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後日譚 『普通に』イチャイチャ (レイモンド視点)

 待ちに待った日曜日、僕は王宮の一室で彼女を待つ。

 苦節十二年、やっと彼女が前世への未練を断ち切り、僕の愛を受け入れてくれるようになって一か月がたつ。

 彼女が夜道で転んで意識不明になったと聞いたときは、正直生きた心地がしなかった。

 そして、モーガン君と前世の世界に行っていたという話をされた時も怒りがこみ上げた。

 全くいったい何をしているんだと叱り飛ばしたかった。

 命あっての物種という言葉を彼女は知らないのか。

 彼女がいなくては僕は生きていけない。それなのに、故意ではないにしろそういうことをすることが悲しかった。

 しかし彼女が、

「もう前世に未練はありません!これからは未来に生きます」

と晴れ晴れとした顔で宣言したので、僕はもうそれ以上何も言えなかった。

 ……我ながら彼女には甘すぎると思う。

 そして、前世の未練がなくなったのなら、さて婚約・結婚、と思っていたら、

「これからの人生のことを考えたくなりました。まずはちゃんと学校を卒業します。あ、婚約は約束通り卒業まで延期で」

とあっさりと言われてしまった。

 横暴だと抗議したが、彼女が

「これからはちゃんと『恋人』としてお付き合いしたいなって……思って……」

と可愛らしく言うものだから、もちろん僕は許すことにした。

 それからというもの、週末は必ず帰ってきてくれるし、手を握っても抱きしめても逃げないし……キスもできるようになった。

 今まで我慢していたほぼすべてができるのだ。夢のようだ。

 僕は今この世の春にいると実感している。

 未練を断ち切ってもらって本当に良かった。その先には天国があった。

「レイモンド様」

 彼女の声がした。

 顔を上げると、夏用のさわやかな白い半そでのドレスを着た彼女がいた。いつもながらにかわいい。

「シンシア、おかえり」

 僕はそう言って立ち上がり、彼女を抱きしめる。

「ただいま」

 彼女は僕の腕の中で答える。

 逃げたりしない。最高だ。

 抱きしめたままソファに座る。彼女を僕の膝の上に乗せた。

 会える時間は限られているのだ。ずっとくっついていたい。離れたくなかった。

 心置きなく彼女のあちこちやわらかい体を堪能する。夏は薄着だからなお良かった。

 彼女のふわふわした髪からはラベンダーの香りがする。友人に作ってもらったというシャンプーの香りなのだろう。

 僕は髪を一房掴んでもてあそぶ。

「あの、これじゃお話しづらいですし……」

 離れようとする彼女を僕は「だーめ」と言って止める。

 視線が合ってそのままキスをする。

「……」

 唇が離れると彼女は照れて目をそらす。

「……あの、やっぱりちょっとこれは……恥ずかしすぎます」

 真っ赤になった彼女がやっぱり僕から離れようともがき始めた。

「離しません」

 僕は力づくでそれを止めようとして、体勢が崩れて押し倒す格好になってしまった。

「……」

「……」

 無言で見つめ合う。

 彼女のうるんだ水色の瞳に僕が映っている。愛しい気持ちがあふれてきた。

 そして、僕はそのままキスをしようとして……シンシアの手によって阻まれた。いつもの展開だった。

「……だから、だめです。この流れは……よくないじゃないですか」

「何がですか?」

「だから……このままキスしちゃうと、なし崩しに……え……えっちな展開に……」

 真っ赤な顔で抗議する彼女。かわいい。

「僕は全然かまいませんよ?」

 ニッコリ笑って言うと、彼女は

「私はかまいます」

と、ひらりと身をひるがえして反対側のソファへと座った。

「もう……、遠いですって」

 抗議する僕に

「いえ、お互いの安全のためにちょっとこれは離れましょう」

彼女はこれでいいのだと言った。

「……」

 面白くなくなってしまい、僕は不満げに彼女を見つめる。

 せっかく一週間ぶりに会えたのにこれはない。

「……なんですか、その顔。わ……私だって恋人っぽくイチャイチャはしたいんですよ! でもレイモンド様がすぐそういう風にするから……、近づけなくなっちゃうんじゃないですか!」

