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第1章「それでも、僕はきみと」第1話

僕は、ギターケースと財布、そしてスマホと鍵を持って、アパートを出た。

今日はクリスマスイブで、見慣れた街はいつもと違い、幾つものイルミネーションで彩られている。

何組ものカップルや親子連れとすれ違い、僕は何だか気後れしてしまう。

目的地である駅前の広場に着くと、ケースの中からアコースティックギターを取り出し、

ケースは広げたまま置いた。

そして調弦をし、一度鳴らした。


僕は今、音楽の専門学校に通い、プロのミュージシャンを目指している。

もちろん、そう簡単ではない事は分かっている。

だからこそ、このクリスマスイブに、路上ライブをしようと思ったのだ。


演奏を始めようとした頃、既に5人ほど集まっており、僕は一礼して弾きだした。


サビに入ったところで、僕は顔を上げた。


気づけば、聴衆が20人以上に増えていた。

その中で、僕から見ると右側にいる女の子が、とても可愛いなと思った。

整った顔立ちで、全身から“可愛い子”のオーラを出している。

時折見せる、髪をかきあげる仕草が、すごく似合っていた。


僕はその後も歌い続けた。

どれも自分が好きな歌で、みんなそれを聴いてくれて、何だかすごく気持ち良かった。


その時、僕は発症した。

さっきの女の子のことが、頭から離れなくなってしまったのだ。

まだいるのか確かめたい気持ちはあるけど、恐ろしくて出来ない。


視線を上に向けたり、時々目を瞑ったりして、なるべく彼女の方を見ないようにして、約10曲歌った。


演奏を終え、聴衆に「ありがとうございました」と頭を下げる。

拍手が起こり、後ろの人から少しずつ動き始める。

僕は足下に置いたギターケースの中を見た。

そこにはいくらかのチップがあった。僕がそれを財布にしまい、ギターを置いた時、


「演奏、良かったですよ」


と、千円が差し出された。


「いやっ、こんなに…」


そう言いながら僕は顔を上げて、ハッとした。

さっきの女の子だった。

声までもが美しくて、僕はつい、感動してしまう。


「どうかしましたか?」


彼女に言われ、我に返った。


「いや。何でもないよ」


ドキドキしつつ、千円を受け取った。


「あの…。ずっと聴いててくれたよね。その、時間、大丈夫なの?」

「ええ、今日は用事も済んで、帰ろうと思っていたところなので」

「そっか…」

どうしよう。

想いを伝えるべきだろうか。

でも、いきなり? 引かれないだろうか。

それでも。

「実は、あなたに一目惚れしたんです。もし良かったら、何処か行きませんか?」

彼女の顔が、驚きに染まる。

少し考える風にして、彼女は

「はい、いいですよ」

と言ってくれた。


すっかり暗くなり、子供たちがプレゼントを心待ちに寝床へ入る頃、僕たちは駅前の道を歩いていた。

「僕は、皆川聖也せいや。この近くの音楽学校に通ってるんだ。今年で20歳」

「私は、山岸冬月ゆづき。美容師の専門学校に通ってます」

「ふうん。じゃあ、将来は美容師さんになるんだ?」

「考え中ですけど、まぁ…そのつもりです」

僕は高まったテンションのまま、

「じゃあ今度、僕の髪切ってよ」

ついつい口走ってしまう。

「いいですよ」

いけない。

今日、今さっき出会ったばかりなのに。

普通こんな風に言われたら、怪しいというか、引いてしまうだろうけど、彼女はそういう素ぶりがない。


そうするうち、24時間営業のファミレスを通りかかる。

「山岸さん。ここでも入る?」

思ったより、自然に言えた気がした。


窓際の席に、向き合って座った。

店内にはのんびりとした音楽が流れ、客は殆どいない。

「さすがに、この時間だと空いてるね」

「そうですね」

僕の言葉に、彼女が頷く。

やがて店員さんが来て、僕はホットコーヒーを、彼女はカフェラテを頼んだ。


しばらく話していると、

「皆川さんは、ミュージシャンを目指しているんですか?」

カフェラテを飲みつつ訊いてきた。

「うん。そうだよ」

「やっぱりそうなんですね。歌、本当に上手いですもんね」

「いやー。お世辞が上手いなぁ」

「お世辞なんかじゃありませんよ。なれますよ、プロのミュージシャンに」

「なにその、断言」

「先見の明ってやつです」

「先見の明、かぁ」

2人でクスリと笑う。

時刻は午後11時を回っている。

そろそろ帰った方がいいだろうか。

その前に…。僕は意を決して、言った。

「あの…、もし良かったらでいいけど、連絡先、交換しない?」

「いいですよ。ケータイですよね?」

「う、うんっ」

声が上ずる。

少し手間取りながらも、僕は山岸さんとの連絡先の交換に成功した。


「それじゃあ、また連絡するから」

それで、今日はお開きになった。

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