ハローワールド
眠気をかみ殺すように、すぐさまボールペンを走らせた。
今年で22歳を迎える俺は一体何をやっているのだろうか。
いや、わかってはいるのだ。
俺がこの世に生を受けてから、不幸というものに“幸運”な質なことは。
逆子で生まれ、小さな事故なら数知れず、悪いことばかりが俺の身に降りかかった。
外を歩けば鳥のフンはどこからともなく飛んでくる。
体育のマラソン後、水道の水が俺だけ出なかったり。よく不良に絡まれるし、この間なんて危うく臓器売買されるところだった。
しかしこれだけならまだ良い。
骨折した回数は、覚えているだけでも先週の事故で400回を超えた、脱臼にヒビを合わせればゆうに1000回はくだらないだろう。やったね。
こんな俺はもうボロボロだ。
身体がではない心が、だ。
生憎と身体の方はすぐ治ってしまう。大抵の骨折くらいなら1週間そこらで治ってしまうのだ。小さい時はよくいろんな病院で検査させられたっけ。
そんな俺は20年間ずっと考えていた。
神はなぜ俺にこの人生を与えたのか。何か使命があるのかもしれない、俺にしか出来ない何かが。
なーんて厨二病全開なことを本気で考えた時期もあった。
だがおそらく意味などないのだろう。
どうせ神様が「あー、なんかちょっとやべえやつ入れとく?暇だし」的なノリで産まれてしまった、悲しきミュータントなのかも知れない。
そういえば中学生の頃だったか、不幸の先にはコイツありだなんて言われていたっけ。
そうだ、そんな人生なのだ。
つまり今現在卒論を書いていたPCがぶっ壊れ、それを保存していたUSB17個が全て逝ってしまったことにも。
しっかりと払っている公共料金の催促状が、おびただしいほどにポストへ投函されていたことにも。
清純そうな初恋のトキコちゃんが、地元に帰ったらくっそヤンキーになっていたことにも説明がつくわけだ。
……って。
「ふっ、ざけんな……!!」
思わず机に叩きつけた拳がじんわりと痛む。
「納得いくかそんなもん!」
俺がどんだけめんどくさい人生を歩んできたのか分かってんのか!?
あーあー、わかってんだろうな、神様だもんな!!
どうせ禿げたクソジジイだろうな!
この話を少しだけ聞いたくらいのやつなら「人間生きてたらそういう事だってたくさんあるよ、気にしすぎ」と気持ちの悪い薄ら笑顔を浮かべるやつがいる。
1時間前行動は必須。
電車やバス、基本的に自分以外の人間の手が加わるものは使わない、自転車か歩き。理由は単純明快。俺の周りでは常に事故が起こり続けるわけだ、つまり電車なんかで移動したら……わかるだろう。考えただけで恐ろしい。
とにかくこんな俺だ。他人にまで迷惑をかけることはしたくない。
出先では常に全てを想定した荷物を持っていくわけだから、毎日が小旅行ほどの量になる。
こんな生活でも、人間は誰しもこういう事をしているのでしょうか。俺の知る限りはない、皆無だ。
まあおかげで事前に確認することと対策をすること、予習復習は完璧にするようになったわけで。
この不幸人生の中でこれだけは良かったことと言えようか。
うーん我ながらポジティブだ。
とまあそんなわけで卒論を書いているわけだが、提出期限は半年後。まだまだあると思ったそこの君。
そう、足りないんだよ。
ちょうど今書いていたボールペンが折れたように、息をするように起きるこの不幸の数々の前では時間など無に等しいのだ。
「あぁ、ストックしてた分のやつもう無くなってるわ……。買いに行くか」
この不幸人生ではお金との戦いでもあるわけで。そろそろ貯金も尽きてきた。また出来るだけ人に合わないバイトを探さないといけない。
だがそんな愚痴をこぼしていても始まらない。今に始まった事ではないのだ。
めんどくさいけど買いに行くことにしよう10本は欲しいかな。
手巻き式の腕時計を見ると、ちょうど3時を回っていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「2055円になります」
ボールペン15本分の代金を支払って店から出る、まだ11月だというのに外では雪がちらついていた。
「どうりで寒いわけだ」
雪はあんまり好きじゃない。冷たいし。
近くをぶらついていても碌な事がない。雪に浮かれて足を滑らせでもしたら大変だ、買ったものぶっ壊れる前にすぐに帰ろう。
「あれ……人が、いない……?」
そのまま俺はそそくさといつもの家路に着こうとし、何か違和感があることに気がついた。
いつもの道、今はちょうど4時。
閑静な住宅地を抜けて、少し開けた大通り。
おかしい。
そもそもこの都心の一等地では真夜中でさえ人がいるのだ。人がいないなんてことはまずあり得ない。
なんだ?芸能人がゲリラコンサートでも開いたか?
