表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

第1章「それでも、僕はきみと」第2話

アパートへ戻り、布団に入ってからも、僕は山岸さんのことを考えていた。

考える、というか、頭から離れなかったのだ。

夢と現実を彷徨いながら、何処か一緒に行きたいなと思った。

ようやく眠りについた頃には、午前2時を回っていた。


翌朝目覚めると、既に太陽は南東の空に昇っていて、辺りはすっかり昼の喧騒だった。

冬休みに入ってから、もう何日もこんなのが続いている。

朝9時か10時くらいに起きて、昼まで勉強し、朝食兼昼食を食べた後は、ギターの練習。

でも、今日は違っていた。


正午を少し回り、食事をしている時、いつもは何も知らせないスマホが、メールを受信したのだ。

僕は箸を止め、スマホの受信ファイルを開く。


『山岸冬月』


その表示を見た途端、僕の心臓はドクンドクンと大きく脈打つ。

息が苦しい。

恐る恐る、そのメールを開いた。


『皆川さん、おはようございます。メリークリスマス!今日は何か予定ありますか?もしよかったら、何処か行きませんか?』


もちろん、こうなったら断る気はない。

僕は迷わず電話帳から彼女の番号を表示させ、通話ボタンを押した。

コール音が、2回、3回…

彼女が出た。繋がった気がした。


『もしもし』

「もしもし、皆川です」

『おはようございます!』

「ああ、おはよう。えっと、メールありがとう。今日は予定ないよ。どっか行きたいとこある?」

『いえ。皆川さんの行きたいところでいいですよ』

「じゃあ、映画とかどう?」

『あっ、いいですね!』

「それじゃあ、昨日の駅前に2時くらいで大丈夫?」

『はい』

「じゃあ、また後で」


耳から離して、そっと親指で押した。

その瞬間、喜びが爆発した。

1人でいるこの部屋は、なんとも言えない達成感で満ちていた。


山岸さんとの約束を決めた僕は、せかせかと用意を始めた。

まずスマホから、この近くの映画館の上映予定を確認する。

2時半からのアクション映画。

昨日のファミレスで、彼女が激しい映画が好きだと言っていたからだ。

物静かな印象だったから、少し驚いた。

ほんと、人は見た目によらないんだなぁ。


駅前のオブジェへ行くと、既に彼女が待っていた。

驚くほど早くこちらに気づいて、手を振ってくる。

僕も軽く手を上げつつ、彼女との距離を縮めた。

「おはよう」

言ってから、この時間だとおはようではないかと、自分一人で恥ずかしくなった。

「おはようございます」

彼女はクスリと笑って言う。

「じゃあ、行こっか」

「はい」


僕たちの、初めてのデートが始まった。


チェックした映画館は、ここから歩いて10分くらいだ。

自分の住んでいる近くだから、僕は迷わず歩き続ける。

ちなみに、これも昨日聞いた話だけど、山岸さんは1カ月ほど前から、この街で一人暮らしを始めて、まだあまり慣れていないという。

なんでそんな微妙な時期からとは思ったが、きっと何か事情があるのだろうと、気にしないことにした。

そんなこともあって、僕が先に行って、彼女が後からついてくる、という感じだった。


「今日の服、可愛いね」

信号待ちで並んだ時、言ってみた。

彼女はさりげなく華やかな、「初めてのデートだったらこれくらい」という感じの装いだった。

「…ありがとう」

照れたように言う。

信号が青に変わり、人の波は再び動き出した。


「ここ」

指差しながら、声を掛ける。

「わぁ、すごい。趣ある!」

彼女が少しはしゃいだ声を上げる。

『南町昭和映画記念館』という名のそこは、読んで字の如く昭和風の外観だ。

近代的ビルの間に挟まれて、そこだけ時代に取り残された感じがする。

「じゃ、入ろ」

「うん」


~~~~~・~~~~~・~~~~~・~~~~~・~~~~~・~~~~~


「映画、良かったね!」

「うん。良かった!」

外へ出るなり、僕たちは言い合った。

確かにネットの評価も高かったけど、ここまでだとは思っていなかった。

「あのオープニングがさ、何かグッと引き込まれる感じでさ」

「うん、そうそう!」

彼女が拳をブンと振って応える。

同じ思いを共有できたことが、何だか嬉しかった。


前にどっかで、『初デートで映画はNG!』って記事を見たけど、あれは嘘だ。

同じものを見て、聴いて、感じて。

僕と彼女の心の距離が、グッと縮まった気がした。

「じゃあ、お茶でも飲もうか」

「うん!」

すごくいい流れだった。


僕たちは、川沿いに立つカフェへ入った。

とても洒落た雰囲気で、浮いてしまっていないか、不安になった。


「この席いいね!座ろ」

彼女が言うから、窓際のカウンターに並んで腰掛けた。

そこから見える水面は、夕日を受けてキラキラと、幻想的に輝いている。

向こう岸の遊歩道には、ジョギングをするおじいさんが見え、元気だなぁと感嘆した。

「そうだ。この後どうしようか?」

自然な感じで問う。

「うう〜ん」

彼女はうっすら眉間を窪ませる。

そう思うと、パッとこちらに顔を向けた。

「じゃあ、服が見たい」

彼女の答えに、何とも女の子らしいなって感じた。


「新しいコートが欲しいんだ」

そう言う彼女に連れられて店を回り、早1時間が経った。

女性というのは、買い物にとても時間をかける。

僕はさっさと決めたい性分だから、子供の頃から買い物が苦手だった。

特に母と行くのが嫌だった。

それは今でも変わらない。


「これ可愛いなぁ〜」

だけど、彼女とだと不思議と感じない。

今も、商品を手に取っては、表情をコロコロと変える彼女を見て、僕は嬉しくなった。


「よし!」

彼女が一際大きな声で言う。

「何?」

「これとこれが良いと思うんだけど、どっちがいいかなぁ?」

両手に持ったハンガーを交互に上げて、首を傾げる。

右手には、ベージュのロングコート。

左手には、白くて襟にモフモフの付いたコート。


「えっと…」

迷う。


こういう時、どちらと答えるのが正解なのだろう。

昔、母にも同じことを訊かれて、『こっち!』と言ったら、『あんた何にも分かってないわね』と怒られたことを思い出す。

そう、こういう場合、もう自分の中で決めてから訊いているのだ。


絶対に外したくない。

「僕は、そっちの白いのがいいと思うけど…」

彼女はフワッと柔らかな印象だから、よく似合うのではないか、と感じた。

「だよね、だよね!」

その言葉に、ホッと胸を撫で下ろした。


「このファーが可愛いんだよねぇ」

彼女がモフモフを触って言う。


ーーーああ、それファーって言うんだ。へぇ〜。


「じゃあ、買ってくるね」

彼女はレジへ向かおうとする。

「いや、僕が買うよ」

「え?ありがとう!」

「いいよ、別に」

僕はレジに並んで、支払いをした。

店員さんが、『プレゼントですか?』とホクホクした笑みで訊いてきたから、僕は優しい彼氏を気取った。


支払いを終えると、店の前で待っている彼女のもとへ向かった。

「お待たせ」

「ううん。ごめんね、高かったよね?」

「大丈夫だよ、これくらい」

強がって言うけれど、確かに僕の懐事情からすると、ちょっと痛い額だ。

でも、彼女が喜んでくれたからいいだろう。

そして、またバイトのシフトを増やさなきゃな、とも思った。


そして今日、気づいたことがある。

それは、彼女が敬語を使わなくなったこと。

親しくなれた証拠だと考え、僕はとても嬉しくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