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「では、お弁当を持ってきましたので皆さまで食べましょう」
ローザが言って、テキパキとローテーブルを片付けてお弁当のバスケットを置く。そしてポットに入れてきたお茶を配る。
「ヘンリー先生も食べましょ。お母様が心配してましたよ、ちゃんと食べてるのかって」
シンシアがヘンリーにサンドイッチを差し出す。
「……食べている」
ブスッとして言いながら、差し出されたサンドイッチを食べる。
「たまには外にでて光を浴びて運動もするんですよ」
「……わかっている」
「光を浴びないとですねー、骨が弱くなっちゃうんですよー」
「ええい、うるさい。わかっとるわ。それよりお前の方だ。学校ではどうなんだ?」
「もう、最高に楽しいですよ。愉快な仲間もたくさんできました」
キャッキャと喜んで最近の出来事を話す。モーガンと出会う以前の学校での話、モーガンとの話、カナリアの話……
「……そんなに迷惑をかけているのか……頭が痛い……」
呻くように言う。
「でもみんな振り回されてますけど、楽しんでますから大丈夫ですよ。僕も望んで占い部に入っていますし」
モーガンがフォローをする。
「……まあ、多感な年ごろの子どもは一人で悩みがちだ。多少ぶん回された方が動きがスムーズになるという意味では役に立ってるんだろう」
一応の誉め言葉が出た。
「楽しそうで良かったですね」
レイモンドがニコニコして言う。
「家の方はどうだ?」
「今はそんなに何もありませんよ。みんな元気でやっています。……気になるのは炭鉱ですね」
「ふむ」
「たぶんそろそろ閉山しそうな感じなんですけど、そうすると炭鉱の町はなくなっちゃうじゃないですか。引っ越した先での家族のフォローをしておきたいですね。トンプソンさんちとかスコットさんちとか子ども多いし、ジョーンズさんちは奥さんが病気がちなところも気になります」
「ハンナには任せられそうか?」
「そうですね、ハンナなら……。私もたまに様子を見ます」
「うん、無理はするな。お前なんてただの子どもだということを忘れるな」
「わかってますよ」
サンドイッチを食べながら会話をする。
「シンシア先輩はおうちの仕事も手伝っているんですか?」
「あー、うん、手伝っているっていうか自分の気になるところを勝手に手だししてるんだよ。
お父様やアレクシスは政治とか議会とか領地の産業のことをやっているでしょ?いつもとっても忙しそうにしているんだ。
でも私から見ればもっと気にかけてほしいところもたくさんあるの。領民の子どものこととか老人とか女性のこととか。だいたい立場が弱い人だね。
そういうところに私は首を突っ込んであーだこーだおせっかいをやいてるんだよ」
「そうなんですか……」
「お母様もお庭を開放して色々な話を聞いたり、あちこちに視察に行っているわ。気になるところは自分でやるのがうちの家風なのかしらね」
「……いや、それは元はと言えばお前が子どもたちを勝手に連れてきたからだ」
「あれ? そうでしたっけ? でも今はお母様の社交場になってますけどね」
あははと笑う。
「昔からすごかったんですね」
一つしか齢は変わらないのに、色々なことをしていて心からすごいと思う。尊敬度がアップした。
「なんかいつの間にかそんなことにね……」
ハハハとシンシアは照れて笑う。
キラキラした目でシンシアを見るモーガンを見て、ヘンリーはかぶりを振る。
「……一応忠告しておくが、同じようにできないことを嘆く必要はない。君ならばむしろもっと早いうちにできるようなるだろう。コイツは遅いくらいだ」
「?」
ヘンリーの言葉が理解できずにモーガンはきょとんとする。
「まあまあ、食べて食べて」
デザートの果物を勧められる。
よくわからないがあんずの天日干しはおいしかった。
昼からはシンシアは念写の練習を、モーガンはいくつか本を借りてそれを読んだ。
レイモンドはそんな二人をただ見ていた。
日が傾き、帰る時間になった。
「それじゃあまたお休みの日にきますね、手紙も書きまーす。元気で長生きしてくださいね!」
「お世話になりました、ありがとうございました」
別れのあいさつを済ませ家を出る。ヘンリーは「おー」と言っただけでまた自分の世界にこもってしまった。
「じゃあ、僕もここで帰りますね」
レイモンドが言う。近くに車が迎えに来ているそうだ。
「はい、レイモンド様もお元気で」
挨拶を交わしたところで、レイモンドがシンシアの髪を触る。
「? ……なんですか……?」
怪訝そうにシンシアが尋ねる。
「かわいい髪飾りをしてますね、初めて見ました」
「あ……、そ……そうでしょう? かわいいんです……」
少し慌てて答える。
二人の会話はそこで止まった。
にっこりと微笑むレイモンドと脂汗の垂れるシンシアの目線が交錯する。
しばらくそうしていて、
「……じゃあ、二人とも元気で」
王子様スマイルのままレイモンドは行ってしまった。
「……」
「……」
残された三人はしばらく動けない。
(これは……)
「な……なんだか、僕のプレゼントが今波乱を呼んでいませんでした……?」
「う……ううん……、そんなことは……、だ、だいじょうぶよ……こんなことくらいで怒ったりはしない……はず……」
シンシアはあはははと乾いた笑いを浮かべた。
そして、
「帰ろっか」
気を取り直して笑顔で言う。
「はい」
そうして家路についた。