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 それから毎日特訓が始まった。

 春休み中ということもあり、一日中部室で魔法の練習をする。

 といっても、モーガンはただ片手を握られたり励ましたりするだけだ。

 シンシアが水晶玉にモーガンの未来(の可能性)を映し出したり、過去を映し出したりする。

 相手がいる魔法については成功するのに、いざ自分の記憶をたどったり前世の世界を映そうとするとどうにも上手く行かない。水晶玉に映る映像は一瞬で霧散してしまう。

「うーん、どうしてでしょうね……」

 モーガンは首をかしげる。

「ヘンリー先生は精神的なものって言ってたけど……、あああ、もう滝行とかするしかないの……」

「なんですかそれ」

「滝の水にひたすら打たれて精神統一する方法……」

 上手くいかな過ぎて思考が愚かになっている。

「……まあ、お茶にしましょうか」

 モーガンが苦笑して言うと、タイミングよくローザがお茶とお菓子を持って部室に入ってきた。

 三人で仲良くおやつタイムだ。

「うーん、疲れたときはやっぱりチョコよねー」

「あ、これイチゴが入ってます」

「春の限定商品です。こちらはオレンジ風味です」

 数種のチョコレートを紅茶と共に味わう。

「あー、チョコと紅茶って最高に合うわ~。はっ、チョコと紅茶を飲みながら魔法を使えばリラックスしてできるのでは!?」

「……シンシア先輩」

「……冗談です」

 自分のしょうもない冗談に反省するシンシアだったが、ローザはちょっと考え込む。

 そして、

「でも良い方法かもしれませんよ?」

『え?』

 二人の声がハモった。

「食べながらはともかく、一人でできないなら他の物の力を借りるのも手ではありませんか?

