第1章「それでも、僕はきみと」第3話
僕たちは、それから毎日会うようになった。
大晦日と三が日はお互い実家へ帰省したけど、4日には再会した。
「久しぶり、聖也くん」
「ああ、久しぶり。冬月ちゃん」
会わなかった4日間は、電話でやり取りをしていた。
その中でお互いを下の名前で呼ぶようになったんだけど、面と向かって言うと、やっぱり照れ臭かった。
4日間を埋めるように、僕たちはそっと、手を繋いだ。
「今日はどこ行こうか?」
「そうだねぇ、本屋とかどう?」
「いいんじゃない」
という事で、駅ナカの書店に入った。
書店では、彼女はずっと、ファッション系の雑誌を読んでいた。
よほど服装に気を掛けているのだろう。
確かに、ほぼ毎日会っていても、同じ服を着ているということは、僕の記憶の限りは無かった。
僕はというと、CDを見たり、車の雑誌を読んだりして楽しんだ。
今流行りのスポーツカーが特集されていて、彼女を乗せて高速を走らせる自分を想像したが、現実離れしすぎてイメージが湧かなかった。
もっと現実的にと、近場の観光地が紹介されてる雑誌も見た。
冬休みで混んでいるだろうから、行くとしたら新学期が始まってからだなと思った。
そんな中、気になる記事を見つけた。
それは、
『〇〇自動車が超精巧人型ロボットを発売して1ヶ月、その効果は?』
というものだ。
僕も、そのロボットをレジで採用した店に入った事があるが、本当にリアルで、書いてないと分からないだろうなと思った。
技術の進歩は、すごく早い。
だけど、僕がやるような音楽は、ずっと前から変わらない。
それがなんか、面白いと感じた。
そんな僕の考えなんてつゆ知らず、彼女はずっと、雑誌を読んでいた。
「冬月ちゃん、もうそろそろ…」
「…エッ⁉︎もうこんな時間!」
大袈裟なリアクションに、僕の頬が緩む。
ここへ入って、1時間半が経とうとしていた。
「さあ、行こう」
「うん」
僕らは書店を出て、歩き出した。
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「冬月ちゃんは、ここ初めて?」
「うん」
書店を後にした僕たちは、動物園に来ていた。
冬休み中の為か、親子連れが目立つ。
久しぶりに見るゾウの迫力に圧倒されたり、パンダの赤ちゃんに癒されたり。
とても楽しい時間を過ごした。
気がつけば、もう日が落ちかけている。
彼女との時間は、本当にあっという間に過ぎていく。
閉園が近づいた園内の、広場のベンチに腰掛けた。
「今日、楽しかったな」
「うん。楽しかった」
「パンダの赤ちゃん、可愛かったな」
「可愛かった」
何か言うと、返してくれる。
そんな小さな事が、嬉しかった。
隣を見れば、彼女が遠くの動物たちを眺めている。
しっかりと上げられた睫毛に、少し上向きの耳。
薄紅色のくちびる。
その横顔を見て、僕は改めて冬月ちゃんが好きだなって思った。
いまなんじゃないか?
このままの関係で過ぎていくのは、嫌だ。
でも、僕はそんな勇気が出せなかった。
だけど、彼女が“待っている”気がした。
それが伝わってきた。
「冬月ちゃん」
だから、僕は言うよ。
彼女は、何が始まるか理解し、覚悟するような間を置いて、振り向いてきた。
「僕と、付き合ってください」
生まれて初めて言う言葉だった。
彼女はすうっと息をして、
「はい」
と言ってくれた。
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冬休みは、瞬く間に過ぎていった。
久しぶりに学校へ行くと、何だか懐かしい気持ちになった。
「あ。聖也おはよー」
クラスメートの柳がこちらへ向かってくる。
「おう」
返しつつ、僕は彼の持つギターケースから目が離せなかった。
「柳、それって新しいやつ?」
「ああ、そうそう。クリスマスにカノジョがプレゼントしてくれたんだー」
自慢げに言ってくる。
「お前はそういうの無いの?」
「…無いことは無いけど…」
「え⁉︎お前カノジョできたの?」
「う、うん」
「うわ、マジかー!おめでとう‼︎」
満面の笑みで言う。
こいつは、すぐに顔に出るから、わかりやすい。
「で、どうやって知り合ったの?」
「路上ライブ見に来てくれた子なんだけどさ…」
そうして、僕は彼女との馴れ初めを柳に順を追って話した。
「お前、やるなぁ!」
話し終えると、柳は僕の肩をバンバン叩いて言ってきた。
鼻高々だった。
「今度写メ取ってきてよ」
「まぁ、機会があれば」
「なあんだ、ケチ臭いの」
そう言い残して、柳は席へ戻って行った。
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授業を終えた僕は、家の近くの喫茶店へ来ていた。
いつも冬月ちゃんと待ち合わせる場所だ。
ホットコーヒーを飲んでいると、彼女がやって来た。
「聖也くん」
微笑みとともに、僕の隣のカウンター席に座る。
それから、他愛もない話をして、笑った。
ただそれだけの事が、とても楽しかった。
タイミングを見計らって、僕は切り出した。
「冬月ちゃん、今度の土日空いてる?」
