移動手段
転生生活5ヶ月目。
やった、やったぞ!
俺はついに世界を獲ったんだ!
大空に羽ばたくんだ!
木の床を這いずりながら俺は叫んだ。
まあ実際には喋ることは出来ないんだけど。
とうとうハイハイが出来るようになったのだ!
正確にはずり這いに近いわけだが、何はともあれこの小さな鳥かご(ゆりかご)の中からようやく抜け出すことに成功したのだ。
今は部屋の床を這っている真っ最中である。
実を言うと、この家の人間たちは過保護すぎるのだ。
いつも俺が寝ている部屋と、食事をするリビング以外はほとんど見たことがない。
俺が行きたい方向に指差しても、「危ないからだめよぉ」とか何とか言って、行くことが出来なかったのだ。
そんな歯軋りしながら外の景色に夢見る毎日ともおさらばだ。
これは完全極秘ミッション。
俺はこの”一人で動ける”という事実を誰にも見せてはいない。つまり人知れず特訓していたこともヤツら(この世界の家族)は知りもしないだろう。
もし見つかれば懲罰房行きは確定だ。
誰にも見つかってはならない。
俺は期待と焦燥感で逸る心臓に一つ深呼吸をし、息を整える。
よし、早速外の世界を拝むとしよう。
――ガチャ
まて、この音はなんだ? 扉の擦れる音?
おかしい、俺はまだ扉に手をかけてすらいないのに……?
「フェルぼっちゃま、おしめを替え……」
上から聞こえたその声に、俺は反射的に顔を上げると、幽霊でも見たかのようにパチクリと目を瞬かせるマイヤさんと目があった。合ってしまった。
「…………あぅ」
「……きゃあ!! 奥様、旦那様! フェル坊っちゃまが!!」
呆けた声を上げる俺を尻目に、マイヤさんは一瞬の間をおいて叫びながら部屋を飛び出て行った。
くそっ、抜かった!
マイヤさんの足音に全然気がつかないとは……っ!
と言うか足音してたか?
終わった。
————
あれから10分ぐらいがたったくらいだろうか。所定の位置に戻され絶望していると、ある男が俺の部屋で馬鹿でかい声を張り上げていた。
「おおお!! すごいじゃないかフェル! 俺にも見せてくれ!!」
ブラウンの短髪を丁寧に切り揃え、キリリとした目に少しのあご髭。
ほっぺたに黒いインクみたいなものをつけている、どうやら仕事中だったようだ。
俺の実年齢とさほど変わらないだろうイケメン親父、リドル=フェデルタはめちゃくちゃ嬉しそうに俺を抱きかかえ、ジョリジョリした髭を俺に擦り付けてくる。
「ほらフェル! 見せてくれ、俺に! 勇姿を!」
何を? などとと聞くまでもなく、俺の移動機能が追加された事をその目で見たいのだろう。
まあつまりハイハイが見たいって事だな。
大方マイヤさんの報告を聞いて、やってた仕事ほっぽり出してきたのだろう。俺の気持ちなど御構い無しだ、全く暑苦しいったらありゃしない。もし俺が娘だったら『パパきらい!』なーんて言われて一発K.O.だったに違いない。
しかしこの世界の父親がご所望である。親孝行はせねばならん。
床に降ろされ、俺はゆっくりとリドルの周りをくるくると回った。
「おおおおお!! さすがは俺の子だ!」
「フェルは運動神経がいいのよねぇ。将来は冒険者かしらぁ」
再び馬鹿でかい声をリドルが上げていると、後ろからアリシアの声が聞こえてくる。
いつの間にやら部屋に入っていたらしい。
しかしそんなに騒ぐ事か。確かに褒めらる子はよく伸びるって聞いたことはあるけれども。幾ら何でも親バカすぎやしないだろうか。
これから俺は両親を息子コンプレックス、通称ムスコンと呼ぶことに決めた。
全く将来が心配である。
しばらくハイハイをせがまれていると、今度は遅れて兄のテリシアが部屋に入ってきた。
「フェルぁすごいねえ!」
そう言いながら、慣れない手つきで俺の頭を撫でてくる。
少し舌足らずな喋り方。母親譲りの金髪に、父親譲りのイケメンスマイル。これは将来きっと女泣かせになるだろう、これで4歳と言うのだから驚きだ。
なんてことを考え、ふとあたりを見回すといつの間にかこの家の人間が総出で俺のハイハイを見ていた。
マイヤさんまで止めることもせずニコニコ見てるし、密集率が高すぎる……。いくら家族とは言え、まだちょっと人見知りが取れてないんだから、少しだけ気まずい。
まあだけど、前の人生ではこんなに褒められた記憶がないからな。
親バカだとは思いつつも悪い気はしないな。うん。