俺は見えない違和感に恐怖しながらもそのまま歩く。そんな事に気づいたところで構っている余裕はないのだ。まだまだ大量に残ってる卒論を書き終えて、早急に金庫に入れなければ。
——刹那。
自宅の数百メートル手前、いつもの交差点に青白い光が迸る。
まるで、ビルを平手打ちでぶっ壊したかような轟音が鳴り響き、地面は大きく揺れ、立っていることすらままならない——
「じ、地震かっ!?」
そう口にした数瞬後――交差点の奥の方から白い10tトラックが路側帯を越え、柵をぶち壊しながら俺をめがけて大爆走してくる。
突発的な現象に俺の足はうまく動かない。長年の運動不足が祟ったか。
しかし長年の経験というものか。
これぞ特訓の賜物。
絶対に避けられない事故になる。
俺は瞬間的にそう悟ことができた。
いらねー。
しかし悠長にそんなことを考える間も無く、俺の体は途轍もない衝撃と共に意識は消えた。
慣れきった、むせ返るような血の臭いを残して――
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どこだここ。
知らない天井だ。
病院か?
今、俺は仰向けの状態なのだろう、満足に首を動かすことができず、暖かいオレンジ色が俺の視界めいっぱいに広がっていた。
そうか、助かったのか。
流石にあれは死んだと思ったけど。長年の経験も大したことなかったようだ。
まさに不幸に幸運な男ここに極まれりって感じだな。まさか生きているとは。
しかしまずい。
今の状況を確認するために首を動かそうとした。が、身体全然動かない。うんともすんとも言わない。手も足も。
ヤバイ。
事故の衝撃で植物状態になった可能性がある。
あり得る。
俺ならあり得る。ゆっくりと頭から血がひいていくのが解った。
むしろ俺の人生において、そこまで大きな怪我をしなかった方がおかしかったのだ。そうならない保証なんてどこにもなかった。
むしろ俺は今まで本当に、幸運だったのかもしれない。
「ーーーー!」
俺が焦りながらも必死に体を動かそうとしていると、ギイイと擦れるような音とともに、朗らかで高い声が聞こえてきた。
女性の声だ。
まあ大方ナースだろう。上体を起こして顔を見られない事が悔やまれる。
何を言っているかいまいちわからないが、やけに明るい声だ、ここは病院だぞ。しかも俺は全身動かないんだぞ。
こんな絶望的な状況なのにまるで我が子が生まれた時のような、人生最大の喜びのような声を出して。
悲しいのにつられて笑いそうになるぞ――
「ーーーーーーーー!!」
――何だ!?
唐突に浮遊感が俺を襲う。
抱えられた!?俺を?
いやいや、いくらインドアな俺でも……、確かに最近体重が減ってきてやばいなー、とは思ってたけど流石にそこまで軽くは……。
――ワオ。
息を飲む、とはまさにこんな感じだろう。
俺は戦慄した。
抱えられた浮遊感なんて衝撃は一瞬で吹っ飛んでしまう。
俺の目の前にとんでもないほどの美人がいたからだ。
ぼやけた視界の中、お互いの鼻と鼻がくっつきそうなほど近くの女性。オレンジ色の光に照らされ腰のあたりまで伸ばした金髪。スッと通った鼻筋に、おっとりとした印象を受けるタレ目に大きな瞳。弾けるような笑顔を俺に向けている。
何と穏やかな表情だろう。
心なしかいい匂いまでする。
歳は俺と同じくらいだろうか、いや雰囲気からするとヨーロッパ系に近い、あそこは大人っぽい人が多いからもしかすると年下かもな。
思わず見惚れて眺めてしまっていた俺に向かって、女性は一層とびきりの笑顔で喋りかけてくる。
「ーーーー!」
そうかーヨーロッパ系だもんなー、喋ってる言葉も道理で聞いたことがないわけだ。
一体何語なんだろうな。
英語ではないな、俺喋れるし。
ドイツ語も違う、フランス語も、イタリア、ポルトガル、エストニア、ラテン、タガログ、シルボ……。どれも違う。
聞いたこともない。
は?
いやまて。まてまてまて、ここはどこだ。
病院だよな。
外国人、外国語。
はて。どうして日本の病院に外国語?
「―――――」
依然俺を抱えたまま揺すり続けてくる超絶美人ナース(金髪ヨーロッパ系)。混乱する俺もお構いなしといった感じだ、この様子だともしかしたら俺は表情すらも動かないのかもしれない。
だけどなんだ。
なんかよく分かんないけど恥ずかしくなってきたぞ。
僕大人ですよ!?そ、そんな子供をあやすみたいなの!
ちょ、ちょっともうやめてください!!
「うぁー!うー!!」
……あ、あれ。
うまく口が回らない。
俺はいつものように声を出したはずだ。
それなのに、喉を通して出てくる声はまるで、言葉とは言い難いほどに拙い音。
そうだ、まるで赤ん坊の喃語のような。
え。
あ、あれ。まさか声まで出なくなった?
い、いやいやいや。
そんなバカな、幾ら何でもそれは人生ハードモードすぎますって神様。
いやマジで。
処女作になります。どうぞお手柔らかにー。




