3
その放課後。
「……ない……」
財布につけていたお守りがなくなっていることに気づいた。
机の中、カバンの中を慌てて探す。机の下や教室を探す。ない。
「モーガン、どうしたの?」
「えと……お守り落としちゃったみたいで」
「ふぅん、落とし物箱とかに届いてるかもよ」
トマスはそう言って「部活があるから」と行ってしまった。
モーガンはひとしきり教室の中を探し、今日通った廊下を探し、正面玄関の落とし物箱も探した。しかし、お守りは見つからなかった。
(大事なものなのに……!)
あのお守りは彼女がくれたお守りだった。勉強をがんばれるようにと、フクロウの刺繍をしてくれた気持ちのこもった品だった。
オロオロと廊下の来た道を戻る。見逃していないかもう一度見る。
「……中庭……」
中庭で昼ご飯を食べたことを思い出して、中庭に行く。
座ったベンチ、花壇、噴水、と確認していく。
お守りのことしか頭になかった。だから後ろから近づいてくる人陰に気が付かなかった。
「あの~、何かお探しですか?」
突然背後から声がした。
いきなり声をかけられてビクッとしながら振り返ると、そこには女生徒がいた。
亜麻色のウェーブのかかった髪、目の色は水色、背は女性にしては少し高い。知らない人だった。女子の制服であるブラウスと紺のジャンパースカートを着ている。
「え……ええ……」
そう答えてから、今朝のトマスの今朝の言葉を思い出す。
『……でるんだってさ……』
ハッとしたがもう遅い。
女生徒の瞳はキラキラと輝きだす。
そして、
「一緒に探しましょう!」
と提案してきた。
モーガンの第六感がこれはマズイと告げる。
「いえ! ぜんぜん! 何も探していません! 大丈夫です!」
モーガンは必死で否定して、そそくさと去ろうとするが……
女生徒はその腕をガシッとつかんで逃さなかった。
「そんな遠慮しないでください! きっと大事なものをなくしてしまったんですね! 一緒に探しましょう! 大丈夫です! きっと見つかりますよ!」
にっこりと笑顔で励ます言葉を並べたてる。
「いえ! あの!」
「ではまずは詳しいお話を聞きますので、部室に行きましょう!」
ぐいぐいと腕をひっぱられて、どこかへ連れ去られてしまった。
着いた先は『占い部・なんでも相談にのるよ!』と手書きの看板が書かれた一室だった。
シンシア・ウィステリアと名乗ったその女生徒は二年生だった。
(おばけじゃなかったのか……)
少しほっとする。
「……あの、僕、お守りをなくしちゃって……」
「ふむふむ。どんなの?」
興味深々にシンシアが聞く。
じーっと顔をずっと見ている。
(う……話しづらい……)
「青い生地にフクロウが刺繍されているものなんですけど……。
……友達にもらったもので、かばんにつけてたんですけど放課後見たらついていなくて……。きっと昼ご飯を中庭で食べたときになくしたのかなって思って……」
「ふむふむ。でも中庭にはなかったのよね?」
「……ええ……」
モーガンはうつむいて答える。
シンシアはうーむと腕を組んで考え込んでいる。
「……でも、明日になればどこかからでてくるかもしれませんし、今日はもういいですよ…」
モーガンは遠慮がちに言う。早く解放されたかった。
しかし、
「いいえ!」
シンシアはそう強く否定して椅子から立ち上がった。
「どこにあるかわからないものを探す、そうね、難しいことね。もしかしたら明日にはでてくるかもしれないわ。でも今日できることは今日しましょう」
にっこりとそう言って、壁際の棚から箱を取り出す。
「……?」
モーガンは怪訝そうにシンシアを見つめる。
シンシアは机にその箱をよいしょと置く。結構重そうだ。そして中身を取り出していく。
まず、赤いベルベットの布を折りたたんで置く。そしてその上に置いたのは赤子の頭ほどの大きさの透明な水晶の玉だった。
「えっと……」
とまどうモーガン。
シンシアはふふんと得意気に笑い、
「これからお守りの行方を占います」
と宣言した。
「はあ……」
なんだか妙なことになったなあと思ってしまう。
もうやるだけやらせて早く帰りたい。
そんなモーガンの気持ちも知らずに、シンシアはモーガンの対面の席に座り一息深呼吸をしてから長い髪を両手で後ろにかき上げた。
置時計は午後四時四十五分を指している。もう窓からは西日が強く差し込んでいる。
その光を浴びて、シンシアの亜麻色の髪はキラキラと輝いて見えた。耳元の青いイヤリングがキラリと光る。
(綺麗だ……)
思わず見とれてしまう。
「モーガン君、片手を出して」
そう言われて、モーガンはあわてて右手を差し出す。
シンシアはその手を握る。
女の子に手をつながれてモーガンはドギマギする。
(うわ……手が……やわらかい……)
シンシアはつないでいない方の手を水晶にかざし命じた。
「さあ! 迷子のお守りちゃん、でてきなさい!」
すると、その言葉に応じて水晶玉は光を放ち、しばらく色々な色が混ざり合い色々な形を映し出す。
(これは……魔法?)
この世界には魔法がある。しかしそれはかなり稀有なもので、モーガンも見るのは初めてだった。
初めての光景にぼうっとしていると、水晶玉はついに一つの風景を映し出した。
「これって……」
学園の近くで見たことがある建物だ。少し小高い場所にある白い建物で行ったことはない。それにここは……。
「……老人ホームね」
シンシアはそう言った。
「???」
モーガンには、なぜ学園でなくしたはずのお守りに老人ホームが関係するのかがわからない。行ったこともない縁がない場所だ。
シンシアはモーガンの手を離す。すると今まで見えていた風景は水晶玉から消えてしまった。
「まあ、行ってみましょう」
シンシアはそう言って水晶玉をもとの棚の中に戻し、戸締りを始める。
「ええ…、行くんですか……? 今から……?」
「もちろん。占いは成功よ。きっと老人ホームになにかあるんでしょう」
シンシアは涼しい顔でそう言い、カバンを持つ。
モーガンもあわてて席を立ちカバンをつかんだ。
「それに、今の時間ならちょうどいいわ」
シンシアはボソリとそう言った。