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ケモミミとやら






 あれから2週間が経過した。


 機動力が大幅に拡大した事実が屋敷全土に知れ渡った今、俺は徹底的な監視下に置かれ、ゆりかごから出ることすら能わず、自由を掴みあぐねていた。


 てな訳で超暇な生活を続けていたんだけど、よく考えてみれば言葉が違うということは文字も違う可能性が高い。と言うか絶対違うだろう。


 今もなお朝食の時と夕食の時、そしてお昼の日向ぼっこの時以外にお部屋の外へ出たことが無い。


 本らしきものを見たことも無い。


 書物っぽいものは、父親のリドルが羊皮紙を数枚持っている所を目にしたくらいだった。だから文字自体は存在するんだろう、流石に。


 言葉なら聴いているだけで少しずつは理解できたが、文字に関してはそうはいかないからな。


 これは俺の経験則でもあるが、読み書きは自ら調べるのがいい。



 と言うことで、ここで一度俺の状況を整理しておこう。


 この世界に来てから、ここが日本ではないと判断できたのは、何もマッマが外国人だったからと言うだけではない。

 灯りは常に蝋燭だし、全体的に漆喰のような建物の雰囲気からも、ここは西洋文化が色濃くあるように感じたのだ。


 もちろん電気のようなものはない。


 詰まる所俺たちの時代には欠かせない、携帯電話もインターネットもない。見たことがない。


 貴族制度もあることだし、今は俺たちの世界で言う中世ヨーロッパの時代に近いのではないかという、自分なりの結論に至った。


 そう、貴族制度。


 その中で俺は兄テリシアの弟、つまり貴族フェデルタ家の次男に当たる。

 貴族制度についてはよく覚えていないが、まあどこの国でも家督は長男が継ぐものだろう。たぶん。


 つまりここが本当に中世ヨーロッパくらいの文化レベルなら、文字なんて覚えなくても最悪オッケーではないだろうか。俺の浅い中世ヨーロッパ知識からしても、当時の識字率は圧倒的に低かったろうからな。


 だがしかし、魔法があるこの世界。


 地球とは違った歴史があるに違いない。いや! きっとあるだろう。

 正直転生の事実と、魔法の存在ってだけで俺の知的好奇心はくすぐられまくっていたのだ。


 地球では魔女の火あぶりなんてものも、この世界ではないのだろう。だって多分みんな魔女みたいなものでしょ?

 

 史実を知るなら先人の遺したものを見よ。


 それに覚えておいても損はないだろう。

 何より暇なのだ。



 ということで、思い立ったが吉日。


 文字を覚えるのには本が一番手っ取り早い。

 ママンにでも頼んで本が読めそうな所に連れて行ってもらおう。

 脱走未遂が発覚した後に、監視の目はかなり厳しくなったわけだが、その代わりに部屋の外へ出してくれる頻度が若干高くなったのだ。相変わらず屋敷の外にはいけないし、この部屋にすぐ戻されてしまうのだけど。


 まあいい、早速呼ぶとしよう。

 

「あー、あおー! あいー!」


 思い切って腹から声を出す。

 これはあれだ、呼び鈴がわりとでも言おうか。俺が必死に編み出した言語だ。こうすると、声を聞きつけた誰かがすっ飛んできてくれる。まあ大抵はマイヤさんだけど。

 一体いつになったら大人と遜色なく喋れるのかと、夜中に小さな声で練習をしているんだけどな、いまだにうまく喋ることが出来ないのだ。


 誰かが部屋に来てくれるまで、発声練習がてら声を出してようと思っていたが、案外早く来てくれた。


 足音がする。


 さあ、俺を新天地へと連れ出してくれ。



――ガチャ



「ふぇるー、どぅしたのー?」

「あうああう(チェンジで)」


 呼び鈴に気づいたのはまだ4歳、兄のテリシアだった。

 テリーは呼ばれたことが嬉しかったのか、扉を開けるや否やニコニコとこちらを見ている。


 だけど違う! テリーじゃダメだ……。


 俺が行きたいのは本がある場所だ。まさか運んでもらう訳にもいかないしな、来てくれたことは嬉しいが、4歳のかわゆい男の子があたしを連れ出すにはまだ早いわ。


 しかし困った、また声を上げて誰か大人を呼ぶか。いや、でもそれだとテリーになんとなく申し訳ない気がする……。いや、でも赤ん坊ならそのぐらいは普通なのか? でもなあ、それだと俺のプライドが許さないだろう? 18歳も年下の子を俺の勝手な理由で悲しませるのは気が引けるだろう?



