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神の祝福なるもの





 まだ少しの暖かさを残す秋口。


 今日、兄のテリシアが7歳の誕生日を迎えた。


 非常におめでたいことだ。


 とは言ったものの、今テリシアはこの場にいない。

 まだ朝の霧も晴れないうちに、アシエ村から馬車で8時間もかかる王都へ両親と共に行ってしまったのだ。


 案の定俺は一緒に行けないらしい。意味がわからん。


 なので今日もマイヤさんと屋敷で留守番だ。

 

「フェル坊っちゃま。昼食のご用意ができました」


 すると、書斎で本を読んでいた俺をマイヤさんが呼びにきてくれた。


「あ、マイヤさん! ありがとう今行くよ」


 読みかけの本を机に置き、マイヤさんの後ろについて階段を降りる。


 まあ、何はともあれこの世界に転生してから、とうとう俺も4歳だ。

 この身体でも大人たちと何不自由なく喋れるようになった。まあ意図して喋らないようにしてた事もあったけど。

 

 今となっては初めて魔法の詠唱に失敗したことが懐かしい。





「一体どんなのが貰えるだろうね。楽しみだ」


 具沢山なポトフにパンを浸しながら、後ろに控えているマイヤさんに言った。


「私には創造神様の御心はわかりません。ですがテリシア坊っちゃまなら、たとえどんなものを授かったとしてもきっと使いこなせるでしょう」


 微笑を浮かべるマイヤさん。


「確かにそうだね。兄さんはとっても頭がいいから」


 今話していたのは、王都にある教会でテリシアが付与される“スキル”についてのことだった。


 なんと、この世界では7歳になると同時に【神の祝福《スキル》】なるものが与えられるらしい。

 

 それを神父様にみてもらう事で授かったスキルが分かるのだとか。


 なのでこの世界の7歳に上がった子供たちは、こぞって自分のスキルを見てもらうのが慣習らしい。


 これまた魔法に続いてびっくりのTHE・ファンタジーだ。


 

