7 鳥が逃げたら
モーガンの朝は早い。朝五時に起き準備体操をしてからランニングを始める。
今までこんなに早起きして運動することなんてなかった。
学校のグラウンドにはまだ朝練の生徒もいない。しかしモーガンともう一人ローザが走っていた。
もともと、ローザはこの時間に毎日走っていたらしい。この時間シンシアはまだ寝ている。
日中シンシアは速足とダッシュを組み合わせて生きている。それについていくには侍女であるローザも心身を鍛えておく必要があるそうだ。
占い部に入ると言うと、ローザはモーガンにトレーニングを勧めた。
シンシアは占いをさせてくれる相手を探すためにいつも放課後は学校内をさまよっているらしい。
先日モーガンが捕まったのもその一環らしい。今までは放課後学内に残っていなかったのでモーガンは全然知らなかった。
あるときは他部活動の手伝い(雑用)をし、またある時は先生の手伝いをし、困っている人を助け、そしてそのお礼として占いをさせてもらっていたのだそうだ。
しかし、当たらない占いのため付き合ってくれる人もいなくなって、モーガンは久しぶりの獲物だった。
去年も占い部に入りたいという生徒は少しはいたそうだ。
しかし皆、速足と駆け足を組み合わせて生きているシンシアについていくことができずに(体力的にも精神的にも)違う道に進んだらしい。
なのでまずは足腰鍛えるべし。
ランニングが終わって整理運動をしてシャワーを浴びる。そして朝食の時間まで勉強をする。二度寝の誘惑があるので勉強は立ってする。
正直、この生活を始めてから夜は眠くて勉強どころではなく寝てしまうのだ。今しか時間がない。
モーガンは燃えていた。
シンシアの朝は遅い。登校は八時二五分。それに間に合わせるためにローザが何度も起こし、やっと起きて身支度を共同で行う。寮の食堂で朝ご飯をぼんやりとした頭で食べて、学校へ向かう。寮を出たときはゆっくりした足取りではあるが、道すがら生徒たちとあいさつを交わす。そのうちに次第に覚醒して、学校に着くころにはいつもの足取りまで加速されている。
授業が終わり部室に来ると、部室の前にはすでに知らない女生徒がいた。
背が低く、初等学校の生徒でも十分に通用する姿だ。
薄い金髪をゆるく三つ編みにしている。赤い瞳がこちらに気づき、見定めるように視線はじっと離れない。その堂々とした様子は同年代とは思えない風格があった。
「君がモーガン君か」
背が低いので見上げて尋ねてくるが、全く媚びた雰囲気はなかった。
胸を少しそらせて挑むような眼をしている。
「え……ええ……、あなたは……?」
モーガンは雰囲気に圧倒されてしまう。
「私はカナリア・リンネスだ。シンシアの友人だ。
今日はシンシアと約束があってきたんだ。ちょっと待たせてもらう」
そう言われてモーガンは「それなら」と、部屋の鍵を開けてカナリアと部室に入る。
少し寒いけれど、まずは締め切った部屋の窓を開けて換気を行う。
カナリアは構わず、ソファに座り荷物を横に置いた。
学生カバンと共にあるのが綿の袋だった。何やら色々入っている。
「今日は占いに来たんですか?」
何か話さなくてはと思い話を振るが、カナリアは「いいや」と言ったきり黙ってしまった。しかもかばんから分厚い本を取り出して読み始める。
お湯をもらってきますと外に出て、緊張がほぐれて少しホッとする。
すると遅れてシンシアとローザの姿が見えた。
「シンシア先輩、ローザさん、こんにちは。お客さんが来ていますよ。カナリア先輩って言っていました」
「そう!」
シンシアの目が輝く。心なしかローザもうれしそうだ。
ローザは寮での生活のサポートと校外での護衛という役目らしく授業中に校内にいることはない。しかし、放課後に男女二人っきりで同じ部屋にいることは貴族の令嬢としては許されないということで(まあ、相談者としてはもうそういう状況はあったのだが)、モーガンが部に入ってから放課後はローザも部室にいることになった。
「じゃあ僕お湯をもらってくるんで……」
そう言って、モーガンはポットを持って職員室に向かった。