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マイヤの思惑

今回は三人称マイヤさん視点になります。






「これは……大変なことになりました」



 フェデルタ家の使用人として働くマイヤは、キッチンの真ん中で頭を悩ませていた。


 マイヤの雇い主であるリドル=フェデルタ子爵がアリシアと共に、長男の【神の祝福(スキル )】を授かるために王都へ向かったその翌日のこと。

 

 マイヤはボロボロの白パンと燻製肉を手に持ち、わなわなと震えていた。


「この小さい喰い口……、やられた……」


 この日のために、特別に仕入れていた西アーケン地方原産アルコ鶏の燻製肉とフワフワの白パン。それらは無残にもネズミに食い荒らされてしまっていたのだ。

 

 一体いつ、どこから侵入したのだろうか。屋敷内には保護魔法もかけておいたし、敷地内にすら野生の動物が入ることなんて殆どありえないと言うのに。しかもこの時期はよけいにありえない。


 まさかフェル坊っちゃまが?いや、それはないだろう。あの子はとても頭がいい子だ、ましてや盗み食いなどをするような子には思えない。

 やはり旦那様方が出るときのゴタゴタに紛れて入りこんだのかも知れない。


 しかし普段のマイヤならばすぐにこの原因の究明に努め、二度とこの屋敷に踏み込まないよう対策を立てていたはずだが、この日はいつもとは少し違った。



「いけません。今日こそは坊っちゃまをマイヤの料理で笑顔にして見せるのです」



 と言うのも、マイヤがこの屋敷で働き出したのはちょうど7年前のテリシアが生まれた頃。爵位をもらったばかりの若い貴族の屋敷で、マイヤは家政の全てを任された。

 貴族とはいえ、夫婦二人と子供一人のみ、仕事自体は日々の掃除や洗濯、家事育児の手伝いをするだけで、マイヤはそれらを難なくこなしていた。

 しかし、幸せな暮らしを築くこの家族を微笑ましく思っていたマイヤにも、一つだけ不満があったのだ。



 料理の作り甲斐がない……っ!



 この屋敷の人たちは、マイヤが作る料理全てを美味しいと言って食べてくれる。事実、自らが提供できる中で最高のものを出しているという自負もある。

 それはとても素晴らしいことだ。

 

 ただ、都会の理不尽な貴族どもに長年苦労させられていた時に比べると、どうしても仕事の手応えというものが薄かった。自ら望んでこの環境に落ち着いたはずだったのだが、マイヤにとっては昔の方が性に合っていたのかも知れない、そう思うことも多くなっていた。


 確かに旦那様は成り上がりの田舎貴族、王都にいる無駄に金を使うようなバカな貴族ではない。


 だが、それにしてもカチコチの黒パンや豚の塩漬け肉と、ズブズブに煮たくった豆のスープを好んで食べるリドルには、もう少し貴族としての威厳が欲しかった。

 


 まだこの村に来たばかりの頃に、一度だけ聞いて見たことがある。



「旦那様、もう少し良いものを食べられてはいかがですか?私が選んで参りますので」


「いやあいいよ、俺は慣れてる飯が一番しっくりくるんだよなあ!あっはっはっは!」


 そう言いながら笑うリドルに、マイヤは「左様ですか」と言う事しかできなかった。

 使用人がそれ以上踏み込む事はできないし、マイヤが昔働いていた屋敷では、食事に金をかけ過ぎたせいで没落した貴族もあった。実際この安上がりな食事のおかげで、フェデルタ家の食費がかさむ事はない。


 そう、それでいいのだ。

 使用人が口を挟むべきではない。

 ならばその中で出来る最高の料理を出そうではないか。


 そうマイヤが考えていた矢先、フェデルタ家に第二子が誕生した。


 名をフェル=フェデルタ。父親の焦げ茶の髪と母親の金髪を混ぜたような、明るい栗色の頭をした可愛い男の子だった。


 すると、マイヤはフェルのお世話をし始めてからすぐ、この赤ん坊に違和感を感じていた。

 夜泣きはおろかほとんど泣く事はないし、生活リズムが我々と全く変わらない。極め付けは、おしめを交換する時にどこか申し訳なさそうに感じたのだ。


 マイヤにはどうしてもフェルが、赤ん坊に似つかわしくない喜怒哀楽以外の“感情”があるように思えてならなかった。


 とはいえ、よくゆりかごから抜け出そうとしたり。どんなくだらない魔法でもとても喜んでくれたりと、悩まされることも多かったが、そう言った赤ん坊らしい一面が可愛らしくてマイヤは好きだった。




