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第2章「この宇宙の向こうで、キミの呼ぶ声がする。」第3話

担任が入って来て、朝のホームルームが始まる。


「今日から、この1年A組に、新しい仲間が加わります。拍手!」


扉が開かれ、背の高い細身な男子が入ってきた。

一層拍手が大きくなる。

彼は教卓の前で、立ち止まった。


「じゃあ、自己紹介をお願いします」


担任が言うと、彼は軽くお辞儀した。


「今日から、1年A組に転入する事になった、西荻健一にしおぎけんいちです。東京都から来ました。サッカーをやっています。宜しくお願します」


彼が話し終えると、クラスのみんなが一斉に『東京だってよ!』『スゲー‼︎』と言い合う。


「…西荻くんの席は、そこ」


担任がわたしの隣の席を指す。

彼はそれに従って席に座った。

その後もホームルームは続いているが、わたしはそれどころではなかった。

隣に座る彼の存在を感じながら、時間が過ぎるのを待った。


「それでは、西荻くんも入れた新しい1年A組で、今日も、楽しく過ごしましょう」


その言葉で、ホームルームは終わった。




「あのっ…」


声に、わたしは顔を上げた。

すると、彼がこちらを向いて微笑んでいた。


「菅原千歳さん、だよね。宜しく」


爽やかに、言ってくる。


「…どうして、わたしの名前を…?」


戸惑うわたしに、彼は言う。


「そりゃあ、隣のコの名前は1番に確認するでしょう。いろいろ分からない事も多いだろうけど、教えてね」

「ああ、…うん。西荻くん、こちらこそ宜しく」

「下の名前で、健一でいいよ。俺も、千歳って呼んでいい?」

「うん、いいよ」

「宜しく」

「宜しく」



わたしの、新しい友達が、また1人増えた。




健一くんが転入してきて、3日が過ぎた。

わたしは今日も、合唱部の朝練へ向かった。


「今日も頑張りましょう!」


みさき先輩が指示を出して、合わせ練習が始まった。

数日前に『声を小さくしろ』と言われたにもかかわらず、わたしはつい、大きな声で歌ってしまう。

その度に、先輩に注意された。



伴奏が始まり、Aメロ、Bメロと曲は進んでいく。

そしてサビに入った時、わたしはまたやってしまった。


「ストーップ!」


みさき先輩が演奏を止める。


「千歳!今日も“声”、大きいよ!!一体何度言ったらわかるの!!!」


この日の彼女はいつもと違っていた。


「…すみません」

「あのね、私だって、こんなに怒りたくない。でも、千歳の声はこの合唱を壊しているの!だから…、夏のコンクールが終わるまで、もう歌わないで」

「えっ…」


彼女の言葉に、他の部員も呆然としている。


「今日は、廊下で終わるまで待ってて」


諭すような、穏やかな口調だけれど、先輩の目は、有無を言わせぬ迫力があった。



「分かりました」


しばらくして、わたしは乾いた口を動かした。

先輩と、他の6人の部員を残して、音楽室を出た。




扉を閉めると、わたしの体は急に力を失って、その場にへたり込んだ。


「千歳、そんなところで何してんの?」


頭上からの声に、わたしは顔を上げた。


「…健一、くん…」


何故だかわからないけど、わたしの2つの瞳から、涙が頬を伝って流れ落ちた。


「なぁ、どうしたんだよ」


彼は優しくわたしの背中をさすってくる。

少し落ち着いてきて、


「健一くんこそ、どうしてこんな所にいるの?」


わたしは尋ねた。


「図書室行こうと思ってさ。こないだ借りた本を返しに」

「…そっか」



ビュウっと風が吹き抜ける。

もうすぐ5月で、だんだんと暖かくなっているんだろうけど、日の当たらないこの廊下は相変わらず寒い。


「ここじゃ寒いだろ?一緒に図書室行こう」

「うん」


彼に連れられて、わたしは図書室に向かった。




ペンキの剥がれ落ちた木製の扉を開けると、独特の暖かな空気と、木と紙の香りがわたしを包んだ。


彼はカウンターへ向かい、本の返却をしている。


10メートル近く離れているけれど、


「この本どうだった?」


「凄く面白かったです」


彼と図書室のおばさんの話す声が、はっきり聞こえるくらいの静けさだった。





「お待たせ」


入り口の真ん前で突っ立っているわたしのもとに、彼は歩み寄ってきた。


「何ボケーっとしてんだよ」

「別に」

「何かあったんだろ?そんな考え込んでさ」


そして彼は、わたしの話を聞いてくれた。

『うん』とか『へぇ』と相槌を打ち、最後には、


「そうか、…大変だなぁ…」


と、わたしの頭をポンポンとした。

何だか照れ臭くしていると、


「千歳ー!」


と呼ぶ声がしたから、


「ごめん、もう行くね」


そう言って、図書室を出た。



彼のおかげで、心がスッと、軽くなった気がした。




わたしは教室へ入ると、いつものように支度をし、またいつものように席についた。

そのあとすぐに、咲が教室へやってきた。


「千歳ー、さっき焦ったんだからぁ」


間の抜けた声で言ってくる。


「何が?」

「何がって…。練習終わって音楽室出たら、居ないからさ。どこ行ったのかなって」


「ふーん」


そっけない返事をして、そしたら咲も、自分の席へと戻っていった。




こんな日も授業は淡々と進んでいき、もう最後の6時間目だ。


「等式の両辺を10で割るとー」


太陽は次第に西へと傾いていき、静かな教室には、先生の声だけが響いている。

あと数分で、この授業が終わる。

そうすると、掃除があって、その後は部活だ。

でもどうせ、わたしは入れてもらえないのだろう。

歌えない、歌いたい。

歌うことが許さない。

…でも、わたしは、それでもー


「ぉぃ、おーい、千歳ー?」


健一くんの声で我に帰ると、みんなは椅子を机の上に載せて、ガタガタといわせながら運んでいる。

いけない、色々と考えすぎた。




急いで机を動かし、掃除場所へと向かう。


「やっぱり、まだ気にしてる?」


彼が心配そうに訊いてくる。


「…うん」


わたし達2人は、昇降口で外履きに履き替え、運動場へ歩く。


「あっ、そうだ!」


少し前を行っていた彼が勢いよく振り向き、わたしは思わず足を止めた。


「…何?」


恐る恐る言うと、彼は勢いのままで答えた。


「今日この後、カラオケ行こうよ!」


⁉︎今日、この後?え?


「…で、でも、今日平日だよ」

「うん。そうだけどさ。俺は部活に所属してないし、千歳は参加できないし。それに今日は金曜なんだからさ」

「まぁ、そうだけど」


早口でまくしたてる彼に、ついていけない。

戸惑うわたしに、彼はふっと表情を和らげる。


「歌いたいんだろ?」

「…うん」


そして、無邪気に笑う。


「だったら、思う存分歌えばいいんだよ」


そうだ、わたしは歌いたい。

彼は、わたしのその気持ちに気付いて、今こうしてキッカケを作ろうとしてくれているのだ。

だったら…


「そうだね。行こう」


わたしは決めた。


「じゃあ。駅前に4時半集合で!」


トントンと、あっという間に決まった。

彼は満足そうにして、足を速めた。


「さて、掃除するか!」

「うん!」


広い広い運動場に、笑い声が響いた。

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