45 そして誰もいなくなった……
「ん……。」
変な夢を見た俺は、気が付くとベッドの上で横になっていた。
「俺は……。そうか……ビビアンに負けたのか……。」
少しづつだが、最後の記憶が戻ってくる。
そして、同時にいつもあるはずの温もりが、そこにない事に気付いた。
「ゲロゲロ……。」
いつもなら、起きると俺の傍で、必ずゲロゲロは寝ていた。
そこがいつも温かく、朝から俺を癒してくれる。
目を細めて笑うゲロゲロ。
人間じゃないのに、まるで人間のような表情をしている。
それに俺が、どれだけ救われたことか……。
だが、そこにそのゲロゲロはいない。
スッ……
ふと、いつもゲロゲロが寝ている場所を摩ってみた。
「冷たい……冷たいな……ゲロゲロ……。」
いつだってゲロゲロは俺の傍に居てくれた。
辛い時、嬉しい時……どんな時でも一緒だった。
俺がどこかに行けば必ず付いてきて、俺が立ち止まれば何も言わずに一緒に止まってくれる。
俺にとってゲロゲロはかけがいのない家族だった……。
だが、そのゲロゲロはもういない……。
ゲロゲロの最後の瞬間と言葉を思い出す。
あいつは最後まで、俺の名を呼んでいた……。
くやしい……。
何もできなかった自分が……許せない。
何が全部救ってみせるだ!
何が強くなるだ!
大切な家族一人守れやしない……。
「俺は……口だけだ……。」
思わず瞳から大粒の涙が零れ落ちてきた……。
悔しかった……悲しかった……そして不甲斐なかった……。
--ポタっ……。
俺の瞳から落ちた涙が何かに当たった音がする。
それは、白い魔石だった。
直ぐに俺は気づいた、これがゲロゲロの魔石であることに。
「ゲロゲロ……お前……こんな所にいたんだな……。こんなにちっちゃくなっちまって……。ごめんな。本当にごめんな。守れなくて、ごめんな。」
俺はその魔石を抱きしめると、その魔石はそれに答えるように温かくなる。
ゲロぉ(大丈夫だよ、サクセス)
ふと、ゲロゲロの声が聞こえた気がした。
慌てて周りも見渡すが、やはりゲロゲロはどこにもいない。
どうやら幻聴のようだ。
俺は……大分参っているみたいだ。
しかし、いつまでも泣いて立ち止まっている訳にはいかない。
あの後の事がわからない。
普通に考えれば、ビビアンはここにはいないはずだ。
そして、仲間達の安否も気になる。
俺は……立ち上がらなきゃいけないんだ!!
「ゲロゲロ……俺は行くよ。お前の分も俺は必ず……。」
コンコン……。
その時、部屋の扉を誰かがノックした。
もしかしたら、イーゼ達かもしれない。
俺はベッドから飛び起きると、勢いよくそのドアを開けた。
バン!!
「キャっ!! あ、サクセス君、起きたのね。体はもう平気かしら?」
そこにいたのは、俺の仲間達ではなくミーニャだった。
「あ、驚かせてすいません。はい、体は平気です。それより……俺の仲間は!? ビビアンは!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてサクセス君。ちゃんと話すから、大丈夫。あなたの仲間は全員無事よ。ビビアンについては……これからゆっくり話すわ。だから落ち着こうか。起きて出てきたところ悪いけど、姉さんが神殿から戻るまで、ゆっくり二人で話ましょ。」
ミーニャは落ち着いていた。
俺はその様子を見て、少し安堵する。
もしも、俺の仲間やビビアンに大変な事があったら、こんなに落ち着いているわけがない。
俺は、その言葉にうなずくと、部屋に戻って、置いてある椅子に座った。
ミーニャも、俺の前に置いてあるテーブルを隔てて、対面にある椅子に向かい合って座る。
実は、ミーニャも目が覚めた時は、サクセスと同じ様に錯乱していた。
ビビアンがいない事、つれ攫われた事、これを知った時は完全に狂乱状態であった。
だが、あれから既に一週間経っている。
マネアはその間にも、何度も女神像に祈りを捧げて、今後の方針やできる事を模索していた。
最初は、マネアの言葉にも耳を貸さなかったが、やがてミーニャも自分にできる事をやろうと気持ちを持ち直す。
そして今のように、ある程度、冷静を保てるくらいにはなったというのが事実だった。
それから俺は、ミーニャから俺が倒れた後の事を聞いた。
まず、ビビアンは内に眠っていた女神様の力で、なんとか闇の力を抑えることに成功していたが、そのまま魔王によって攫われてしまったこと。
次に、俺が倒れた後、俺の仲間達は全員無事に町に戻っており、俺だけは倒れたまま一週間も眠っていたこと。
最後に、ビビアンとシャナクを元に戻すために、オーブを全て集めなければならないこと。
「そうですか。ビビアンは魔王に……。今のままじゃ、無理かもしれないけど、俺は必ずビビアンを助け出しますよ。俺も仲間達と一緒にオーブを探します。確か、残り二つのはずですよね? イーゼやシロマに聞けば、残りのオーブの在処もわかるかもしれないし。ってあれ? そういえば俺の仲間はどこにいるんですか?」
大事な事を聞き忘れていた。
仲間達にまだ会ってない。
「えっとね……。その、なんていうかな?」
ミーニャがなぜか話しづらそうにしている。
どういうことだろうか?