 そんな生活を続け、フェルが喋れるようになったある日の夕食のことだ。

 

 フェルの食べるペースがいつもより遅い。

 どこか具合でも悪いのか、それとも料理に何か不満があるのか。


 心配になったマイヤは静かに聞いた。


「フェル坊っちゃま、いかがなされましたか?」


 すると、フェルは若干申し訳なさそうに、ゆっくりと切り出した。


「あぁ、いや、ちょっと……。この黒いパンが硬いなーと思ってさ、やっぱり慣れなくて」



 フェルのその言葉を聞いた時、マイヤは何も言うことができなかった。 

 そんな事を幼いフェル坊っちゃまに考えさせてしまっている自分が情けなかった、からではない。


 同じ考えを持ってくれていることが、マイヤは純粋に嬉しかったのである。


 もちろんリドルもアリシアも、白パン自体は何度も口にした事はあるだろう。だが彼らはその上で「別に黒パンでもいい」と言っているのだ。テリシアも特段に気にした様子はない、生まれた時からの環境になんら疑問は持っていない。



 だがフェル坊っちゃまは違う。いや、違ってくれた。


 幼いながらに黒パンが硬いと言う事実に気がついてくれた。


 マイヤはすぐにでもフェル坊っちゃまに伝えてあげたかった。


 白パンのあの風味豊かな香り、口に運んだ時のしっとりとした食感を。


 ああ、今すぐにでも伝えたい。



 そこまで考えたところでマイヤはふと我に帰る。


 いや、落ち着いて考えよう。

 

 この国の食というものは天井知らず。

 より良いものを、美味いものを求めればそれだけ値が張るのだ。一説によれば果物一つで国を売ってしまったバカな王様がいたという話も聞く。


 フェル坊っちゃまも心根の優しく良い子ではあるが、下手に美味いものを買い与えてしまったが故に、食い物に溺れたあの没落貴族のようになる可能性もある。

 それだけは絶対に避けねばならない。



 どうするべきか。



――――――



 と、そんなこんなで時は流れ現在にいたる。


 フェルが食べ物に溺れないようにしながら、尚且つ美味しいものを食べさせてあげるにはどうすれば良いかを考えた結果。

 お金を稼ぐことの大変さを教え、対価としてあげようということになったのだ。貴族というものは、なまじ金があるせいで望めば大抵のものは手に入ることが多い。バカな親を見て傲慢な人間に育ってしまった子供がどれほどいたか、マイヤは知っていた。

 

 だがフェデルタ一家全員がいる中で、フェル坊っちゃまだけに差し上げるというのは些かはばかられる。

 そのためマイヤはフェル坊っちゃまが屋敷で一人になる絶好の機会を窺った。


 そしてとうとうやってきた、テリシア坊っちゃまのスキル付与、つまりは誕生日の前後に計画を立てたのだ。


 全てがうまく運んでいる。




「はずだったのに……っ!」


 完全に油断していた。

 一応念のためにかけておいた軽い保護魔法をこうも簡単に破るとは考えてもいなかった。


 このままではマイヤの計画は頓挫してしまう。それはまずい。

 昨日、フェルがマイヤのちょっぴり恥ずかしい過去を知っていた事もあり、できれば今日中に食べてもらいたかったのだ。

 美味しいもので全てを忘れて欲しかった。



 だからと言って、まさかこのネズミの食いかけを出すわけにもいかない。



 マイヤはキッチンの真ん中で小一時間悩んだ末に結論を出した。



「買いにいきましょう!!」



 フェルに昼食を出してからさほど時間は経っていない。

 今から村の市場へ行き、それから夕食の準備をしても十分間に合う時間帯だ。


 村の市場に出回るものは基本的に黒パンしかないが、ごく稀に白パンが売られている時がある。

 誰かが購入してしまうという心配はない。たまにしか売られないのは、誰も白パンを買えるほどの余裕がないからだ。


 その点マイヤにはお金があった、今まで使用人として働いてきた金のほとんどを使う事もせずに貯めておいたのだ。


 もし今日がちょうどその日ならば全てが万事丸く収まる。



 むしろ今はそちらよりも、書斎でいつも通り本を読んでいるであろうフェル坊っちゃまをどうするかの方がよっぽど大問題だった。



「こっそり裏口から抜け出せば、フェル坊っちゃまにバレないでしょうか……」



 いや、坊っちゃまは赤ん坊の頃から脱走癖がある。

 最近は特に外の世界に興味を持たれていたようだし、万が一にでも私がいないことに気づいたらどうなるかはわからない。

 

