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私は白い世界の中で目を覚ます。
何もない。真っ白だ。さっきまであんなに暗くて星が瞬いていたのに正反対だ。
ふわふわした気持ちであたりを見る。
「ここは……」
まさかまた死んでしまったんだろうか?という気持ちになって慌てる。
ふと、向こうに人影が見えた。
近づいてみるとモーガン君だった。
フラフラとただよって、光の差す方に吸い込まれていく。
「ちょっと!」
まずい。非常にまずい気がする。
慌ててその手を掴む。
これが死後の世界なら、もしかして進んだ先はあの世なのではないか?
私はモーガン君をむりやり引っ張って、力とは逆向きの方向に進む。
「くぅうううっっ!!!」
流れるプールを逆走するよりキツイ。
足を踏ん張って体を前のめりにして進む。
「……シンシア先輩……?」
モーガン君が目を覚ます。
「モーガン君! なんか変なとこに来ちゃった! ちょっと死んじゃいそうな予感がするからこっちに行こう!」
押し流そうとする力に抵抗しながら言う。
「ええ!? そんな……」
モーガン君は慌てて一緒に歩き出す。
手をぎゅっと繋ぎなおしてくれた。そうだね、手を離すと危険だ。
「なんでこんなことに!」
「転んで頭を打ったんじゃない! きっと! でも! まだ! 死にったくっない!」
じりじりと前に進む。
と、押し流す力が急にふわっと弱くなって、私たちは前につんのめって転ぶ。
「わふっ」
「うわっ」
そして急激で大きな力の波に流されていく
「きゃあああああ!!!」
「うわあああああ!!!」
私は流されながら思った。
……ああ、もうこれ死んだ……
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流された先は空だった。
青い空。白い雲。夏の空だ。
……春だったはずが、夏……?
地上には家がたくさんある。住宅街のようだ。しかし、アルヴァ王国のものとは違う。
道も、車も、橋も川も、何もかもが違っていた。
『……知ってる……ここ……』
シンシア先輩が呆然としてつぶやく。
『ここが……私の前の世界……。モーガン君!ついてきて!』
ふんわりと空を飛び、町を進む。そして、一軒の家にたどり着く。緑の屋根に白い壁だった。
『私の家……』
中から誰かがでてきた。妙齢の女性が二人。姉妹のようだ。
……どこかで見たような……?
既視感を感じる。
僕たちのことに気付いていないようだ。僕たちは見えない存在……?
「お姉ちゃん、忘れ物ない?」
「うん、大丈夫だよ。ちゃんとお財布も携帯も持ったし~」
「忘れ物だよ」
中から背の高い青年が幼児をだっこして現れる。
「みっちゃんわすれもの~」
幼児がニコニコして言う。
「忘れてないよ~、ママの大事さん~」
姉が幼児を受け取って抱っこする。
続いて壮年の男性と女性が現れる。
「さあ、暑くなる前に行こう」
『あれは……』
シンシア先輩は涙ぐむ。
『てことは……この子たちは……』
『家族?』
シンシア先輩はうなずく。
一同は車に乗り込んでどこかへ向かう。
僕たちもそれを空から追った。
着いた先は墓地だった。
墓地で皆にぎやかに花を供える。
「みっちゃん、おばあちゃんよ~なむなむよ~」
手を合わせる。
「なむなむ~」
真剣な顔でに手を合わせる幼児。
「沙織が亡くなってもう二十年か……」
男性がつぶやく。
「まあ、色々あったけどね、みんな元気ですよっと」
二女が言う。
「孫も元気です。来年は詩織も結婚するしね」
「俺は大学に行っています。元気だよ」
「パパは~、先月再婚しました!」
「……そうです……しました……なんか……ごめん……」
二女に言われて恥ずかしそうにする男性と女性。
「沙織さん、ええと……よろしくお願いします……」
女性も頭を下げる。
