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広間には三十人ほどの老人たちが食事をしていた。
今日の基本メニューは、リガルドの作った異国の料理……細切りにした肉と野菜が茶色いソースにからんでいるものと、米とスープとサラダ、そしてデザートに白いゼリーのようなものだった。
モーガンはこんな料理を見るのは初めてだったが、すごくおいしそうな匂いがしておなかがすいてくる。
老人食としてのバリエーションとして細かく刻んだり、とろみをつけたりという工夫がされたものもある。
一人で食事ができる者、介助してもらう者など様々だが、皆それぞれ食事を楽しんでいる。
シンシアはそんな老人の横に座りおしゃべりをしていた。
「今日のごはんもおいしそうですね~。私もチンジャオロースー大好きなの~。ロッテンハイムさんはどれがおいしかったですか~」
「わたしはね~、このたけのこが大好きでね~」
「シンシアちゃんちのごはんは今日は何~?」
「うちは今日はハンバーグって聞いています!」
「わしゃハンバーグづくりにはちょっと自信があるんじゃ。昔はコックを目指しておっての~」
ごはん談議に盛り上がっている。
配膳が終わって一息ついたモーガン・ローザ・リガルドの三人も、ひまなお年寄りに声をかけられていた。
「ローザちゃんはべっぴんさんじゃの~、うちの孫の嫁にこんかね~」
「いえ、私はまだ若輩者ですので」
「ダンドロさんちのお孫さんはもう結婚したでしょ」
「そうじゃったかの~」
「この前曾孫さんの写真見せてくれたのに~」
「リガルド君の飯はホントにうまいの~、うちの専属コックにならんのか~」
「なんねぇよ。こんなのただのバイトだバイト」
「残念じゃのぅ」
がっかりする老人にリガルドはガシガシと頭をかきながら、
「次は何が食べてぇんだよじーさん」
とリクエストを聞く。
「わしゃあのぅ、なんていったかのう、前食べた甘くてすっぱくて肉が入っておっての……」
「あー?なんだそりゃ」
「なんじゃったかのう?」
頭をひねる二人にモーガンは見かねて、
「……異国風料理ですか?」
と口を出した。
「そうそう! この『ちゅうかー』とかいうやつじゃ! そうじゃそうじゃ! パイナップルが入っている奴じゃ!」
「! 酢豚か! あー、いいぜ。おーい、アンナさん、このじーさん今度酢豚食べたいんだってよー」
「あいよー。じゃあ、来月のメニュー決める時にリガルド君提案してねー」
酢豚好きのおじいさんは、やったやったと喜んでいる。
しょうがねぇなあと言いながらリガルドはモーガンの方を向き、
「で、お前は何でこんなとこ来たの?」
と尋ねた。
そんなことを聞かれてもモーガンは困ってしまう。
「よくわからないんですけど、シンシアさんに連れてこられて……」
するとリガルドはガハハと笑い出した。
「あー、やっぱりか! お前もあのおせっかいお嬢様につかまっちまったクチか!」
「お前もって……」
まさか。
「俺もまあ、おんなじ感じだよ。なんだかんだ難癖付けられてここに連れてこられて手伝いさせられて結局今ではバイトしてんの。この『中華』とかいうジャンルの料理を教えてきたのもシンシアだ。
まあ、俺も料理は嫌いじゃねぇし今では俺の方が絶対上手に作れるぜ」
笑いながら言うリガルドにモーガンは愕然とする。
「えええ……」
自分は探し物をしていただけなのに、バイト、しかもコックにさせられるのか?なぜかこの老人ホームで。
「あー、俺だけじゃねぇぜ。それに、ここだけじゃない」
「え?」
「あのお嬢様のテリトリーはまあ、この町のいろんなとこにあってよ。
俺は老人ホームだったけど、あのお嬢様のせいで保育所とか初等学校にボランティアにいくことになったり、清掃活動してるヤツもいる。多分俺が知ってるのも一部だと思うよ」
あっけにとられてしまう。
「しかも、そんなのに興味がなかったヤツを引っ張りまわして引っ掻き回して落ち着かせちゃってんの。めっちゃウケるぜ」
リガルドはくつくつと笑う。
モーガンはもう驚きすぎて何と言ったらいいのかわからない。
「モーガン君はシンシアちゃんとリガルド君の後輩なのかい?」
おじいさんが話しかけてくる。
「ええ……そうなんです……」
「じゃあの! 特別にわしの若いころの武勇伝をきかせてやろう!」
「ええっ?」
これ絶対長いやつ。
「これは先の戦争の時の話での、わしはその時許嫁がおったんじゃが出兵せにゃならんかった。許嫁はそりゃあまーめんこい子でのぅ……」
おじいさんの話はひたすら続いていく。
モーガンは合間合間にうなずきながら話を聞いてあげる。
要するに自慢と誇張と妄想がまじりあうよくある話だ。
おじいさんは熱く語り、たまに朗々と軍歌を歌い出す。
そんな時間がしばらく続いた後、
「さあ、帰りましょう」
いつの間にかそばに来ていたシンシアはそう言った。
「え?」
「もう寮のごはんの時間だから帰らないと」
シンシアは懐中時計を見て言う。
「え……でも、僕の探し物……」
「ここにはなかったわね。はい、急ぎましょう」
シンシアはモーガンをせかして席から立たせる。
モーガンは「そんな……」と悲しい顔をする。
「なんじゃ、もう帰るのか。じゃあまた続きは今度の」
「ええ、ケンプさん。また来ます」
シンシアはにっこりと笑顔で別れを告げた。
リガルドはまだ仕事が残っているからとぞんざいに手を振る。
皆に挨拶をしてから老人ホームを出た。
ホームの皆は、「ありがとう」やら「また来てね」やら言って暖かく見送ってくれた。
モーガンはなんとなく胸がくすぐったいような暖かいような気持ちになった。
(ありがとう、とかすごく久しぶりだ……)
思えば、誰かのために何かするなんてなかった。この一年は入試や入学やらで、ずっと自分のことにかかりきりだった。家族や先生や友人たちに支えられてきた。
その成果が王立バーン学園という難関校への入学だった。
「さあ、ちょっと時間がないから走りましょう」
シンシアはそう言って、モーガンの手を取って走り出した。
「!?」
「下り坂は危ないから!」
猛然としたダッシュ。モーガンは必死で食らいついて走る。ローザは一人で涼しげに走っている。
秋の太陽はもう低い位置にある。西の空はオレンジ色に染まっていた。夕日に向かって三人は走った。
風を切って走ると気持ちがよくなって、モーガンは笑い出した。
「あはははははは!」
それを見て、シンシアも笑う。
「あはははははは!」
なんだかすごく楽しかった。
笑いながらずっと走り続けた。
学園内の寮につくころ、二人の息は完全に上がっていた。
「じゃあ……」
「ええ、また続きは明日……。おやすみなさい……」
それだけ言って、男子寮と女子寮に分かれていく。
モーガンのひざは下り坂全力ダッシュのせいでもうガクガクと笑っていた。
寮内に入り食堂に向かう。
その道すがら、ふと目を向けた落とし物箱に、探し物はあった。
フクロウの刺繍の入ったお守り。
幼馴染の彼女がくれた思い出の品。
「!?」
モーガンはそれを取り上げる。
そして、大きくため息をついた。