2 落とし物をしたら
モーガン・クリストフは、バーン市近郊のエイフォードの町で生まれ育った。
エイフォードは古い町で、その起源は古代ロムト人という大陸からの侵略者が軍用道路を敷いたことによる。交通の要所として市が立ちそのまま発展した町だ。
彼はそんな町の商人の三男として生まれた。町の初等・中等学校で一番勉強ができたことから両親は熱心に勉強することを勧め、今年バーン学園に入学することができた。
長子が何事も優先されるこの国において家業は長男が継ぐものと決まっており、次男三男は自分の実力で何とか生きていくしかなかった。
幸いモーガンは勉強ができたためこうして勉強の道に進むことができ、将来は官僚になることを目指している。
そう、夢膨らませて学園に入ったのだが……
朝の学生寮の食堂は人でごった返していた。
皆男子の制服である紺のブレザーを着ている。そのせいで人の群れは紺色の塊に見えた。
朝は誰もが忙しい。食事を提供するカウンターは大行列を作り、人の行きかうスペースはとても狭い。
モーガンは、同じ部屋のトマスと共に朝食のトレイをテーブルに運んでいた。
ひしめき合う寮生たちに押されて、肩がドンと誰かにぶつかった。
「ご……ごめんなさい……」
謝るモーガンだったが、
「ああ?」
相手は長身の先輩だった。不機嫌ににらまれてモーガンは恐怖で固まってしまう。相手は舌打ちして去って行った。
「……こわ……。気にすんなよ」
トマスが励ましてくれて、二人はテーブルに座って朝食をとる。
朝食はパンと果物と卵に紅茶という簡単なものだ。
「あれ、三年のリガルド先輩だぜ。おっかないよな~」
「そうなんだ……」
朝から嫌な目にあってモーガンの気持ちは暗い。
「家がヤベーとこらしいぜ」
噂好きのトマスは、まだ入学一か月しかたたないのに色々なことを知っている。
「やばいとこ……」
モーガンの町にも不良はいた。からまれると、小銭を持っていかれたり小突かれたりするのでなるべく避けていた。でも頭は概して悪かった。初等学校でさえドロップアウトしていっていた。
「なんでそんな人がこの学校にいるんだろ……」
モーガンはもそもそと朝ご飯を食べながらつぶやく。
トマスは「裏口かな?」と冗談めかして言う。
「でもさ、さすが王立の学校だよなー、故郷の学校とは全然違うわー。広いし、設備は整ってるし、飯は出てくるし」
トマスは北部の出身で中流階級の家の次男でモーガンと同じ一年生だ。
「でもさ、変な人も多いらしいぜ?」
こそっと言う。
「さっきのリガルド先輩も怖いけどさ、もっと変人がいるらしいんだ。部活の先輩に聞いたんだけどさ、この学校では困ったことがあっても困った顔をしちゃだめなんだってさ」
「どういうこと?」
意味が分からずモーガンは首をかしげる。
トマスはおどろおどろしい顔をして、
「……でるんだってさ……」
「……でる……」
ごくりとのどが鳴る。
「そう、困った人を見つけるとどこからともなくきてさらっていってしまう……そんなおばけが……」
そこまで言って、トマスは最後の紅茶を飲みほした。
「まあ、そういうことだから気をつけろよー」
にこやかに手を上げて先に行ってしまった。
「ええ……なにそれ……」
残されたモーガンはげんなりしながら卵を食べた。
猛勉強の末念願かなって学園に入学することができたのに、モーガンの気持ちは落ち込んでいた。
授業についていけてないわけではない。友達もできた。でも何かが足りない、そんな気持ちだった。
実家を離れてホームシックなのかもしれない。試験勉強をしすぎて燃え尽き症候群なのかもしれない。
あとは……故郷の幼馴染の女の子に会えなくなってしまったことがさみしくなったのかもしれなかった。
昼休み、とぼとぼと歩いて中庭のベンチに座って売店で買ったパンを食べる。
ビュウと冷たい風が通り抜けてモーガンは体を縮める。今はもう十月、日陰は少し寒い。
中庭は噴水があり、花壇には秋の草花が咲いている。
花を見ると彼女のことを思い出す。
(シオンの花が好きだったな……)
紫色のシオンの花をじっと眺めていると、彼女の顔が思い浮かんだ。
モーガンの勉強を応援してくれた。離れていても友達だと言ってくれた。……結局、想いを伝えることはできなかったけれど。
しんみりしていると昼休みが終わるベルが鳴った。
慌ててパンを平らげ教室へと急いだ。