18 生存弱者
プツン——…と何か、繋がりが絶たれた。
それは一瞬の出来事、それでも何か引っ掛かった。
なんというか、心が痛むと言うか。
これ、何か分かる?
《解:分体の生命力が尽き、マスターとの繋がりが途切れた感覚かと思われます》
お、おう。
分体ってことは、落とし穴の蓋代わりに株分けした子達が死んじゃったってこと?
でも、ホームから遠い株分けした分体の命が尽きることって、今までも結構あったのに、何で突然そんなことが分かるようになったの?
《解:不明です》
《ただ、分体は本体との系譜から離れれば離れるほど本体との繋がりは細くなり、それ故に感知できない場合も存在します》
なるほど。
ん?
待てよ。
私、すっかりミギー達のこと忘れてたけど、そういえばウチの勢力もかなり数いない?
強さとか戦闘力は隅に置いておいて、今だったら数なら五分くらい?
《解:是》
分体達は戦力は皆無だけど、相手を捕まえるだけならそれなりに相手できるはず。
今は落とし穴の蓋として土を抱えてもらっているけど、それを手離させて全て対蟻戦用になってって指示を出せれば、あるいは。
……。
私は私自身が生き残れる生存ルートだけを模索した結果、気づいてしまった。
この世界に来て今まで、私の生活を支えてくれた元宿主の形見である甲羅。
私の手によって生み出された新たな命。
会話はできないけど私と繋がっている私の家族のような存在である分体達。
その二つを手放せば、見捨てれば、私にもこの現状から生き残れる可能性が出てきたのだ。
でも、逃亡をすれば私はちっぽけな自尊心も、わずかに残っているかもしれない道徳心も、なんかそういった人間としての在り方的なものを失う気がしてならない。
根拠はない。
でも、私にとってその2つはそれくらい特別なものなのだ。
苦楽を共にしたと言っても過言ではない。
それらを捨て、生きるために私は逃げるという決断を今すぐに下すことなんてできない。
それでも、蟻達は待ってはくれない。
刻一刻と数を増やしホームへと近づく蟻の気配。
それでも、やっぱり私は生きていたい。
死にたくない。
たとえそれがミギー達を囮にしようとも、特別な物を失おうとも。
私は生きたい、生きていたい。
私は甲羅から出て、甲羅の上に立った。
そして念じた、”落とし穴解除”と。
ミギー達分体は、穴を隠すための土を一斉に手放した。
この空間に今はまだ数匹しか入っていない蟻達が、土の落とされた音か気配かに反応を示す。
お願い、私の為に犠牲になって。
近くにいる蟻達を片っ端から捕縛して、時間を稼いで。
私は切に願った。そして懺悔した。
今からミギー達は死ぬ。
しかし、蟻達がすぐそこまで来ている手前、別れの挨拶に時間をかけることはできない。
だから、最後の時間。
ギリギリまでミギー達を、そして甲羅を目に焼きつけた。
数を増やし続ける蟻達。
そろそろ出ないと、私が逃げる隙がなくなるな。
私は今出せる全力のスピードで駆け出した。
後ろではミギー達分体が蟻を次々に拘束していき、ヘイトを集めている。
それは蟻から蟻へと連鎖していく。
そして生まれる僅かな隙間を、私は縫っていくように走り抜けた。
プツン——…
最弱の存在である私が今日まで生き延びられた、私にとっての特別が遠ざかっていく。
それでも私は振り返らずに、隙を見つけては走り続けた。
プツン——…
話したことなんて一度たりともない。
でも、意思疎通はしたことのある、そんなミギー達。
ひとりぼっちなんて平気、余裕だと思っていた。
でもそれは私以外に誰かの存在感、気配があったから大丈夫だったのだ。
こっちの世界に来て、そんなことを改めて実感していた。
プツン――…
実体の無い森さんよりもミギー達がいたから、私は孤独を感じなかったのかもしれない。
ここで死んだ分体は再生はない。
また株分けしても同じ遺伝子でも、個体は違うのだから。
プツン――…
私は血涙をしぼるような苦痛を感じた。
ネズミに噛まれるよりも、人間に尻尾を切られた時よりも。
肉体的ダメージよりも、遥かにこの精神的なダメージは辛い。
悔しい、苦しい、憎らしい、腹立たしい、悲しい。
《告:熟練度が一定に達した為、【精神汚染耐性Lv.1】から【精神汚染耐性Lv.2】へとレベルアップしました》
《条件を満たした為、称号【生存弱者】を獲得しました》
《称号【生存弱者】の効果により、Ex.スキル【絶体絶命Lv.1】スキル【逃亡Lv.1】【隠密Lv.1】【気配察知Lv.1】を獲得しました》
そして、私はホームから逃げ出し振り出しへと戻された。




