18
ローザに運転してもらって、車で王宮に向かう。
「お嬢様、昨日言おうと思ったのですが」
ローザが運転しながら話しかけてくる。
「うん。」
「昨日モーガン様と朝少し走ったのですが、モーガン様は準備運動の時ののけぞりの時顔が面白いんです」
「!?」
「それが毎日なんですよ。無意識だと思うので、今度見てみてください」
「ぷっ……! あははは!!」
笑ってしまう。
緊張していたのに。
「うん、今度絶対見てみる」
緊張がすっかり解けてしまった。
「お嬢様は笑顔が一番ですよ」
「うん、ありがとう」
王宮について応接室に通される。
しばらくするとレイモンドが来た。
「おはよう、シンシア。昨日も今日も会えるなんてうれしいです」
「おはようございます。レイモンド様。私もお会いできてうれしいです」
にっこりとあいさつを交わす。レイモンドは二人で話がしたいからと他の使用人を外に出した。ローザも出ていく。
「……あの、手紙は読んでいただけました?」
「ええ、もちろん。モーガン君はただの後輩です、でしょう?読みましたよ?」
にこにこ笑ってレイモンドが応じる。
シンシアはヘンリーの家から帰った翌日、レイモンドに手紙を書いていた。
髪飾りはクリスマスのプレゼント交換でモーガンからもらったもので、モーガンはただの後輩であり恋仲とかではない、という内容だ。
自意識過剰みたいで書くのがかなり恥ずかしかったが、誤解されたままにはしておけなかった。
しかし、レイモンドからの返信はなかった。
「……じゃあなんで手紙を返してくれなかったんですか?」
「……なんででしょうね……」
遠い目をする。
「……ごめんなさい……」
「……何も分かっていない謝罪はいりません」
沈黙。
「……ケンカしたくないです……」
「僕もです」
沈黙。
レイモンドは横を向いてしまっていて目も合わせてくれなかった。
こんなにまともに話もしてくれないほど怒っているのは初めてで、途方に暮れてしまう。
「……ねえ、どうしたらいいの?」
シンシアは泣きそうになりながらレイモンドの袖をつかんだ。
「……わからないんですか?」
レイモンドも今にも泣きそうな顔をしていた。
「じゃあ言ってあげます。
あなたが他の男と仲良くするのが気に食いません。
あなたが僕の知らないところで楽しくやっていると思うと、取り残された気持ちになります。
あなたがもう僕のところに戻ってこないのではないかと……不安になります」
レイモンドは子どもみたいに言い募ってくる。そこには普段の余裕はなかった。
「……それは、不安にさせてごめんなさい」
シンシアは謝るが、
「……でもっ、あなただって私の行けないところで仕事だってしてるし、生活してるし知らない人とも会ってるじゃない……」
つい自分の言い分も言ってしまう。
彼の王子としての公務は度々新聞でも取り上げられていたし、他の人の口からも聞こえてきていた。
それを見聞きして誇らしい気持ちにもなっていたが、反対に自分はどうなのだろう、とも落ち込んだりもした。
こんなのお互い様でしかない。二人が一人の人間ではない以上、近くにいようが遠くにいようがいつまでもつきまとう感情だった。
「……あなたを狭い部屋に閉じ込めて誰にも触らせないようにしたい」
レイモンドはギュッとシンシアを抱きしめた。
「……どうして僕を恋人だって紹介してくれなかったんですか?」
「それは……」
「どうして僕が髪飾りを見つけたとき外してくれなかったんですか?」
「そんなの……」
「……わかっていますよ。ただの愚痴です。勝手な文句です」
レイモンドはシンシアの肩に額を預ける。
「あなたのことを百年待てるって言ったのは、本当です。
……でも離れていると不安になってしまうんです。
もう僕のところに戻ってこないんじゃないかって……」
シンシアはレイモンドの背中を優しくなでる。
「子どもの時の方がずっと一緒にいられた」
「……そうだね……」
五才の時からの友人であり、恋人であり、もう家族同然だった。
彼は十二年間シンシアのことを待ち続けてくれていた。
学校に通うと言った時も反対せずにいてくれた。
辛い時は幾度も助けてくれた。
彼がいてくれたから今の自分があるとはっきり言える。
そのくらい大切な存在だ。
その彼をこんなに苦しめている。
(全部、私のせいだ。こんなこと言わせてしまっている……)
罪悪感で胸が痛んだ。
「……形があればいいですか?」
シンシアはポツリと言う。
「形?」
「まだ気持ちの整理はついていないけれど……それをお互いが分かっているのなら……婚約しましょうか」
「……いいんですか?」
レイモンドは顔を上げて尋ねる。
「……うん。私はレイモンド様を待たせすぎている。私にとってレイモンド様はとても大切な人です。……泣かせたくなんてない」
シンシアは笑顔を作って言う。
つられてレイモンドも笑顔になる。
「……僕と、婚約してください」
「はい。よろこんで」
レイモンドはひざまずいてシンシアの手の甲にキスをする。婚約の儀式だ。
それから二人は初めてのキスをした。
婚約発表は春休みにするということになった。
帰りの車の中、シンシアは窓の外をじっとみていた。
風景がどんどん流れていく。
「お嬢様、よろしかったのですか?」
ローザは心配げに問いかける。
「うん……。王子様と婚約だなんて、夢みたい」
うれしくもなさそうに言う。
「一番好きな人と婚約したわ」
つぶやく。
「それ以上に幸せなことなんて、きっとない……」
目をつむる。
(これが夢なら、覚めたら私はどこにいるのかしら?)