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彼女は戦う

 リスリー・ペル・イスマイル。かつて、魔法競技の授業でレアが下した相手だ。レアの記憶が正しければ、あの時引き連れていた何人かの取り巻きの中の一人に、茶髪の少女がいたはずだ。レアはその容姿を正確に記憶しているわけではないが、あるいはあの少女がハンナだったのではないかと思い至った。レアとハンナの初対面は、代表会で紹介された時などではなくおそらくその時だったはずだ。


「あら? 『様』なんておよしなさいな。私と貴女は同じ学年なのよ」


 あくまで余裕の態度を崩さないリスリー……いや、事実彼女は余裕なのだ。彼女がその気になりさえすれば、簡単に叩き潰せてしまう。それは魔術的にという意味でも、権力的にという意味でも。


「からかわないでください。私たちでは身分が違います」


 表情を変えず、レアはリスリーに一歩近づく。リスリーはレアから見れば天上人といって過言でないほどの実力者だが、それを理由に怖気付いていると思われるわけにはいかない。自らの強気を、言葉ではなく態度で伝えるに有効な手段であると判断した。


「身分……ねえ? だったら私が「下がりなさい下民」って言ったら、引き下がってくれるのかしら?」


「……どうでしょう?」


 言いつつ、もう一歩前へ。引き下がる気は、さらさらなかった。


「フフ、一応聞いておこうかしら。私に何か御用?」


 リスリーも、同じように一歩だけ距離を詰める。レアの歩みを、挑発ととったのだ。気の強いリスリーならそう来るだろうと予想してはいたものの、レアはその威圧感に気圧されてしまいそうになった。


「……よろしければご一緒していただけないかと思いまして」


「どこに?」


 嫌味っぽく肩をすくめる。明らかな敵対心。


「校庭の、真ん中あたりに」


「どうして?」


「どうしても……と言っても、聞いてはくれないんでしょうね」


 やがて、レアとリスリーは互いが手を伸ばせば触れ合うほどの距離までに近づく。屋上は駆け回れるほどの広さがあるが、今の彼女たちにこの広さは必要ない。互いが自らの意思を押し通そうというのなら、その広さはむしろ邪魔になる。


 先んじたのは、リスリーの方だ。


 右手に発生させた水を、レア目掛けて放り投げるように放つ。下手から、まるで優しく投げ渡すかのような動きだ。

 とても攻撃などとは言えない優しい魔法だが、レアは思わず防ごうと手を伸ばした。

 目に入れば視界を塞がれるかもしれない、水に何かが混ぜられるかもしれない。警戒したのは、どちらもかつての経験からきたものだ。獅子と鼠ほども開いた実力差を理解していれば、ほんの一瞬も油断ならない事は明白である。ならば、すべての行為には最善最速の対応が必要になる。

 しかし、レア程度で対応できる事は高が知れている。


「……!!」


 放たれた水は、問題なく対応できる。以外にもなんの仕掛けもなされていなかったその水塊は、レアの魔法によってあっけなく散らされてしまった。その間、レアはリスリーから目を離さない。不意を打たれないために、遅れを取らないために。事実、その次の瞬間に放たれたリスリーの蹴撃を見逃す事はなかった。見逃す事はなく、その攻撃を腕で確かに受けた。しかしその攻撃を受け、受け止めきれずに吹き飛ばされてしまった。

 油断なく、対応し、魔法での防御まで行っての一撃。まるで防ぎきる事はできず、無様に地面を転がってしまう。


 これが、ハンナが嵩じた策略。リスリーがその気になっている限り、レアが彼女を連れて行く事はできない。レアは、“答え”が分かっていながら回答をする事ができないのだ。

 だから、レアはこれを覆す必要がある。この実力差は埋まらないまでも、せめて手を掛けるくらいの事をしなくてはならない。ほんの僅かに指先を触れさせる程度ではなく、指先で確かに掴むくらいに肉薄しなくてはならない。

 そのための策を、今すぐに立てなくてはならない。


「あらあら、防いだのね。凄いわ、今ので終わるかと思っていたもの」


 リスリーとしては、今の一瞬で終わらせてしまうつもりだったようだが、辛うじてどうにかまだ意識を保っていられている。これを防げていると表現するかは見解の相違だが、特に訂正する意味はないのでいちいち言葉を返したりしない。