 しかしながらスキルとかいうこの世界の仕様、なかなかに興味深い。まあ平たく言えば、目でわかる才能と言ったら分かりやすいだろう。


 大抵の人たちはこの与えられたスキルによって、なるべき職業を決めるのだとか。


 とはいえ、ひとくちにスキルと言っても色々あるようだ。


 例えば剣術スキルなら短剣や片手剣、両手剣などの剣術に分類されるものから、弓術、槍術に棒術などといった『武術系スキル』。


 逆に鍛治スキルだったり鑑定スキルなどの『職業スキル』。


 まあこういった大きく分類されるスキルもあれば、言語理解能力UPや耐性強化、肉体強化から航海術など挙げればキリがないほどに存在しているらしい。


 ここでまず俺が気になったのは、この世界にないもののスキルがあるのかどうかだった。


 例えば『電子工学スキル』とか、世のおばあちゃんにあったら嬉しい『スマホ使いこなしスキル』とか。

 それともこの世界にあるものしかないのか。



 そしてこのスキルには重要なポイントが一つある。


 それはスキルの“ランク制度”。

 スキルには初級、中級、上級、特級、そして極級の5種類の階級が振り分けられていると言うのだ。


 先ほど挙げた『武術系スキル』では上級以上があれば、宮廷騎士団で将来は安定して暮らせる、だとか。

 『職業スキル』は持っているだけで仕事には困らない、つまり働く上では意外とランクは関係ない、だとか。

 とにかくこの世界ではあって損はない代物のようだ。


 なんと分かりやすい世界か。


 もしこんなものが前世にあったのなら、俺もあんなに面倒臭い人生を歩まなくてもよかったのかも知れない。


 そんなことを考えていると、俺はどうにも気が落ち込んで、持っていたスプーンを置いていた。


 いや、関係ないか。

 むしろ才能という、より目に見えるものがある方が残酷なのかも知れない。

 もし前世で『不幸になるスキル』なんてものが見えてたらどう生きていいか分からなかっただろうし。



「それはフェル坊っちゃまも同じです」


 すると、マイヤさんが唐突に言った。


 さっきの半分独り言みたいな俺の呟きに対しての答えだろうか。


「私は長い間色々な生物を見て周りましたが、テリシア坊っちゃまほど聡い子を見たことがありません」


 マイヤさんは俺の目をまっすぐ見てそう言った。


「うん。僕もそう思う」


 俺も心からそう思う。


 テリーは7歳にして周りを思いやる力もあるし、頭も良い。

 きっとリドルを超えるいい領主になる。若干体の線が細いのと、あとブラコン気質が心配なところではあるけど。


「ふふっ。ですがフェル坊っちゃまには、それ以上の素質があると私は密かに思っています。これは内緒です」


 いつもの凛々しいマイヤさんではなく、時折見せる優しく朗らかな笑い顔で言った。


 ここで暮らしてはや4年、俺もこの屋敷の人達の性格がだいたい掴めた。


 マイヤさんは嘘がつけない質だ。


 だからこそ、この茶目っ気たっぷりに言いながらも、それが本心なのだと分かる。


 しかしそんな誠実な褒め言葉に対して、俺は苦笑した。


「いやぁ、それはどうだろうね」


 正直やめて欲しかった。


 言ってしまえば俺の存在はただのズルに過ぎない。

 テリシアと比べられることすら烏滸がましい。


「マイヤさんも、いいから座って一緒に食べようよ」


 俺は心の罪悪感と、それでも褒められた気恥ずかしさに思わずマイヤさんに声をかけた。


 すると今度はいつもの凛々しいマイヤさんに戻り、キッパリと答えた。


「そうはいきません。一介の使用人が主と食事を共にすることなどあってはなりません」


 ほんっとに堅いなー。


 確かに、マイヤさんは俺が生まれた時から、いやおそらく俺が生まれる前から、家族全員の料理を作り終えた後は身の回りのお世話をしてくれていたのだ。


 それは今になっても変わらない。

 だから一体いつご飯を食べているのか不思議で仕方ないわけだけど。


 この間台所でこっそりパンをつまみ食いしているマイヤさんを見たから、きっと胃袋はあるのだと思う。


 なんだかよくわからないシステムではあるが、この世界ではそういう風習らしい。

 主従がはっきりしているということなのだろうか。


 でもアリシアとマイヤさんは親友ぐらい仲がいいし。正直よくわからん。


 一人で食べるのには慣れてるけども。

 でもなあ、出来ることならみんなで食べたいだろう。やっぱり。


 リドルもアリシアもテリーも、みんなこのシステムになんの疑問も持っていないみたいだし。仕方ないと諦めるべきなのか。

 この身体なら誰にも迷惑はかけないのに。



「フェル坊っちゃまは覚えておられないと思いますが、まだ坊っちゃまが生まれて5ヶ月くらいの頃、私はよく絵本を読んであげていたんです」


「え?」

 

 俺が一緒に食べることを諦め、ポトフを口に運ぼうとした時、マイヤさんがまた唐突に話し出した。


「実は、どうにかしてゆりかごから抜け出そうとする坊っちゃまを、私はどうやって落ち着かせるべきかと毎日悩んでいたんです」


「あ、あぁ……」


 そのことならよく覚えてる。

 マイヤさんに呼んでもらった本は何冊かあったけど、生まれて5ヶ月といえば、辞書と間違えた分厚い絵本の異世界譚のことだろう。

 勉強のために見ていた本だったけど、なかなか難しかったんだよな。


「ふふっ、そんな時です。ある日テリシア様お気に入りの絵本を書斎に片付けようと、フェル坊っちゃまのお部屋を通り過ぎたとき、坊っちゃまがとても大きな声で泣いたんです。今まで聞いた事もないくらい大きな声で」


「そ、その節は……」


「坊っちゃまの泣いた声なんで生まれてから一度も聞いた事がなかった私はもう、何事かと。絵本を抱えたままやっていた仕事も放り出し、急いで坊っちゃまの元に駆けつけました」


 いや、もうほんとにすみませんでした。

 あの頃はどうやったら文字が読むことが出来るかしか考えていなくてですね。

 あの、その、本当に……。


 “ごめんなさい”そう口にしようと俺が顔を上げると、マイヤさんは笑いながら、ゆっくりと話を続けた。


「ですがあんなに心配した私とは裏腹に、坊っちゃまはこれまでにないくらい手を叩きながら、私の抱えていた絵本を指さしたんです」


 ああ、思わずテンションが上がって「それええ!!」と指さしてしまったんだよな。

 まさかいつも後片付け担当のマイヤさんが運んできてくれるとは思いもしなかった。


「そして私が絵本をわたすと、絵本の挿絵が気に入ったのか、文字の形に興味があったのか、食い入るように見ては時々私の方を向いて読み方を尋ねているようでした」


 まあ実際わからない所を尋ねていましたから。


「次の日から、私はフェル坊っちゃまが理解出来ないだろうと思いながらも、読み聞かせを続けていたんです。可笑しいですよね」


 まあ、実際理解してました。

 