 口をとがらせて抗議してくる。

 彼女は岩のような貞操観念を持っている。

 卒業するまではそういうことはしないそうだ。……つまらない。

「はいはい、わかりましたから、こっちに戻ってきてください。普通にイチャイチャしましょう?」

「……普通にですよ?」

 念を押して彼女は僕の隣に座る。

 僕はニッコリと笑い、テーブルのチョコをつまんだ。

「じゃあ、はい。あーん」

 彼女の口の前に差し出す。

「……!」

 顔がまた真っ赤になっている。

「ほら、口を開けてくれなきゃ食べれませんよ? あ、口移しという手もありましたね」

 意地悪に言うと、彼女はためらいながら口を開けた。

 その姿は最高に色っぽかったのでどうにかしたくなったが、『普通にイチャイチャ』という縛りがあるのでそのままチョコを口に入れてあげる。

 もぐもぐと口を動かし食べている。

「おいしいですか?」

「……うん……おいしいです」

 彼女は照れとおいしさの間でどんな顔をしていいのかが定まらず、しかめっ面をしている。

 ……おもしろいなあ。

「はい、じゃあ僕にも食べさせてください」

 ニッコリと笑って言うと、彼女はしぶしぶチョコをつまんで僕の口に運ぶ。

 僕は口を開けてチョコを食べる。それと共に彼女の指先も食べた。

「~~~~~!!」

 思った通り真っ赤になって、手をさっと自分の背後に隠す。

 はは、かわいいかわいい。

「……これがレイモンド様の『普通にイチャイチャ』なんですか……?」

 疲れた様子で彼女が尋ねる。

「そうですよ? じゃあ、シンシアの『普通』はなんですか?」

「うーん、やっぱり膝枕とか? レイモンド様はいつもお仕事がんばってるのだから、私がしますよ」

 微笑んで言われて、僕は彼女の膝の上に頭を乗せる。

 やわらかい太ももの感触を頭で感じる。

 見上げた彼女の顔はとてもうれしそうだ。

 そういえば、こんな風に彼女を見上げたことは今までなかった。

「ふふ……」

 穏やかに微笑んで、僕の髪をなでる。

 その感触が気持ちよくて、彼女の匂いと温かさにつつまれて……僕はいつの間にか眠ってしまっていた。



 しまった、と目が覚めたのはもう夕方だった。

 がばっと飛び起きてあたりを見る。彼女がいない。

 なんてことだ。もう帰ってしまったのだろうか……?

 顔を手で覆って嘆いていると、ガチャリとドアが開いて彼女が帰ってきた。

「シンシア!」

「あ、すみません。ちょっとお花を摘みに……」

 僕は彼女を抱きしめる。

「帰ったのかと思いました……」

「そんな、黙って帰りませんよ」

 彼女は笑ってそう言ったけれど、僕は彼女をさらに強く抱きしめた。

 そうしないと、また彼女がどこかへ行ってしまう気がした。

「……」

 彼女は無言で僕の背中をなでてくれた。

 そして、

「大丈夫です、大丈夫」

 と優しく僕を慰めてくれる。

「どこにも行きませんよ」

「……どの口が言うんですか」

 僕は恨めしげに言う。

 学校に通い出したり、なかなか帰ってきてくれなくなったり、あまつさえ夜道で転んで意識不明で入院までしている。圧倒的に信用できなかった。

 何か理由をつけては、どこかに飛んで行ってしまうのが彼女だった。

「いや、そりゃあ物理的には離れますけど、心はレイモンド様のそばにいますという意味です」

「……心だけじゃいやです。ちゃんと体もいてください」

 僕はしがみついて駄々をこねてしまう。

 彼女はうーんとうなって考え込む。

 僕は説得には応じない構えで彼女を見つめる。

「あのですね、私、あなたにふさわしい人間になりたいです」

「……あなた以上に僕にふさわしい人間なんていないです」

 シンシアは「はは」と笑う。

 ……本気なんですが。

「いいえ、私なんてまだまだですよ。レイモンド様の足元にも及びません。

何より私が私のことをまだ認めていない。こんな格好良くて、なんでもできて、愛情深くて、強くて、優しくて、最高に素敵な人の隣にいたいのだから、もっと私も格好よくなりたいです」

「……シンシアが何もできなくても僕はあなたのことを愛し続けますよ? おばあちゃんになってボケちゃってもずっと一緒です」

 だからどこにも行かないでほしい。

「私だって、レイモンド様がおじいちゃんになってボケちゃってもずっと一緒にいますよ。

……でもそういうことじゃなくて、私にとって今できることを全力でするのが、あなたに並び立つための資格です。

やっと『小林沙織』は終わって、『シンシア・ウィステリア』としての目標でもあります。

いつかは『シンシア・オルセオロ』にもなりたいですしね。」

 彼女はハハッと笑う。

 『シンシア・オルセオロ』、いい響きだった。

「私を優しく甘やかしてくれるのはうれしいですけど、あなたに溺れてしまっては一緒に歩いては行けないでしょう?」

 彼女は優しいまなざしで僕を見る。

 ああ、彼女はいつだってかわいいだけじゃなくて格好良かった。未練が立ち切れてからはそれがいっそう眩しくなった。

「だから、お互い一緒にいられないときがあっても大丈夫ですよ。必ずあなたの元に戻ってきます。」

 彼女は僕の額にキスをする。

「あ、物理的に帰ってこれないことを心配するなら、ヘンリー先生に言って今度は転移魔法の特訓でもしてもらいましょうか?」

「……やめてください。絶対被害甚大になるんですから」

 仇となる可能性の方が高いに決まっている。

 ふふっと彼女が笑う。

 彼女相手だとどうにもしまらない。僕は結局こうやっていつもほだされてしまうのだ。

「大好きです」

 彼女が言う。

「僕もです」

 僕も言う。

「世界中の誰よりも愛しています」

 彼女が今度は僕の唇にキスをした。

 そしてえへへと笑う。

「ちゃんと伝わりましたか?」

 問われて僕も笑う。

「まだ足りません」

 意地悪に言って、僕は何度も彼女にキスをする。

 彼女の方からもキスをしてくれる。

 最初は精神的な意味合いのキスだったけれど、だんだんと……そういう気分になってきてしまう。

「……ほら、だからキスは危ないんですって」

 彼女は察して僕から離れる。

 あああ、ひどい……。

「私だって色々我慢してるんですからね」

 彼女が赤くなりながらそう言うから、僕の顔にも血が上ってしまう。

 そ……そうなのか……

「というわけで帰ります。また来週!」

「ちょ……ちょっと待ってください!」

 シュバッと手を上げて帰ろうとする彼女の手を慌てて掴んで、もう一度だけチュッとキスをした。

 僕はニッコリと笑う。

「また来週」

 情けないままでは帰せない。主導権はなんとしても死守せねばならなかった。

 彼女も赤くなりながらも笑って家路につく。

 そんな幸せな日曜日だった。

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