建てられた民家の前に、必ず和服を着た色っぽい御姉様方か立っているからだ。
「あらぁ、そこの素敵なお兄さん方。少し寄っていかなぁい?」
その道を一歩進むごとに、エロいお姉さん達が俺達に声を掛ける。
すると俺はまるで光に誘われた羽虫が如く、その声に従ってフラフラとお姉さんに近づこうとするが、その俺の肩をイモコがガシッと掴んで止めてきた。
「な、何すんだよイモコ。俺を止めないでくれ。」
俺は止められたことに少しイラっとして文句を言うが、イモコは真顔で言葉を返す。
「師匠。焦りは禁物でござる。ここには無数の花がある故、後悔しないようにしっかりと選んで決めるべきでござる。」
「そうでがんす。まだここは色街の入口。もっとよく見て決めるでがんすよ。それがトビタティンティンの歩き方でがんす。」
二人からそう諫められた俺は、とりあえずそれに従う事にした。
やはりこういう時は、ベテランの意見に従うのが吉である。
「わかったよ。確かにそうだな。でもさ、正直みんな可愛すぎて、俺からすれば誰でもいいんだよね。」
「気持ちはわかるでござる。しかし、もう少し中に進んでもいいと思うでござるよ。」
「ビビッと来るものがあったなら、直行してもいいでがんすが。」
なるほど。確かにこれだけの女性がこんな真昼間から無数に誘ってくれるんだ。焦る心配はねぇ。なら、俺は自分の直感を信じるぜ!
こうして再び俺達は、色街の中を練り歩いていく。
「うっふ~ん。今日はサービスしちゃうわよぉ。」
「ねぇねぇ、もうアタイ……我慢できないわぁん。」
「おにいちゃん! 好き! だからこっち来て!」
それから幾度となく女性の勧誘を振り切って歩き続ける俺。イモコ達が言うように、トビタティンティンは中に進んで行けば行くほど女性の数が増え、そのバリエーションも豊富だった。
若くピチピチな子もいれば、犯罪ギリギリのようなロリっ子。更には妖艶な雰囲気を纏う熟女。ここにくれば、多分どんな男であろうと自分のタイプの女性が見つかるはずだ。
というか、もうここに定住したい。
「そ、それでは師匠。また後で会おうでござる。」
そうこうしている内に、イモコがお相手を決めて離れて行った。
今回イモコが選んだのは、イモコより少し若い感じの綺麗な女性。
今まで見た事がないほどデレデレした顔になったイモコは、腕を絡められながら民家の中へ消えていく。
「ふむ。イモコ殿はあの子を選んだでがんすか。悪くはないけど、俺っちには少し若すぎるでがんすな。もう少し熟して柔らかくないと……。」
「あらぁ、そこの素敵な旦那様。その逞しい体を見るだけで火照ってきますわぁ。」
「じゃあ、そう言う事で! 行ってくるでがんす!」
なんとイモコがいなくなった直後、今度は凄い色っぽい熟女に声を掛けられたシルクが行ってしまった。
これが直感で決めるという事なのか。
しかし、困った事に俺は選び兼ねている。
正直、誰でも良いと思うほど全員が魅力的である故に、誰かを選ぶというのが俺には難しかった。
(まずい。このままだとまずいぞ。早く俺も選ばなきゃ! よし、じゃあさっきのロリっ子にしよう!)
二人がいなくなった事に焦った俺は、グダグダ悩むのを止めて、一番気になった女の子がいた民家に向かう。
ーーーだが……
「い、いない! 嘘だろ? 今さっきまでいたのに……」
なんとその女の子が立っていた民家は、既に扉が閉まっており、当然お目当ての子もいない。
(クソっ! 一足遅かったか。じゃあ次はあの色々教えてくれそうな、エロいおねぇさんのところへ……)
再度踵を返し、今度は速足になって目的の民家に向かうが……
「なんでだぁぁ! ここもかよ!」
なんと、今度もまた狙いのお姉さんはおらず、扉が閉まっている。
ふと俺はそこで立ち止まり振り返ってみると、さっきまでいた無数の美女たちの姿が少なくなっているのに気付いた。
その状況に焦った俺は、「今度こそ」っという気持ちでこっちから声を掛けようとするも、タイミングよく他の男が先に声をかけて民家の中へ消えていく。
(ヤバイ……マジでやばいぞ。選んでいる場合ではない。)
焦った俺は、一番近くにいた女性に向かって走った。
後ろ姿しか見えないが、体は引き締まっており、何となくだが美人のオーラを感じる。
「す、すいません。まだ平気で……す……」
そう声を掛ける俺だが、振り返ったその人を見て固まった。
「うっふーん。あらいやだわ、アタスに声をかけてくれるなんて。サービスしちゃうわぁん!」
(う、嘘だろ……。そんな馬鹿な……。)
「す、すいません。お金わすれてましたぁぁぁぁーー!」
そう言い残しながらその場からダッシュで逃げる俺。
なぜ逃げたかって?
だって……あれはどう見ても女装した男だろ?
口周りに少し残った青い残骸。あれはどう見ても隠し切れなかった髭だ。
しかも、そもそも全く可愛くない。後ろ姿だけを見て騙されてしまった。
しつこく追いかけてくるその女? を振り切った俺は、いつの間にかかなり遠くに来てしまった。
もしかしたら既にここは、色街街を抜けた場所かもしれない。なぜならば民家こそ建ち並んでいるが、付近に客と思われる男の姿もなければ、呼び込みをする女性も見えないからだ。
「くそぉ……こうしている間にも女の子達が消えていく……。こんな事になるなら、一番最初の子で決めていればよかったんだ……。」
俺は項垂れながら、後悔を口にしていた。
まさかトビタティンティンがこんなにも上級者向けだとは思わなかったのである。
直感が大事だと言われたが、それなら何度も感じていた。
……にもかかわらず、まだもっといい子がいるかもしれないと欲をかいた結果がこれだ。
「今頃、イモコ達は天国に行っているんだろうなぁ。だが、諦めないぞ。最後の一人になるまで見つけ出すんだ! たった一つの花を!」
気合を入れなおした俺は顔をあげると……
ーーその先にある民家の前に、今まで見た事がないレベルの美女を発見するのであった。