この間の書店で、観光地のある程度の目星を付け、いつか誘おうと思っていたのだ。
「うん」
彼女の答えに、僕はホッと息をついた。
「一緒に旅行とかどうかな?」
「いいね」
そうして、僕たちは旅行の計画を立てた。
彼女との旅行に、僕は胸を弾ませた。
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そして迎えた土曜日。
僕たちはいつもの駅前で待ち合わせた。
約束の5分前に着くと、彼女はもうそこに居て、驚くほど早く僕に気づき、手を振ってくる。
少し恥ずかしさを感じつつ、彼女との距離を縮める。
「ごめん、待った?」
「ううん。私もさっき来たところだよ」
「そっか。よかった」
駅の構内へと、並んで歩き始める。
土曜日にも関わらず、スーツ姿の人が多く行き交っている。
その中を、僕たちは手を繋いで進んだ。
売店で、駅弁を買った。
京葉線の特急列車に乗った。
ここで気付く人も多いだろう。
そう、僕たちはディズニーランドへ向かっている。
「こういうの、やってみたかったんだよね」
駅弁を広げつつ、彼女は興奮気味で言う。
「いただきます」
2人で言って、食べた。
何か変わっている訳では無いけど、特別な味がした。
流石だった。
ディズニーランドは、子供連れや外国人の観光客でごった返していた。
人気のアトラクションは、おおむね1時間待ち。ギョッとする。
僕たちも、その長い長い行列に並んだ。
20分くらい経つと、さすがに冬月ちゃんも疲れを見せ始めた。
「大丈夫?」
そう訊く僕も、なかなかに疲れている。
「うん」
列は、ほんの少しずつ前へ進んでいく。
30分後、やっと僕たちの番が回ってきた。
スタートと同時に、シートが振動して、それから一気に加速した。
ワーッとかキャーッとか、自分でもよく分からない声を発しながら、楽しんだ。
終えると、まだ僕の胸は高鳴っていた。
隣を歩く彼女の表情は、何だかテカテカしている。
「じゃあ、次行こっか」
「うん」
何度かそれを繰り返していると、あっという間に夜の8時になった。
僕たちはディズニーランドを出て、予約したホテルに向かった。
直前に決めたせいで、ディズニーは見えないホテルになってしまったが、それでも高級感があって、足が地につかない感覚だ。
それぞれ大浴場で入浴を済ませ、12時ごろ、ベッドに入った。
すぐそばに、自分とは違う温かさがあって、くすぐったかった。
ふと見れば、彼女が笑ってくれる。
僕も同じのを彼女に見せながら。
ずっと続いてくれればいいなと思った。
そう思ううち、僕は睡魔に襲われ、そっと瞼を下ろした。
翌日、僕たちは渋谷へ来ていた。
彼女が買い物がしたいと言ったからだ。
今は、109を回っている。
前回の買い物以上に、彼女は多くの時間を掛けて、品定めをした。
そして、計5着の服を買った。
「沢山買えて良かった〜」
彼女は満足そうな笑みを浮かべる。
日が傾き始めていたので、そろそろ帰ろうと思い、2人でスクランブル交差点を渡った。
と、次の瞬間、ドオオーンと大きな爆発音がし、信号待ちをしていたバスが炎上し始めた。
僕はとっさに身をかがめた。
辺りは騒然となった。
しばらくして、騒めきが収まってくると、状況が少しずつ感じ取ることができた。
そして、彼女を探すと、僕から5メートルくらいのところで、しゃがんでいた。
「大丈夫?」
「う、うん」
かなり混乱している。
それは僕も、周りの人も同じだった。
「とにかく、ここから離れよう」
「うん」
僕たちは電車に乗り、僕の家の最寄り駅へ向かった。
「ほんと、怖かった〜」
彼女は落ち着きを取り戻した。
「怪我とかは、無いんだよね?」
僕の問いに、彼女は顔を縦に振った。
幸い、僕たちは大きな怪我はしなくて済んだ。
それが救いだった。
「いいよ、入って」
彼女を家に招き入れる。
普通だったら、そのことに緊張したり、嬉しさを覚えたりするのだろうが、僕らはそっちのけで、テレビをつけた。
予想通り、渋谷のスクランブル交差点が映し出されていた。
『今回の爆発は、バスの中で発生。乗客と運転手の合わせて7人が死亡。警察は、自爆テロと断定し、捜査を進めています』
アナウンサーは、淡々とした口調で伝えた。
「自爆テロって…」
「怖いね。巻き込まれた人可哀想」
「まぁ、僕たちもなんだけどね」
それから、僕たちはテレビの前で、ソワソワとしながら続報を待った。
衝撃的な情報が舞い込んだのは、約2時間後のことだった。
『今入ってきた情報です。テロの実行犯とみられる男は、〇〇自動車が開発した人型ロボットだということです』
思い出す。
確か、人間のように感情を持っていて、同じように生活をする。
『同社は、全ロボットの点検を行うと発表。なお、犯人はイスラム過激派の影響を受けていた模様です』
そして、そうやって影響されたり、犯罪に手を染めることも、人間と同じだ。
「〇〇自動車、大変だね」
人ごとのように言うと、彼女は顔を引きつらせたまま、固まっていた。
「どうしたの?」
「ううん。何でもない」
取り繕ったような笑顔。
「ごめん。用事思い出したから」
「え?ちょっと…」
「またね」
彼女はバタバタと、部屋を出て行ってしまった。