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そりゃそうだよ母乳




 あれから3ヶ月ほどの月日が経った。



 アナタハカミヲシンジマスカ?



 あの不可思議な事故の後、目を覚ました俺。


 てっきり俺は植物状態になったものだと思って絶望していたわけですが。

 回りくどいのもなんだ結論から言おう、俺は新たな生命を授かったようだ。



 別に俺に子どもが出来たとかそういうのではない、むしろ俺がベイビーになってた。


 なんと俺が暮らしていた日本とは全く別の世界で生まれ変わっていたのだ。


 この事実を受け入れるのにそれなりの時間を有してしまったわけだ。それもそうだろう。

 事故の影響で体もうまく扱えず声も出せなくなった、と考える方がよっぽどリアルだったし、こんな不幸人生だ遅かれ早かれ大きな事故は起きると考えていた。


 俺も良くわからなかったさ、赤ん坊である自分の姿が窓に映り込むまでは。


 初めの1ヶ月あたりは目がよく見えないままだったんだ、定期的に抱えられて、視界全体が磨りガラスを嵌めたみたいにぼやぁーっとした景色をただ眺めているだけの生活だった。


 二十歳も超えた男を抱えるなんて変だとは思ったけど、体が動かなくなった俺を励ますためにやってくれてるものだと思い込んでたのだ。変だけど。


 そこから2ヶ月目にに入ったあたりだったか。

 ぼやけていた視力がすっかり回復して手足も動くようになったのだ。もう俺は飛び跳ねたいくらい嬉しかったね、出来なかったけど。


 だからやることもないし、ベッドから見える近くのものから遠くのものまで見まくってたわけだ。戦時中の病院かってくらいに質素な部屋の作りに、剥き出しの梁。古ぼけた洋風のタンス。馬鹿でかい蝋燭。見れば見るほど俺の頭の中は「なんで?」という疑問が湧いてきた。


 そんな時だった。


 いつものように俺がナースに抱えられたところで見てしまったのだよ。

 大層美人な女性に抱えられる赤ん坊が、真っ暗な夜の窓に映り込んでいたのを。


 俺だった。


 いやービビったね。すぐさま確認したよ、ちっちゃーいお手手ををニギニギと。

 初めはどうしても信じられなかった。でも窓に映る赤ん坊に手を振れば振り返し、引きつった顔までおなじだったんだ。

 そこからの日々は毎日寝て起きたら頬をつねることの繰り返し、しかし待てど暮らせど俺は赤ん坊のまま。

 もう絶望を通り越してただただ困惑したね。


 あ、そうそう困惑ついでにもう1つ大事な事。


 檻のようなゆりかごに一日中いる赤ん坊が何故異世界という決定的事実に気がついたのか。まあ理由は単純明快だ。


 ナースさんが魔法を使ったのだ。


 科学は魔法だとか、マジックの類ではない。正真正銘の魔法。THE・ファンタジー。


 そして俺を定期的に抱えてくれる金髪美女。毎日来てくれるもんだからてっきりナースだと思っていたんだが、彼女はこの世界における俺のマッマらしい。


 その彼女が見せてくれたのだ。


 手のひらから小さな炎を。 


 まあそれだけでは手から炎を出すマジックした可能性もなくはないけども、そんなちょけた母親がいるだろうか。

 いや、魔法が使えたとして、それを自分の息子に見せるのもかなりちょけてはいるが。


 指の先から小さな炎を起こし、そのまま部屋の隅に置かれている大きめの蝋燭に灯したのだ。


 ファンタジーとは無縁な世界にいた俺にとって、理解するのにかなりの時間がかかった。

 あんなの地味だったクラスの女の子が、久しぶりに同窓会であったらめちゃくちゃ美人になってた!とかそういう意味のファンタジーではない。


 初めはライターでも隠し持っているのかとも思ったんだがそう言うわけでもない。


 それを毎日見せられていたんだ、いやでもその事実を飲み込んだ。ここは俺の知っている世界ではないことを。



 そして昨日仕入れた新情報がある。


 まず俺の名前はフェリクス=フェデルタ。これはこの世界で一番最初に覚えた言葉。というか名前だな。


 次に家族構成。

 父、母、兄の3人に、メイドのマイヤさん。マイヤさんは黒髪で綺麗な顔立ちをした美人さんで、1日の大半は俺と顔を突き合わせている。おそらく俺が危ないことをしないか見張っているんだろう。


 そしてここは、レヴェリア王国フェデルタ領の一部、アシエ村。

 フェデルタ領……。そう、この名の通りうちは田舎の小貴族。

 

 アシエ村は秋になると麦畑が一面に広がりとても美しい村で、小高い丘のてっぺんに建つに我が家から眺めると壮観なのだそうだ。


 ちなみにこの家の主人、つまり俺の父親リドル=フェデルタ子爵はかなり腕が立つようで、その腕前を買われ騎士爵から子爵にまで成り上がった皆に好かれるいい領主らしい。


 そう、これらは全て伝聞にしかすぎない。

 生まれ変わり、新しい俺の両親は“超”がつくほどの過保護で、俺は未だにこの屋敷の外へ出たことがないのだ。生後3ヶ月にもなって外の世界を見たことがないなんてかなりやばい気もするわけだが。