 しばらくどうするか頭を悩ませていると、テリーが持っていたものに目がいった。


 よく見たら、3歳児では持つことすら大変そうな分厚い本を両手に抱えているではないか。


 馬鹿でかい……、辞書か? よく持てるな。


 なぜこんな所で辞書を抱えているか疑問ではあったが、そんなことより兎に角本だ。


 俺はすぐさまテリシアの抱える本を指差した。


「あぃ!」


「どうしたのフェル。あ、ご本を読んでほしぃの?」


 流石我が兄だ。


 私の意図を即座に読み取り、これぞまさに兄の仕事とばかりに本を開いてくれた。


 しかし兄よ。

 幾ら何でも辞書を読み聞かせするのは、流石に斬新すぎではなかろうか。弟的には少し将来が心配である。

 


「むかーしむかしのあるところに、あなすたしあという、とてもきれいな、にんげんぞくの、おひめさまがいました!」


 あ、これ辞書じゃねえ。

 絵本だこれ、かなり分厚い絵本だこれ。


 よくよく見てみれば、表紙は少女の姿を象ったゴテゴテの装飾が施されているではないか。前の世界に持っていっても相当な値が出そうだ。


 それに絵本なら物語の流れが絵で分かるし最高じゃないか。


 流石は我が兄だ。




――――




「……そこぇ、まぞくと。たたかうため……、に。おーさまが……」


 10分ほど経っただろうか。今は50ページほどある中の11ページ目に到達した所だ。アナスタシアと言う姫が魔族に攫われてしまったので、今から王様がなんかをするらしい。のだが、序盤はテンポよく読んでくれていたテリシアは、どうしてか少し前から語気が薄れてきていた。眠くなってしまったのだろうか。


 俺は心配になってテリーの顔を覗き込む。


 すると視線に気付いたテリーはこちらに目を移し、申し訳なさそうに言った。


「フェルごめんね……、おかぁさんによんでもらってるんだけど、ぼくここまでしかわからないんだ」


 なるほどそういう事だったか。


 まあ仕方がないだろう。むしろ4歳にしてこれだけ読めるのだから大したものだ。兄上は将来有望だな。


「だからこのご本、フェルにあげるね!!」


 そういうなり、テリーはゆりかごの中に俺とこの馬鹿でかい絵本を置いて、綺麗な金髪をなびかせ颯爽と部屋を出て行ってしまった。


 ふむ、子供名探偵ばりの知性にその上優しさも持ち合わせているとは、ますます期待できる。


 だが我が兄よ、生後6ヶ月のベイビーにご本だけ渡されても読めるわけがないぞ。


 テリシアの天然属性に俺は苦笑する。

 正直ざっと目を通してもよくわからんし、かなり時間をかけないとわかりそうもないな。


 あとはまあ、本を見ている所がこの家の誰かに見られたりしたらかなりやばい。

 角が危ないとかなんとか言って持って行ってしまう可能性もあるからな。注意せねば。



――



 部屋に差し込む日の傾きから大体2時間が経ったくらいだろうか。

 テリシアが読んでくれた所を思い出しながら照らし合わせ、なんとか絵本も半分ほどまで読み進めることが出来た。

 かなり分厚かったからな、結構な重労働になると気合を入れていたけど、これは絵本だ。ページ数にしては文字も大きいし半分が絵だ。さほど苦にはならなかった。


 むしろ、なかなかどうしてパズル感覚で楽しい。

 未知の発見をする考古学者気分で解いていくのだ。


 読み進めた所を要約すると、今からかなり昔、人間族、魔族、そして天神族の三大種族は長い戦いを繰り広げてきた。

 その火種となったのが、魔族の王。つまり魔王が人間の姫アナスタシアをさらった事からはじまる。


 その火種は見る間に大きく燃え広がり、獣人族をも巻き込んだ大国の大戦争。

 そこに、一切の中立を崩そうとしなかった、妖精族の神さまであるティターニア様とやらが、異界の人間に信託を授け呼び出したという。名前をタロー。


 とまあここまでがこの絵本の半分だ。


 続きが知りたいが、解らない文字が多すぎてもう全く理解できない。

 確かに絵だけを見ていけば、物語の内容はなんとなく掴めるだろうけど、負けた気がするのでやりたくない。


 それに監視員マイヤさんがそろそろ来そうな予感がするしな。これから先はもう少し勉強してからチャレンジするとしよう。

  


 だけど俺以外にも異界の人間がいるとは驚いた。しかも名前がタローだなんて。

 まあでもそうか。何か俺にはやるべき使命があるんじゃないかなんて厨二病心をくすぐられてたけど、そう言う訳ではないっぽいな。重要な人間は召喚されるものなのかもしれない。


 大体、魔族やら獣人族なんて地球には存在しなかったワードだ。


 魔法もあるわけだから、やっぱりこの世界にはそう言う類の生き物がいるのか。


 もし獣人がいるなら是非耳を触らせてほしいものだな。ケモミミとやらを。





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