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転生生活8ヶ月目





 転生生活8ヶ月。


 ようやくちゃんとしたハイハイが出来るようになった。

 これは以前までの俺ではない!

 移動性能だけで言うならば今までの2……、いや!ゆうに3倍はくだらないだろう!

 屋敷の奴らは俺が、今だに地面を這うだけの芋虫だとでも思い込んでいるのだろう。


 前回の俺は、言うなればプロトタイプだ。

 震えて眠れ。この生まれ変わった新生フェルフェデルタを見るがいい!

 

 あ、そういえば前歯が少し生えてきた。



 足音は聞こえない。


 やけに堅い木で作られたゆりかごの柵をよじ登り、慎重に隣のベッドへ転がるように着地する。


 ゆっくりと動くんだ、バレてはならない。


 今なら誰もいない。


 前回は悪魔の手先(マイヤさん)に捕まったからな、最大限の警戒態勢で進む。


 よし、目の前にそびえ立つ馬鹿でかい扉に手をかけた!

 ゆっくりと、しかし力強く扉を押す。はずが——


「フェルー、ご飯でき……」


「…………あぅ」



 マッマと目が合った。


 何故だ!!! 足音はしなかった!


 タイミングも完璧だったはず……っ!


 一体どこが間違っていたんだ!

 と言うかこの家の奴らは全員忍びの修行でもしてんのか! 足音が全く聞こえないんですが!?



「はあ、フェルは本当にお外が好きねぇ、仕方ないから今日はママが連れて行ってあげる」


 おっ、とぉ……?

 これはまた予想外なコメント。てっきり「危ないでしょぉ、はい、墓場に戻るわよぉ」的な感じでゆりかごに返されると思ってたのに。


 「さ、どこに行きたいのかなぁ?」


 え、マジで!? まじでいいの!? おお! 天使はこんなところにいたのか!!


 俺は急いで微笑むアリシアの胸に飛び乗り、意気揚々と指さした。


「あい!」


「言葉がわかるなんて、やっぱりフェルはすごい子ねぇ!」

「あぃ!」

 


 俺は昔、勉強が好きだった。

 何をやっても上手くいかない人生において、学力は努力をするだけで確実に、着実に身についたから。


 何より安全だった。完全インドアの俺にとっては最高の、そして唯一の趣味だった。


 長年の癖というものか、この世界に来てからも暇な時間があればついつい勉強をしていたくなる。

 この転生という、自分が自分かどうかさえ分からない不確かな世界の中で、俺は確実なモノが欲しいのかも知れない。


 それに、この間テリーが貸してくれたあの絵本は案の定、角が危ないからとマイヤさんに没収されてしまっていたのだ。

 あの後、ちょうどマイヤさんが絵本を持っているところを発見して、半ば無理やり読んでもらっていたんだけど、やっぱり絵本だけだとしっかりした勉強はできなかった。


 だからだろうか、くすぶっていた勉強意欲が湧き上がってくるのを感じていたのだ。



 俺がいた部屋の扉をマッマが開けると、すぐに下へ降りるための階段がある。

 そこを無視して左を見ると、高そうな赤い絨毯が敷かれた廊下の突き当たり、両脇に向かい合った部屋がある。


「左の部屋がお兄ちゃんの部屋で、こっちがマイヤのお部屋」


 アリシアはそう言って朗らかに笑う。


 しかし俺の隣がテリーの部屋だということは知っていたが、反対側がまさかマイヤさんの部屋だったとは。

 まあ俺が生まれた時からずっといたわけだし、住み込みだと言う事はわかっていたんだけど。

 

「それでこっちが私たちの寝室と、パパの書斎」


 言って今度は後ろを振り返る。またも廊下を挟んで部屋が向かい合っていた。この通り屋敷は左右対称の造りになっているのだ。


 見たところ俺の部屋とテリーの部屋、マイヤさんの部屋とリドルの書斎の間取りは同じ。

 寝室だけが2倍の広さになっている単純な構造。


 とまあルームツアーもそこそこに、そんなことよりも書斎だ。

 いつもリドルが仕事をしている場所。貴族なんだからもう少し広いところにすればいいのに、と息子的には思う訳だが。この世界の貴族とやらは意外と質素なのかもしれない。

 

