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「はあ……」
ため息を一つ漏らす。
時間だけが流れていく。
青い空、白い雲、八月の暑い夏にふさわしい。
ジリジリと焼けつくような日差しのはずだが、僕らは暑いとも感じなかった。汗だって出ない。
僕とシンシア先輩は、土手に座ってぼーっと川が流れていく様子を見る。
木々は青々と茂り、水面は太陽の光を浴びてキラキラと輝く。気持ちの良い景色だ。
しかし、返ってそれが僕たちの心をうろんにさせた。
何もやることがない。
どこにも行くところがない。
「……おなかもすかないんだね」
隣でポツリとシンシア先輩がつぶやく。
「そうですね……」
どんなに時が流れても、おなかもすかないし眠くもならない。なんの生理的欲求も湧かなかった。
「幽霊って便利ですね……」
僕はつぶやく。
「……私は食べたい気持ちだけはあるわ……」
シンシア先輩は恨めし気だ。
しかし、言ったところでどうすることもできない。
―――そう、僕とシンシア先輩は幽霊になってしまっていた。
この世界で二人きりの幽霊だった。
生きている人間に干渉することもできず、『未練』も果たすことができない。
宙ぶらりんのままどうすることもできない迷子の幽霊。
それが僕たちだった。
ここは王立バーン学園高等部。
アルヴァ王国の中ほどに位置する王立の教育機関だ。
アルヴァ王国は大陸の西にある島国である。海・山・川・湖と豊かな自然をもち気候は温暖、いち早く産業革命を遂げてかつては世界を牛耳る大国だった。
しかし、大航海時代は終わりを告げ植民地は一つまた一つと独立していき、その栄華は失われつつある。
現在は諸外国の北方と隣島との民族問題に頭を悩まし、国内は普通選挙制度の導入、義務教育の一般化、貧困・福祉問題の解決に揺れている。
科学技術の急速な発展の真っ只中にもあり、時代はガス灯から電灯へ、馬車から自動車へと移り変わっていた。
王立の教育機関は全国に五校。バーン学園はアルヴァ王国の第二の都市バーン市にあり、高等部、大学部、研究機関を併せ持っている。
国の産業・経済を担う人材の育成を目的とし、中等学校を卒業した十五歳以上の男女が階級に関係なく試験を受け入学することができる。
全寮制で、学費は全額国が負担するため庶民にも優しく、卒業後は三年間は国や公共の機関で働くという縛りがある。しかしそれすらも「就職先が用意されている」という評価で中流階級の子女に人気の学校となっていた。
上流階級である貴族の子息は別のパブリックスクールに通ったり家庭教師をつけるのが一般的な時代であった。