古来より儀式というものはそれに見合った空間を作ることから始まると聞きます。

何かいつもと変えてみるというのも良いのかもしれません」

「なるほど……」

 シンシアはうなずいて考え込む。

「どんな空間にすればいいんでしょうね?教会みたいに厳かな感じとか、森林の中みたいな心穏やかな感じ?」

「……」

 シンシアはジッとモーガンの手を見ている。

「……?お菓子こっちが食べたかったですか?」

 モーガンは手元のオレンジ風味のチョコを指さす。

「いや……そうじゃなくて……」

 もごもごと口ごもる。

「?」

 モーガンはそんなシンシアを怪訝そうに見る。

「……なんか思いついたんなら言ってくださいよ」

 シンシアはもじもじとしてなかなかはっきりと言わない。

「あの……ちょっと思いついちゃったんだけど……さすがになあっていうか……」

「言わないとひっぱたきますよ?」

 モーガンが笑顔で言った。

「! ぼ……暴力反対」

「はいはい、めんどくさいからさっさと言ってください」

 投げやりに言う。

「うー……あのね……、手を……つないでいてくれないかなって……」

 シンシアが控えめに言った。

「……はあ」

 そんなことか、とモーガンは拍子抜けする。

「いいですよ。はい」

 片手を差し出す。

「なんか、恋人でもない男の子にこんなお願いをするのはダメな気がするんだけど……。

この前『独り言』を言わせてくれた時に手を繋いでいてくれたから、すごく励まされた気がしたの。

だから……手をつないでくれたら頑張れるんじゃないかって思って……」

「恋人じゃないなんて今更ですよ。『息子』でもないし、『友達』なんですから、手くらいどうぞ」

 モーガンは軽く笑う。

「ありがとう」

 シンシアはその手をそっと握った。そしてもう一方の手を水晶玉にかざす。

 一つ深呼吸をする。

「前世の記憶を映し出せ」

 声に応じて水晶玉に二人の女の子が浮かび上がった。映像は今までになく安定している。

「……ああ……懐かしいな。ここまではっきり映せたのは初めて。……こっちの大きい方がね、詩織ちゃん。五才でね、イチゴが大好きで、なわとびもがんばってたんだ。

小さい方が美織ちゃん、三才で、甘えん坊ですぐお姉ちゃんとケンカして泣いちゃってね、ごはんはあんまり食べないし……すごく心配したなあ」

 ふふ、と小さく笑う。

 お母さんの顔をしているとモーガンは思った。

 水晶玉は黒髪の男性も映し出した。

「これが私の前世の夫。和也さんっていって、優しくて頭が良くて動物好きで感動屋で……大好きだった」

「……素敵なご家族ですね」

 優しく微笑む。

「うん……でも不思議。こんなに穏やかな気持ちで見られると思っていなかった」

しばらく眺めた後、シンシアは魔法をやめた。

「モーガン君のおかげだよ、ありがとう」

「良かったです」

 二人で微笑み合う。

「モーガン君の手は魔法の手だね。私を励ましてくれたり落ち着かせてくれるね」

 言われてモーガンは驚いて自分の手を見る。

 そんなこと思ってもみなかった。

(僕も誰かを助けられているんだ……)

 そう思うとじんわり心が温かくなった。

 シンシアに出会う前は、どうすれば自分が満たされるのかわからなかった。

 でもあの日手を繋いで走った時、モーガンはシンシアの手は魔法の手だと思った。沈んだ気持ちを引っ張り上げて明るいところまで一緒に連れて行ってくれる、そんな特別な手。

 でも、今自分の手を特別だと言ってくれた、そのことが温かい自信につながった。

「いつでも頼りにしてください」

 そう言って笑った顔はどこか誇らしげだった。




 そのまま下校時間になって今日の練習は終わりになった。

 明日こそ前世の世界を見るぞとシンシアは意気込んでいた。

 今日はカナリアと約束していた天体観測の日だった。夜が深くなってからグラウンドに集まる。

 天文部の人たちはもう来ていて、望遠鏡を設置したりグラウンドに寝っ転がって見る用のシートを敷いている。

「おーい、シンシア、モーガン、ローザさん、こっちだ!」

 カナリアが呼ぶ。

「カナちゃん、いい夜ね!」

「ああ、晴れてくれてよかった。今日は新月だし絶好の観測条件だ。望遠鏡では土星も見えるから。

あとは,はい、星座早見盤。流れ星はぼーっと空を見て待っていれば必ず見れる」

 シンシアとモーガンは天文部の人とあいさつを交わしながらシートに寝っ転がる。

 見上げる空はただ暗くて最初は目が慣れなかったが、だんだんと目が慣れてくると星があふれ出した。

「わあ……」

 シンシアが思わず声を上げる。

「……きれいですね……」

 モーガンも穏やかにつぶやく。

 しばらく二人は無言だった。

 星空をただ、ながめる。

 星をひとつ、ふたつと数えていくととても静かな気持ちになってくる。

 何の心配事だって消えてしまうようだった。

「あ、流れ星」

 シンシアがつぶやく。

「え、あ」

 二つ流れた。

「……昔ね、流れ星が流れる間に三回願い事をすると叶うって聞いて試したことがあるの」

「三回……? できるんですか……?」

「ううん、ぜんぜんだった。あって気づいたときにはもう消えちゃうんだよね……」

 シンシアはクスリと笑う。

「きっとそんなことができたら奇跡だっておきちゃうってことなんだよ……」

 星がまた一つ流れた。

 だから、モーガンはその夜流れたすべての星に願った。

(どうか、シンシア先輩の願い事が叶いますように)



 二時間ほど星を眺めて寮へと戻る。

 天体部はまだ写真を撮るとか片付けがあると言うので、三人で暗い道を戻る。

「暗いから足元気を付けてくださいね」

 ランタンで足元を照らしながら進む。

 街灯もほとんどなく道は暗い。暗いからこそ星もよく見えた。

 もう夜も遅く、というかすでに明日が始まってしまっている。

 眠い目をこすりながら道を進む。

「もう、部屋についたらバタンキューだわ……」

 シンシアは歩きながら夜空を見上げる。

「あ、また流れた」

 星に目を奪われ、よろけて、

「危ない!」

 シンシアのかかとが道の端の側溝を踏み外し、助けようとしたモーガンの手をすり抜ける。

 そして、ゴン!という鈍い音と共に二人は頭を打って倒れた。

「シンシア様! モーガン様!」

 ローザが二人を呼ぶ。

 しかしもう二人にはその声は聞こえていなかった。

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