「え? もしかして、俺が寝てたから、既にオーブを探しに行ってしまっているとか?」
考えられない話ではないが、イーゼ達ならありえる。
まぁでも、普通に考えて俺を置いて行くっていうことはあり得ないだろう。
だから、半分は冗談のつもりだ。
俺が笑顔を向けてそう話すと、ミーニャは何も言わずに首を横に振った。
…………。
「どうして何も言わないんですか? 仲間は無事なんですよね?」
なぜかミーニャの表情に不安が過る。
実はどこか、大きな怪我をしていたり、何かあったんじゃないかと。
「えっとね。落ち着いて聞いてほしいの。イーゼさん達は、もうこの町にはいないわ……。」
「え? 本当にオーブを探しに出て行ったんですか?」
ちょっとショックだった……。
だが、俺がいつ動けるかわからない状態だったし、よく考えれば当然と言えば、当然か。
「いえ、違うわ。その……一応、シロマさんに言われてた言葉を伝えるとね……
私達はこれから、それぞれ自分の道を歩もうと思います。
もしかしたら、二度とサクセスさんとは会えないかもしれません。
ですので、もしもサクセスさんが目が覚めたら、私達の事はいないものだと思って行動してもらえるように伝えて下さい。
それと、もしよろしければ、サクセスさんが目覚めるまでは、この町にいてもらえませんか?
だそうよ。そして、私達にサクセス君を任せて出て行ってしまったわ……。辛いだろうけど、彼女達を責めちゃだめよ。あれだけ危険な目に遭ったんだもの。普通の生活に戻ろうとするのも当然だわ。」
は?
こいつは何を言っているんだ?
シロマが言った?
そんな言葉を?
もう会えない?
「ふざけるな! 誰がそんな言葉を信じるかよ!」
「サ、サクセス君……?」
「嘘つくんじゃねぇ! シロマがそんな事言うわけないだろ! 仲間をどこに隠したんだよ? 言えよ? そんな姑息な事をしなくても、俺はビビアンを救いに行くさ! 」
俺は余りの怒りに、立ち上がって怒鳴る。
だが、ミーニャはそんな俺を見ても顔色一つ変えなかった。
「ごめんね。嘘じゃないわ。どこに行ったかなんてわからない。でも、男なんだから、受け止めなさいよ。ビビアンだって、いつも我慢して受け止めていたわ。あなたを……愛していたから。」
「は? ビビアンが俺を? というか、そんな事、今は関係ないだろ? 言えよ? どこにいるんだよ?」
俺が必死になってミーニャに詰め寄ると、そのままミーニャを冷たい目を俺に向けながら立ち上がった。
「はぁ……。今のあなたに何を言っても無駄ね。少し、冷静になってくれるまで待つ事にするわ。」
そして扉に向かって歩いて行く。
だが、俺はそれを引き留めない。
今引き留めたところで、どうせ何も言う気がないように見えたからだ。
だから、イラつく。
ふざけた事だけを言って帰る、この女に激しくイラついた。
「さっさとでてけ!! 二度と来るな!!」
俺は扉を出ようとするミーニャに捨て台詞を吐くと、ミーニャもまた、最後に
「これじゃ……ビビアンも救われないわね……。」
とだけ言って扉を閉めて出て行った。。
俺はその言葉にあまりに腹が立ったので、テーブルに置かれている花瓶を手に取って、扉に投げつける。
ガチャン!!
床に散らばるガラス片と水……。
だが、ちっとも気が晴れない。
「くそ……あのクソ女め! 何がビビアンだ! 何が救われないだ! そんな事は俺が一番分かってるんだよ! 人の気もしらないで……。畜生……。」
俺は余りにイラつきすぎて、もう一度ベッドに横たわった。
しばらくすると、少しづつだが落ち着きを取り戻しはじめる。
そして、ミーニャに言われた言葉を思い返していた。
シロマ達は、俺の前からいなくなった?
俺が不甲斐ないから?
俺に愛想を尽かした?
…………。
まぁそうか。
当然か……。
あぁ、冷静になって考えれば、当たり前じゃないか。
誰だって自分の命が一番大切だ。
俺といたら……死ぬかもしれない。
そして、俺はそれを守れない……。
「俺のせいか……最初からわかっていたさ……。あれは八つ当たりだな。普通に考えて嘘をつく理由なんてないわな。ここに仲間がいないことが、その証明じゃないか……俺は……本当に格好悪いな……。」
最初は受け入れられず、ただ喚き散らして、ミーニャに当たってしまっていたが、少しづつ現実を受け入れ始めた。
そして今……
当たり前のようにあった全てが、消えていってしまった事に改めて気づく。
いつも俺を癒してくれるゲロゲロ。
ストレートな感情で俺に元気をくれていたリーチュン。
照れ臭そうにも、好意を伝えて優しくしてくれたシロマ。
変態だけど、俺が辛い時、いつも優しく包み込んでくれたイーゼ。
そして……俺と一緒に成長していった大切な幼馴染、ビビアン。
「また一人か……。俺は……どうすればいいんだ? なぁ……誰か、教えてくれよ……。」
その声に応える者は誰もいない。
ただ空しく、部屋に響いただけだ。
なぜならば、俺は一人になったから……。




