6
次の日、モーガンは全身筋肉痛だった。慣れない運動のせいだ。
痛みで年寄りのような動きをするモーガンを寮で見かけてリガルドは爆笑した。
「鍛え方がたりねーんだよ。」
ムキムキのリガルドに言われてモーガンはうなだれる。
「……そうですね……」
本当にそうだ、なさけない。
トマスはいつの間に怖い先輩と仲良くなったのかと驚いていた。まあいろいろあって、と濁しておいた。
なんとか一日の授業をこなし放課後になり、モーガンは占い部の扉をたたく。
探し物が見つかったことを報告するためだ。
どうぞと声がしてモーガンは扉を開ける。
「モーガン君!」
座っていたシンシアは立ち上がってモーガンを迎える。
「待っていたよ! さて今日はどうやって探し物をしましょうか! 昨日は完璧空振っちゃったわね、まあそういうこともあるわ! でもあきらめちゃだめよ」
「シンシア先輩!」
まくしたてるシンシアの言葉を止める。
「?」
きょとんとするシンシアにモーガンは申し訳なさそうにお守りを見せる。
「あの、みつかりました。寮の落とし物箱に届いていて……」
「!?」
シンシアは驚いた顔でモーガンを見つめ、
「良かったわね!」
と喜んだ。
「あの……なんか探していたところと全然違うところから出てしまって、大変申し訳ないです……」
謝罪するモーガンにシンシアは笑う。
「あら、全然気にしなくていいわよ。探し物なんてそんなものよ。見つかったことが素晴らしい! いやー良かったわねー」
めでたいめでたいと楽しげだ。
結局昨日のドタバタはなんだったんだという気もしなくもないが、まあいいか、とモーガンは思ってしまった。
「見つかったことを教えに来てくれてありがとう。まあ、せっかくだから座ってお茶でも飲んでいって」
部屋には火がないのでシンシアはお湯をもらってくると言って出ていってしまった。職員室にいけば暖炉がついているのでいつでもお湯をもらうことができた。
モーガンは一人取り残されてとりあえず席に座り、部屋の中を眺める。
なんでもない狭い教室だ。もともとは倉庫か準備室として使われていたのだろう。
それがティーコーナーが出来上がっており、ソファーや机、棚などもある。棚の上には観葉植物となぜか鹿の置物が飾ってあった。
シンシアが自分であれこれ整えたのだろう。居心地のよい空間になっている。
窓から気持ちのよい風がふわりと入ってきてカーテンが揺れる。
本棚に占いの本があるのに気が付いてモーガンは題名を目で追う。
水晶玉占い、占星術、タロット占い、コーヒー占い、手相、人相学……題名だけでは何のことかわからないものまでいろいろとある。
モーガンは立ち上がり水晶玉占いの本をパラパラとめくる。
「……」
本に書かれている占いはシンシアのものとは全く違っていた。
そもそもあんな雑な掛け声はいらないし、あんなに明瞭に映像が映るものではないらしい。つまり独自の方法というか魔法のなせる技だったのだろう。
(……まあ、普通の人ができることじゃないよね……)
モーガンは席に座りなおした。
ほどなくシンシアが紅茶を持って帰ってきた。
「はい、お待たせ」
紅茶のカップを目の前に置いてくれる。
白く薄いカップの中にオレンジ色の紅茶が湯気を立てている。
「ありがとうございます」
カップを持ち口をつける。紅茶の良いにおいが鼻を抜け、程よい渋みが口に広がる。
シンシアはニコニコしながら対面の席に着き、お菓子をつまんで「これおいしいよ」とモーガンにも勧めてくる。
モーガンは勧められたお菓子を食べながら、
「あの……シンシア先輩はどうしてこういうことをしているんですか?」
と聞いてみた。
「こういうこと?」
小首をかしげる。
「困った人をつかまえたりとか」
トマスの言っていた『困った顔をしてはいけない』というのはつまり、シンシアにつかまってしまうということだった。
面倒くさいことになりたくなければ関わらないのが一番だ。
シンシアは「ああ」と合点がいったようで、そしてふふふと笑い出した。
「知りたい?」
「……できれば」
裏があるなら聞かない方がいいかもしれないという思いがよぎる。
しかし、
「それはね!私が占いがしたいからです!」
胸を張ってそう言い切ったシンシアを見て、杞憂だったとがっくりする。
何の裏もなかった。ただの趣味だった。
シンシアは気にせず続ける。
「私ね、昨日見せた通り魔力があるの。魔法が使えるの。でもなかなかうまく使えないのよねー、だから訓練のためにみんなのこと占いたいのよ」
「つまり、練習台……」
そしてただのいい人でもなかった。
「まあね! でも、困っている人を助けられるし、私の魔法の練習にもなるし! 一石二鳥のナイスアイディアでしょ!」
私って天才! と自画自賛をする。
「これからもいつでも頼ってくれていいからね!」
にっこりと笑顔で言われて、モーガンは困った人だなあとつられて笑ってしまう。
(うん……でも……)
「部員は他にはいないんですか?」
部屋の中をぐるりと見渡して尋ねる。いかにもシンシアの私室、といった感じで他の人が使っている気配がない。
「そうなの……、私が去年新設して私だけなの……」
しょんぼりと告白する。
王道の占いをしていないのだから部に入る人はいないだろうと納得がいく。
「古今東西の占いの研究だってしてるのよー、魔法が使えなくても入れるのよー」
シンシアは嘆く。
「……モーガン君、入らない?」
上目遣いで聞いてくる。ダメ元勧誘なのだろう。
しかし、モーガンはしばらく考えた後うなずいた。
「うん、じゃあ僕入部します」
シンシアはポカンと口を開けて一時停止してしまう。
「え? ……ええーーーーーーっ!!!」
シンシアは驚きすぎてびっくり顔、にやけ顔、困り顔と百面相をする。
本当に入ってくれるとはまるで思っていなかったらしい。
「なんだか、面白そうなので」
モーガンはにっこり笑顔で言う。
入学してからずっと気持ちが晴れなかった。故郷のことばかりを思い出してため息をついていた。
でもシンシアに引っ張られて行った先には新しいことが待っていた。
だから、これはきっとチャンスだ。新しい世界に飛び込んでいって自分の知らなかった色々なことに出会える予感がした。
「う……うれしい!!!」
シンシアはついに満面の笑みを浮かべる。
そしてモーガンの手をぎゅっと握りこう言った。
「大歓迎よ! ようこそ! 占い部へ!」