「いえ、もしかしたら分かっていたのかも知れませんね。いつもマイヤがお部屋に絵本を持っていくと、前回に読んだところを開いて待っていたのですから」


 はい、わかっていました。


「そのとき私は確信したんです。フェルぼっちゃまはきっと偉大な人物になるだろうと」

「またそんなこと言う」


 だから、これは前世の記憶があったからであって、決して俺が天才児なわけではないのだ。頭がいいとか、子供なのに落ち着いているとは言ってくるけれども。

 そりゃそうだ。だって中身は20を超えた学生だったんだから。


 なんなら俺ももう今年で25歳、落ち着いていて当たり前だし、一応それなりの勉強もしてきた。

 比較なんてしちゃだめだろう。


 まあ転生したことなんて言えるはずもないんだけど。


「あのね、マイヤさん——」


 そしてもう一度、否定の言葉を口にしようとした時、


「ええ、マイヤはフェル坊っちゃまほど優しい人間を見たことがありませんから」


「へ? いや、なんで……」


 予想とは少し違うマイヤさんの回答に、俺は口籠ってしまった。

 

 それと同時に、顔が熱くなるのを感じた。


 “優しい”と言われたことが、と言うよりも「それならテリシアとも並べるのかも知れない」と、ふいに思ってしまったことがなにより恥ずかしかった。


 しかし「そんなことどうして分かるの」とは言えなかった。


 俺は思わず顔を下げ、少しの沈黙が部屋を覆う。


 そして、そんな空気をまたもマイヤさんが破る。


「フェル坊っちゃまは覚えておられないかも知れませんが、この話は私の長い人生の中でも大切な思い出の一つなのです」


 そう言ってもらえるのは、本当に嬉しい限りだ。


 だけど。


「憶えてるよ」


「え?」


 長く綺麗な黒髪を僅かに揺らせながら言うマイヤさんに、俺は俯きながら答えた。


「憶えてる。マイヤさんが持ってきた絵本を僕が開いて指を指すんだ。今日はここって」


 だけどな、いつまでも俺だけ恥ずかしいのはいやだ。

 つらつらと唐突に話だす俺に、マイヤさんは少し驚いた表情をしていた。


 こんなこと言っても大丈夫だろうか。

 まあでも、母親のお腹の中の記憶がある子もいるって言うしな。さして問題はないか。


 だけどな、いつまでも俺だけ恥ずかしいのはいやだ。

 マイヤさんを遮って、俺は続けた。


「そう、でしたか。さすがはフェルぼ——」

「あ、そうそう。もちろんあれも憶えてるよ、まだ僕が赤ちゃんの頃、マイヤさんが何度も僕の耳元で自分の名前を呼んでたことも」


「んなっ……!」


 マイヤさんはそれだけ言うと、顔を真っ赤にして固まってしまった。


 はっはっは。マイヤさんにはいつも弄ばれているからな、たまにはやり返さないと。

 俺をちっちゃい男と言う事なかれ。て言うか今は本当に小さいし。


「ねぇねぇ、あれってなんだったの? 僕それだけしか覚えてないんだけどね。でもこれだけ覚えているって言うことは——」

「さぁ! フェル坊っちゃま! 昼食はお済みになられましたか!? ではマイヤは片付けますので!!」


 すると、マイヤさんは先程までの優しげな表情とは打って変わり、そそくさと食べ終わった食器を持ち台所へ行ってしまった。


 あれだけ主従関係がどうのとか言ってたのに、なんだかんだ甘いよな。まあ珍しいマイヤさんも見れたことだしよしとするか。


 そう言えば、誰の名前が呼ばれるのか選手権の後くらいからだったか、マイヤさんは時々一人称を名前で呼ぶようになってたっけ。

 それがたまたまなのか、わざとなのか。


 

「……坊っちゃま、旦那様方が帰ってこられるのはおそらく明日の夕方になりますので、今日はマ……、私と留守番になります。それではご夕食の準備に入らせていただきますがよろしいでしょうか」


 そして台所へ行ったマイヤさんが戻ってくるなり、えらく業務的に話しかけてきた。

 しかし留守番の件は昨日も言ってたし、ご夕食の準備って……。今お昼ご飯食べたばっかりなんですけど。


「よろしいでしょうか」


「あ、う……、うん。よろしい、です」


「かしこまりました」


 そこまで言うと、一礼して再び台所へと消えていった。

 

 とはいえあれだけ顔を真っ赤にしていたのに、あの一瞬で元に治ってたな。仕事人だと褒めるべきなのか。


 まあ耳が真っ赤なままだったところを俺は見逃さなかったけどな。



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