 それに何より、坊っちゃまを一人残してこの屋敷に置いていけるはずもない。

 どれだけフェル坊っちゃまが賢くとも、私には責任ある。美味しいものを食べさせてあげえたいというのは私の勝手なエゴに過ぎないのだ。


 非常に残念だがこの計画はここでおしまいのようだ。またいつか機会があるかもしれない。

 マイヤがそう頭の中で決心しようとした時、背後から幼い声が聞こえた。


「どうかしたのマイヤさん。何がバレないの?」

「ひゃっ!」


 いつもなら夕方まで二階の書斎に篭りきりのフェルが、心配そうな顔をして立っている。マイヤは思わず身体を飛び上がらせた。


「ぼ、坊っちゃま。なんでもございません」


「そう、それならよかった!なんだか寂しそうな顔をしてると思ったからさ、ちょっと心配になって」


 ほっとあからさまに安堵するフェルの表情を見て、マイヤは自然と笑みが溢れる。

 この大袈裟なほどの優しさを大人になっても忘れないで欲しい。そう願いながらマイヤはフェルに聞き返した。 


「ご心配をお掛けしました。それで坊っちゃま、私に何か用があったのではないですか?」

 

「あ、そうそう!この植物の本なんだけどさ。このナメツグ草っていうのはこの村にも生えてるの?」


「ナメツグ草ですか……」


 ナメツグ草というのは、この国原産の珍しい多年草の一種である。

 しかし珍しいとは言ったものの、特にこれと言って特徴があるわけではなく、雑草となんら変わらない見た目をしていることが特徴と言えようか。知っている人間でも、目を凝らさなければ見分けられないほどである。


「ええ、ございます。特に気候の関係からか、この村ではかなり多く見られますよ」


「ほんと!?じゃあさじゃあさ、この屋敷からでも見れたりするかな?」


 目を宝石のように輝かせて言うフェルに、マイヤは押し黙ってしまう。

 この村でよく見られると言っても、この屋敷の周りは木が生い茂っているのだ。地面に生える草を見る事はできそうもない。


「それは、どうでしょう……。屋根の上に登ればもしかすれば、見えるかもしれません……」


「そっかー。そうだよね、ここらへん森だもんね……。見えないかー」


「この時期にナメツグ草ということはあれですね?」


「そう!この本には文字でしか書かれてないからさー、この目で見たかったんだよ。マイヤさんは見たことあるの?」


「ええ、もちろんございます。この村のナメツグ草は特に有名ですからね」


 雑草にしか見えないナメツグ草をフェルがどうして見たがっているのか、そしてこの村の特産とされているのかには理由がある。

 

 実はこのナツメグは、4年に1度、秋の初めのこの時期にだけ小さな花を咲かせるのだ。

 特に大きかったり煌びやかであったりするわけではないが、その数の多さやこの国でしか見られないという希少性も相まって、混じり気のない真っ白な花弁が一面に広がるその様はまさに絶景だという。


 その4年に一度の開花時期がちょうど今年なのだ。


 マイヤもその事は知っていた、というよりもこの村にいながらその景色を見ることが出来ないのはフェルくらいなもので、村を歩けばどこでも簡単に見ることができる。



「はぁー、見たかったなあ……。4年後かぁ」



 そう言いながらトボトボと書斎へ戻って行こうとするフェルを見て、マイヤは心の中で激しく葛藤していた。





 どうする。


 人一倍外の世界に興味を持っているフェル坊っちゃまがここまで落胆している。


 しかし、この国風習では5年は出してはいけないということになっている。


 だがそれも正直曖昧だ。地域によっては4年のところもあれば、早いところは3年で大丈夫という所もある。


 というよりも私が雇われた屋敷では大抵が3年だった。だがそれでも何事もなかったのだ、バカに育ってしまうということならば、そうかもしれないが。


 旦那様方は心配するあまり、一応念のためと5年の期間を設けたけど。


 正直こんなフェル坊っちゃまを間近で見ている私の身にもなってください!!


 色々なことに興味を持って、私を信頼して聞いてくださる可愛い坊っちゃま。それなのに。


 「これも外に出なきゃ見れないよね……?」なんて言われて、もう胸がいつも引き裂かれそうになるんです!


 いっそのこと一緒に村へ行ってみようか。そしてフェル坊っちゃまにふわふわの白パンを!


 いや、しかしそれで万一のことがあればどうする。



――――――――


――――――


――――


――



「……坊っちゃま!!」






見返していると、どうも話の立ち上がりが遅い気がしますね。

やはりもう少し短めに書くべきなのでしょうか。

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