「仲良きことは美しきかな~だよ。ママも天国で喜んでるよ! 老後の心配がなくなったって!」
長女がアハハと笑って言う。
「うん……そんな感じだから、心配しないでね。沙織は心配症だから僕の方が心配だよ」
男性が微笑んで言う。
「大丈夫だよ! こうやってみんなでお墓来て毎年報告してるんだし! …おばあちゃんとおじいちゃんは亡くなったけど、まあ大往生だったしね。何の問題もナーシ!」
「母さんがいなくても、なんとかやってるから。……産んでもらって良かったから」
青年が言う。
「まあ、壮太が赤ちゃんの時はてんてこまいだったけどな~、でもお姉ちゃんたちががんばってくれたし、いい子に育ったよ」
男性が言うと姉たちは「そうそう私たちのおかげ」と鼻を高くする。
「さあ! じゃあ今年もお墓参りの後はおそばを食べに行きましょ~」
るんるんで長女が言う。
「おしょば~、みっちゃんうどん~」
「うどんうどん~そばうどん~」
歌いながら墓を離れていく。
そして、残ったのは僕らだけになる。
『……』
『……元気そうでしたね』
『……うん……』
シンシアはズズっと鼻を鳴らす。
『なんと孫まで……』
『あの男性が僕に似ているって言ってた旦那さんと息子さんですか?』
『……うん……』
『全然似ていませんよ』
僕は笑う。髪の色ぐらいなものだ。それすら旦那さんは白いものが増えてきているし。
どんなにそっくりかと思えば、結局こんなオチだ。
『雰囲気だって……。しかも和也さん再婚してるし……』
ちょっと口をとがらせてシンシアが言う。
『そりゃ死別ですしね……。相手の方も優しそうな方で良かったじゃないですか。家族みんな祝福してるし』
『……まあね……、うん……、そうね……』
複雑な乙女心というヤツなのだろう。シンシア先輩はムーっと口をとがらせてしばらく考えた後、ははっと笑った。
そして、大きく息を吸い、家族が去った方向に向かって
『幸せにねー!!!私も!幸せになるから!!!』
と大声で叫んだ。
僕はそれを見て微笑む。
気が済んだシンシア先輩は僕を見てへへっと笑う。
そして、
『さて、ここからどうしたらいいんだろうね……』
と途方に暮れた。
……そうですよね、偶然ここに流れ着いたのだから帰る方法なんてわかるわけがない。
『なんかヘンリー先生から聞いていないんですか? こういうときの対処法……』
『そんなの聞いていないよ……。直接行く方法は教えてくれなかったから。……準備不足のままやると帰ってこれないからって』
今まさにその状態だ。通常時には正しい判断だったのだろうが、今のような非常時には全く対応できていなかった。
『とりあえず元の場所に戻ってみよっか』
迷子の基本は動かないことだ。
僕らは元の場所(空)まで戻ってみる。
しかし特に何が起きるわけでもなく、時だけが過ぎていく。
『……ふたりして幽霊になってしまったというオチなんでしょうか……』
『まさかの亡霊エンド……。……なんか、ごめんね……』
『いや、転んで頭打ったのだし、しょうがないですよ……でもおかげでここにこられたというのは不幸中の幸いじゃないですか? こう、未練もすっきりみたいな』
『……前世の未練はすっきりしても、今生の未練が今度は生まれてるよ……』
『僕もですよ……彼女もできずに死んでしまいました……』
がっくりとうなだれる。自分の人生、とほほすぎる。
『……僕、さっき流れ星に願ったんですよ。シンシア先輩のお願いが叶いますようにって。だから星が願いを叶えてくれたのかもしれないですよ?』
『……そうなんだ……、ありがとう』
シンシア先輩は笑ってくれた。
だから、僕はこんな状況もまあいいか、という気になってくる。
『楽しい幽霊生活の始まりですかね……』
『はは、それもいいね。モーガン君となら楽しいかも』
二人だけの世界、それもいいのかもしれない。
僕らは土手まで舞い降りて、芝生の上に並んで座って川を眺めた。