 まあそれにもかかわらず、俺がこの世界の事情について知ることが出来たのは(ひとえ)に、この世界のお母様とメイドのマイヤさんのおかげに他ならない。


 転生したこの身体は覚えがいいのか、それとも赤ん坊というものは本来こんなものなのか、それを俺は知る由もないわけだが、スピードラーニングもびっくりこの3ヶ月で、この世界の聞いたこともなかった言語をかなり聞き取れるようになっていたのだ。


 理由は多分。暇だったんだ。


 いつも何かから追われるように生きていた前世からすれば、考えられないような長くゆったりとした時間。

 生まれ変わったという事実に気がついた後も、不幸ごと一緒に引き継がれているんじゃないかとビクビクしていた、が特に何かがあるわけでもない。

 

 俺は歓喜した。


 元々あんな人生だ。そんな中で支えてくれていた前世の両親や妹、数少ない友人。

 思うところはあったが、不思議と前世の執着みたいなものもなかった。何も考えずに寝て起きてを繰り返しながら、毎日を悠々自適と過ごせる生活を心から楽しんだ。


 が、3日で飽きた。


 常に先のことを考えながら最悪の状況にはならないようにする人生に、どうやら俺は完全に調教されてしまっていたらしい。何かを考えていないとどうにもソワソワしてしまう、どこか強迫観念のようなものなのかもしれない。


 そこで俺はちょうど、熱心に話しかけてきてくれるお母様とマイヤさんの言葉を真剣に聞き取りまくったと言うわけだ。


 しかしこの彼女たちが“話す”と言うのが想像の数倍はやばい。


 単に「これは~だよ」とか、「かっこいい」、「かわいい」とか言うよく見る赤ん坊に話しかける単語とか、そんな生やさしいレベルじゃないのだ。


 今日見た村民の子供がどうだったとか、久々にいった市場の話だとか、そんなことを延々と話し続けている。しかも相槌を求めてくる。赤ん坊に話しかけるレベルじゃない。


 もしかしてお母様は俺の生まれ変わりに気づいているのかとも考えたがそう言うわけでもない。

 普通に考えればかなり変人の域だ、最初の頃は屋敷の中で孤立しているのかと心配したぐらいに。

 

 だが俺にとっては好都合だった。大いに有効活用させてもらった。


 するとどうだろうか、文節を見極め、声のトーンやイントネーション、表情の動きから、彼女たちの話す言葉が少しずつ理解できたのだ。


 ちなみに地球で学んだ言語のどれでもなかったわけだが、文法の作りがちょっぴり日本語に近いような気もする。





「フェルー、ご飯の時間ですよぉ」


 あぁ……。そうこうしているうちにまたこの時間が来てしまった。


 楽しい1日の中で最も憂鬱な時間が。


 ご飯。


 赤ん坊にとってそれを意味するのは母乳だ。精神的には20年ちょっと経ってはいるがこの身体は赤ん坊なんだ。

 当然といえば当然、だが。


 確かに、こちらに微笑みかけている美しい女性。

 俺も立派な男の子だ。本来ならばこれほどまでに贅沢なご褒美はない、と言っても過言ではないのかもしれない。


 だがしかし!!


 ちっとも興奮しないのだ。


 これは人間本来に備わる機能とでも言うべきなのだろうか、俺の実年齢とほとんど変わらない“母親”のおっぱいには全くもって欲情しない。


 ただただ罪悪感だけがじんわりと残るだけ。


 本当にじんわりと。


 哺乳瓶でもあればいいんだけどな、まああるわけがない……。


「あら……、まただわ。またフェルが飲んでくれない」


 そして極め付けはこれだ。

 俺を優しく抱えているお母様が今にも泣き出しそうな顔でのぞいてくるのだ。


 この世界の仕様に気がついてから1ヶ月経ったが、未だにこれだけは慣れない。


 まあ、確かにお母さんの気持ちになれば心配なのもわかるけども。


「あたしがいけないのかしら……、テリシアの時は大丈夫だったのに……」


 やめてくれ!俺だって辛いんだ。そんな目で見つめないでくれ!!

 わかったよ、飲めばいいんでしょ。飲めば!!



 俺は意を決して一気に母乳を呷る。



「よかった!たくさん飲んでくれたわ!いっぱい飲んでパパみたいに大っきくなるのよぉ」


 アリシアは再び笑顔で言う。



 これがほぼ毎日続いているわけだ。



 早く歯とか生えないかなあ、といつも歯茎を触っているわけだけど、ふにゃふにゃだ。


 今日はいつにも増してふにゃふにゃな気がした。




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