13 ご実家に遊びに行ったら
クリスマス休暇が始まった。
バーン学園の生徒たちは皆実家に戻り、家族たちと過ごす。
クリスマスは一年でも特別な日だ。教会に行ったり、離れていた家族が一同に会する。クリスマスツリーを飾り街は浮足立ち、人々はプレゼントを贈り合う。
そんな楽しいクリスマスと年末を過ごし、モーガンは学園に戻る前にグスタフ県にやってきた。
グスタフ県は首都ロームシティとバーン市の中間から少し西寄りになる県で,県の真ん中をセト川が流れ海に注いでいる。内陸部にはデドン森林があり、かつては森林産業や織物業が発達していたが、現在び産業は畑作・果樹栽培・酪農などの農業、そして炭鉱業・軽工業・電気工業など多様だ。古代ロムト人に占領された時の爪痕が今でも残っており、先史時代の遺跡もある考古学的にも見どころの多い県となっていた。
グスタフ県の県都であり港町でもあるグスターで鉄道を降りる。モーガンの故郷のエイフォードと鉄道でつながっているため、交通の便がかなりいい。
鉄道を降りると潮の生臭い香りがした。海も少し歩いた先にある。
駅前は人でごったがえしていた。
モーガンはその中で立ち止まり、キョロキョロと周りを見る。
すると、
「モーガン様!」
ローザの声がした。
「ローザさん!」
重たいカバンを持って、ローザの方へと小走りで歩く。
「お久しぶりです。人が多くて見つけてもらえて助かりました」
「お久しぶりでございます。こちらこそ遠いところまでありがとうございます。車を停めておりますのでこちらにどうぞ」
駐車場へと二人で歩いていき、車に乗り込む。運転はローザだ。
「それでは向かいます。車で三十分くらいかかります」
車は市街地を抜け、のどかな田園風景の道を行く。
「僕、貴族のお屋敷って初めてなんです……緊張します」
モーガンが言う。
今日はシンシアに誘われて、家に遊びに来たのだ。
「緊張することはございませんよ。ウィステリア家はちょっと変わっておりますからむしろびっくりされるかもしれません」
「? びっくり?」
変わっているところはシンシアを見ているとなんとなくわかるが、もっとすごいのだろうか?
「まあ、見ればわかります」
しばらく車は走り、林を抜けて大きなお屋敷が見えてきた。ベージュ色をしたハニーストーンの外壁の三階建ての建物だ。歴史を感じる重厚なたたずまいだった。
装飾の入った鉄の門はすでに開いていて出入りする人がいた。しかし、その恰好は使用人の制服ではない。
汚いとまでは言わないが、上等な服ではない普段着をきた中年の男性だった。
ローザは男性の横で車を止めて、窓を開けて男性に話しかける。
「トーマスさん、もうお帰りですか?」
「ローザちゃん、今日は早く帰んねぇとカミさんに怒られんだー、ホントはこれから一杯やりたいんだけどよ~」
男性は残念そうに言う。顔見知りのようだ。
「そうですか。また来てくださいね。それからお酒は五時の鐘がなってからです」
「わかってるわかってるー」
がははと笑ってトーマスは行ってしまった。
ローザはそのままゆっくりと車を進め門に入っていく。
「……今のは……?」
「領民です。……ほら、いっぱいいますよ」
ローザに言われて周りを見ると……、そこにはたくさんの人たちがいた。
庭のベンチで座っておしゃべりをするおばさんたち、子どもたちは庭をかけまわり、おじさんたちは芝生にシートを敷いてくつろいでいた。昼寝をしている者もいる。
「……これは……」
あまりの光景に絶句するモーガン。
まるで皆公園にいるようにくつろいでいる。少なくとも貴族のお屋敷とは思えなかった。
「驚かれたでしょう? そうなんです、ウィステリア家は一般の方々に庭を開放しているのです。皆いつでも自由に入って自由に過ごし自由に帰っていっていいのです」
黄色いドレスを着たふくよかなおばさんが、おしゃべりをやめてこちらに近づいてきた。ローザも気づいて車を止めて降りる。モーガンもそれに倣って車を降りた。
「ローザちゃーん」
おばさんはトコトコと小走りしてくる。
「奥様、モーガンさんをお連れいたしました」
