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「じゃあ今月の分はこれで……」
「ええ、いつもありがとう」
「使い方と成分表は中にあるから」
戻ってくると、カナリアの持ってきた袋をシンシアが受け取っていた。
そしてローザから茶封筒が差し出される。……結構な厚みにぎょっとする。
紅茶を入れながらもなんとなく気になってしまって、そちらを見てしまう。
(……見てはいけない取引だったんだろうか……)
その様子に気づいて、シンシアはくすっと笑う。
「……モーガン君、君は今闇取引の現場にいるのよ……」
もっともらしく言う。
「そう……これは古代魔法の品なのだ……。知ってしまったからには生かしてはおけぬ」
カナリアも同調して怖い顔で言う。
「えええ……」
そんな言い方されると冗談だとすぐにわかる。この人たちは人をからかうのが大好きらしい。
「……ただのお化粧品ですよ」
ローザがズバッと切り捨てた。
「あはは。まあ、そうだよ」
「気になるなら見せてあげよう。興味がある人は大歓迎だ」
カナリアがそう言い、テーブルに袋の中身を出す。ムワッと石鹸とハーブの強い香りが広がる。
「石鹸?」
四角い石鹸と何種類かの液体とクリーム状のものが入った小瓶や小さなケース、そしてスティックケースに入った紅だった。すべてに鳥の絵がポイントされていた。
「カナちゃんはね、化粧品を自分で作って売ってるの。結構生徒の間では人気なんだよ」
「まあ、小遣い稼ぎの家庭内手工業だよ」
なんでもないようにカナリアが言う。
「いいえ、カナリア様のお化粧品はすばらしいです」
ローザがずいっと出てきて言う。こんなに前にでてくるローザは珍しい。
「今はなんでも市場に出回っている時代ですが、やはりその取捨選択は素人には難しいものです。
新製品があってもいきなり試すのは勇気がいること。まがい物や体に悪いものも平気で出回っております。
そのようなものを掴まされるわけにはまいりませんし、ましてやお嬢様の大切なお肌に使うものですから高品質なものが良いです。
そこをいくとカナリア様は確かな材料・確かな知識・信頼のおけるそのお人柄を持って商品を作ってらっしゃる。……これはすごいことなのです」
ローザが力説する。
「そこまで言ってくれると嬉しいな。まあ、簡単に紹介しよう。
これが普通に顔や体を洗う石鹸。ハーブが入っていて匂いがいい。今回はバラの花入りだな。
こっちがスペシャルケア用石鹸。ふふふ、聞いて驚け、原料はウグイスの糞だ」
「糞!?」
ちょっと引いてしまう。
思った通りの反応が出て、カナリアは楽しそうにうなずく。
「ウグイスの糞は古来より重宝されてきた素材だ。美白に効く。ウグイスはその食性からタンパク質分解酵素が糞に出るんだ。虫を食べるからな。
それを天日干しして殺菌してつくる。大量生産できるものではないから貴重だ。
それから、各種ハーブ入りの手作りハンドクリームに化粧水にクリーム、髪に使う精油、おしろいに香水、歯磨き粉、リップクリーム、口紅、頬紅、そんなところかな」
女性の化粧品の一通りがそろっている。
「はあ……女の人って大変なんですね……」
この中で自分が使うのは、石鹸とせいぜい歯磨き粉くらいだとモーガンは思う。
こんなに多くのものを女性は使いこなすのかと思うと、大変だと感心する。
「これから年末年始、人と会うことも多いですからね、お嬢様にはいつも以上に輝いていただかないと」
ローザの鼻息が荒い。
「結構化粧品って悪質なものも多い分野だから、安心なものを作ってもらえるのはホント助かるよ~」
あははとシンシアが笑う。
「こちらとしても色々試させてもらえてありがたい。それに何より資金、何事も金がなければなにもできない。……今年の遠征もこれで行けそうだ」
ホクホクした顔でカナリアが言った。
「遠征? どこか行くんですか?」
「うむ、天体観測をしにダンブル山にいく。交通費に宿泊費となかなか入用なのだよ」
「この寒いのに山へ……」
山は標高が高い分寒そうだ。
「天体観測には寒いほうが良いのだよ。それに年始は流星群のシーズンだ。見逃せない。新しい望遠鏡も試したい」
「カナちゃんは天文部なんだよ」
「へぇ……」
「星はいいぞ、ロマンがある。人間なんてちっぽけなものだと思うと逆になんでもできる気分になってくる」
遠い目をするカナリア。
「まあそれはともかくカナちゃん、そろそろ私との約束の……」
シンシアがもじもじして言う。
「ああ、いいだろう……私の運を分けてやろう」
「いや、運はとらないから……」
会話をしながらシンシアは水晶玉を取り出す。
(ああ、占いのことか……)
対面に座り片手を繋ぐ。
「何を占おうか?」
「そうだな……金運を」
「OK」と言って、シンシアは繋いでいない方の手を水晶玉にかざす。
「カナちゃんのお金の運はどうなるの!?」
いつもながらにざっくりとした問いかけで水晶は光を放つ。
そして水晶玉に映し出されたのは、鳥小屋だった。
勝っているのは鶏などの家禽ではなく小鳥だ。申し訳程度の屋根と金網からできているちょっとした小屋だった。
しかし、中の鳥たちは開いている扉から次々と出ていってしまう。ある者は飛んで、ある者は歩いて堂々と外へと出ていって、最後には一羽も残らなかった。
シンシアとカナリアはそれをポカンと見ていたが、しばらくしてカナリアが意識を取り戻す。
「……やってくれたな……」
ギロリとシンシアを見る。
「え……え……、何? どういうこと?」
状況が理解できずにシンシアはうろたえる。
カナリアはつないでいた手をバッと乱暴に離した。水晶玉が輝きを失う。
「あれは! 私の飼育していた鳥たちだ!」
『ええーーーーっ!』
シンシアとローザがそろって叫び声をあげる。
「だから! 今渡した化粧品の原材料だよ! くっ……とりあえず現場に行く! ついてこい!」
四人は鳥小屋に向かった。