 屋上をぐるりと囲んでいる鉄柵にもたれかかるようにして立ち上がる。落下防止用の柵なので体重をかけていいはずはないが、今は手すりの代わりに使っても腹を立てる人間がいないため気にしない。

 先ほどまでは半分でも広すぎるかと思われた屋上も、こうなると倍でも足りないくらいに思われる。レアが防戦一方となる事は目に見えているので、逃げる場所が少ないという事は一方的にリスリーが有利だ。


 この不利を、如何にしてか覆さなくてはならない。


「あらあら、やる気なのね?」


 レアの瞳を見て、リスリーは口元に笑みをたたえる。必ず勝利すると意気込むレアの意思を知ってか知らずか、警戒してかせずしてか、自ら近付こうとはしない。

 ただ笑う。楽しげに、嬉しげに。レアの行動をただ見つめている。


「わたしは、勝ちますよ。気をつけて下さい。多分、結構手強いと思います」


「楽しみね。意外かもしれないけど、私は貴女の事を高く評価しているの。だから、とっても期待しているのよ?」


 かつてレアの不出来を糾弾したその口で、今度はレアに期待していると言った。

 だが、その判断はおそらく正しい。試験に落第しかけた時よりも、そしてリスリーと魔法競技で手合わせした時よりも、今はきっとはるかに強い。それは、リスリーの攻撃を受けきれないまでもまだ立ち上がる事ができている事から明らかだ。


「魔導具……ね」


 リスリーには、どうやらお見通しのようだった。当然といえば当然か。彼我の力量差など、かつて手合わせした時にわかっているのだから。あの時は魔法競技として規定(ルール)に則った勝負だったが、今回は条件なしの真っ向勝負だ。実力の差はより明確に出る事だろう。にも関わらず、レアは辛うじて健在。その理由も、レアのこれまでの学園生活を思えば明白だった。


「理解しているのなら、足元を見ないのは迂闊ですよ?」


「!?」


 足元。あるいは罠であるかもしれないその言葉だが、しかしリスリーは無視をするわけにもいかず咄嗟に目をやった。そうだろうとも、そうせざるを得ないだろうとも、なにせ、そこにはレアの魔導具が転がされているのだ。それは木でできた小瓶。対抗戦でハンナが扱っていた物に相違ない。ならば、次の瞬間に何が起こるのかなど明白だ。

 しかし、リスリーは逃げない。ひとりでに弾けて魔法を起動させる魔導具を前にして、たったの一歩も退かない。両腕での防御、魔術の行使。それはつまり、レアの魔法に真っ向から挑んだという事だ。自らの力なら避けるに値しないのだと、そのように判断したための行為だ。

 そして事実、リスリーは全くの無傷でやり過ごした。それこそが、リスリー・ペル・イスマイル。学年最高の力を持つ天才である。レアと彼女の間には埋めがたい差があり、努力や奇策で下せる相手ではない。


 しかし、そんな事はレアも承知のうちだ。ただ防がれているのみのつもりは毛頭ない。


「……!!」


 すかさずの攻撃。いち早く眼前に肉薄し、魔導具で強化された身体能力で顎を打ち上げる。右手には外套(ローブ)に隠されていた杖を持ち、腹部を正確に打ち据える。太く重く作られたその杖は、先端に重りを付けられている。魔法の補助ではなく武器である事に意味を持つそれは、外套(ローブ)の内側に隠し持つ暗器として非常に有用だ。

 リスリーは反応する事もできず、無防備な急所に二発も攻撃を受けてしまう。


 さしものリスリーといえど、これには無傷といくまい。思わず息を吐き出して、倒れないまでも退く事になった。

 彼我の実力差を思えば、それは大健闘と言って相違ない。


 しかし、それが精一杯。それのみが、レアが起こせる最大限界。これ以上は、何一つとして望めない。

 膝をつかせることすらできず、すぐさま攻防は入れ替わった。


 しかしこの瞬間からが、レアの策の最も重要な部分だ。レアはこの勝負、無謀などとは思っていない。あるいは勝利できるかもしれないなどと言う生ぬるい思考ではなく、かならず相手を下すのだと言う意思を持って挑戦した。倒す事は間違いなく不可能なのだろうと理解していながら、それでも勝利を確信している。

 初撃に耐えられるかという最大の賭けを乗り切り、最も自然な形での対峙に成功した。ならば、ここから先をしくじるわけにはいかないと、リスリーの燃えるような瞳を見て誓った。

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