奥様という単語にモーガンはぎょっとする。
「まあまあ、遠いところまでありがとうね。はじめまして、私はシンシアちゃんの母のマリアベルです。よろしくね」
よく見るとシンシアと同じ亜麻色の髪、水色の瞳をして顔立ちもよく似ていた。
「!? は……はじめまして! 僕はモーガン・クリストフと申します。本日はお招きいただきありがとうございます。シンシア先輩にはいつもお世話になっています」
「あらあら、そんなに固くならないで。うちはこんな感じでゆるゆるだから、自分の家にいるつもりでゆっくりしていってね」
にこやかに言って握手を交わす。
「じゃあ、また夕食で会いましょうね」
手を振ってマリアベル夫人はおしゃべりの輪の中に戻っていった。するとおばちゃんたちとすっかり同化してしまい、とても貴族の奥様には見えなかった。
「さあ、参りましょう」
車にまた乗って屋敷の玄関まで行く。玄関のドアは白く大きい。外壁には二階までツタが這い、低木の茂みと相まって自然と同化しているようだった。
「こちらです」
ローザに先導されて屋敷に入る。
玄関ホールの階段の下で、シンシアは書類を見ながら使用人と難しい顔をして話をしていた。
シンシアはグリーンのドレス姿だ。いつも制服姿しか見ていないので新鮮だった。
「シンシア様、モーガン様をお連れしました」
ローザがそう言うとシンシアは真面目だった顔をほころばせて歩いてくる。
「モーガン君! よく来たね! お疲れ様~」
プレゼントした髪留めをつけてくれているのに気づき、モーガンは顔をゆるませた。
「シンシア先輩、お久しぶりです。今日はお招きいただきありがとうございます」
挨拶をしてお土産を渡す。実家で扱っている焼き菓子だ。
「わー! ありがとう! 後でみんなで食べましょ。えーとねー、今アレクシスがこっちにいるから紹介するね、弟なの!」
隣の部屋に案内される。
「アレクシス! モーガン君がきたよ!」
アレクシスと呼ばれた青年は、部屋のダイニングテーブルで書類を見ていた顔を上げて微笑み立ち上がる。
亜麻色の髪に青い瞳に怜悧な顔をしている。聞いていた話よりもずっと落ち着いて大人びていた。
「こんにちは、モーガンさん。僕は弟のアレクシスです。姉が大変お世話になっております」
「はじめまして。本日はお招きいただきありがとうございます。僕もシンシア先輩にはいつもお世話になっています」
「今日は父がロームの方へ行っていて不在なのですが、ゆっくりしていってください」
握手を交わす。
「じゃあ部屋に案内するね」
二階の一室に案内された。途中通った中央階段には代々の当主らしき肖像画が飾ってあった。
滞在は二泊で、明日はシンシアの魔法の先生の所に行く予定だ。
通された部屋は客間だった。ベッドとサイドテーブルが置いてあり暖炉もある。じゅうたんも敷き詰められており、しつらえも豪華だった。
簡単に荷物をほどき、シンシアの待つダイニングへ戻った。
「あ、おかえり~。こっちに来て」
言われて広い屋敷を進む。
着いたのはロングギャラリーだった。大きな窓がある廊下で、窓の反対側は全て本棚になっている。
豪華な装丁のものが多い。
隅に丸いテーブルと椅子が置いてあり、そこに二人で腰かける。
テーブルには本が積んであった。占い関係の本だった。
「占い部の合宿と言うことで占いの勉強をしましょう。うちにも結構本があったのよ~。
私は今は水晶玉占いしかできないから、占星術とか賢そうなのもやってみたいのよね~、モーガン君はこっちだね」
手相の本を渡される。
「じゃあ、一通り読んでやり方把握したら家の人とか庭の人たちにやってみよっか」
「え……いいんですか……」
「うん、みんな一回はやってくれるよ」
シンシアは笑顔で言うが、『一回は』ということは『義理』ということなのだろう。
(まあ練習台になってくれるのはありがたいし……)
本を読んでは使用人を捕まえて二人で占ってみる。
庭に出て色々な人を占ってみた。
皆好意的に協力してくれた。
「いい人ばっかりですね」
「まあ、うちの常連さんですから」
胸を張って言うシンシアがおかしくて、モーガンは笑った。