 なんて考えつつ、俺はすぐさま書斎に向かって指を指す。


「あい!」


 まさに僥倖。


 貴族の家だ。かなりの量の本が置いてあるはずに違いない。

 この際政治のこととかなんかよくわからん本でもなんでもいい、とにかく俺の知的好奇心を満たしてくれるのなら。


「さあ、ここが書斎よぉ」



 アリシアがそう言いながら書斎の扉を開ける。

 俺はリドルが本を読む人間でありますように、と願いながら食い入るように部屋を見回した。


 内部は他ほとんど同じ、白い石材と漆喰、剥き出しの梁がある8畳くらいのこぢんまりとした部屋。


 簡素な造りだけどしっかり整理整頓されていて、集中できそうだ。俺が自由に動けるようになったら使わせてもらえたりしないだろうか。


 机にはやりかけの仕事がまだ残っていた。


 さてさて、お目当の本は如何かな。



 ◇



 俺はかなり驚いていた。多分、俺のかわゆいぷっくらとしたお目目は限界にまで開かれていることだろう。


 俺が夢にまで見た本、それが衣装箪笥の扉を無理矢理取ったような棚に、羊皮紙の巻物やら空のインク瓶と一緒に5冊だけ置かれていた。

 テリーに貸してもらった絵本がないところを見ると6冊か。


 想像していたよりもだいぶ少ない。いや、かなり少ない。貴族の家だと聞いていたから『ここは図書館か何かですか!?』っていうのを期待していたのに。


 すると、そんな俺の思惑とは裏腹にウキウキでアリシアは言った。


「ふふっ、フェルどお? 結構多いでしょう? 私がパパのところに来る時4冊くらい持ってきちゃったの」



 ああ、そういう事か。


 この世界の文化レベルが中世辺りだという俺の仮説は、今の言葉でほとんど確信に変わった。


 この本の数が多いということ、そして食生活の文化から見ても、せいぜい俺たちの世界の2、300年前くらいに考えていたけど、もしかしたら今俺がいる世界は中世初期、良くて中期ごろが妥当なのかも知れない。


 てことは活版印刷なんて技術もないし、あってもおそらくは広まってないか。何よりあの時代の紙と言ったら羊皮紙か、粘土かパピルスぐらいだ。


 テリーが持ってきた絵本はまるで印刷したみたいに丁寧に書かれてて気づかなかったけど、あれもおそらくは手書きなんだろう。


 つまり、本を書き上げるためには一枚一枚超高価な羊皮紙に手書きで作り上げているわけだ。本一冊で家が建つなんて言われてた時代。

 それがこの家には6冊もあるのだ、むしろハンパねえ貴族、と言わざるを得ないだろう。


 しかも俺の目的は読書じゃない、勉強だ。これだけあれば、十分文字の勉強にもなるだろうし、むしろ十分すぎるほどだ。ありがとうママン。


 俺はここまで連れてきてくれた事と、この家に4冊も持ってきてくれた事の感謝を表すために、ありがたいお母様のほっぺたをペタペタと触った。


「あい!」


「ふふっ……、これ読みたいの?じゃあ危ないからお部屋に持って行ってあげるわね」


 おお、なんで俺の言いたいことがわかるんだ。

 これが母の力というものなのか。


 でもそれがオッケーなら、テリーが持ってきてくれた絵本もオッケーだったんじゃ……。


 まあそんなことを今更気にしても仕方がない。


「それじゃあ一緒にご飯を食べましょうね。今日はパパ達も待ってるからね」

「あぃ!」


 俺とアリシアはお互い笑顔で父達の元へと向かった。






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