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彼女は回答する

 ハンナの質問は、続けて言う事に意味がある。つまり、“答え”が20メートル以内にいる事が確定した状況で、さらにそれよりも範囲を狭める。もしも否定されたとしても肯定されたとしても非常に有力な情報となる。ようやく、ハンナの調子が取り戻された。その瞳には炎が宿り、どれほど打ち付けられようとも立ち上がる事をやめない不屈の精神が感じられた。それは、間違いなく対抗戦で見せたあの時の瞳だ。


「……はい」


 やや焦り気味で、レアはそう答えた。全く表情には出ないものの、この勝負が始まって初めての焦りだった。

 先ほどまではハンナに“答え”が分かるわけがないと思っていたが、これはともすれば負けてしまうかもしれない。そう思わせるほどに鋭い質問だった。


 ハンナは、ここから間違いなく範囲を狭める。そうすれば、やがて“答え”に辿り着いてしまうかもしれない。余裕があるかと思っていたが、多少急いだほうがいいだろう。


 本当ならば、ここから丁寧に詰めていくつもりだったが、どうやらそうも言ってられないらしい。悠長な事は言っていられない。ともすれば、敗北しかねない。

 ならば、レアにできる事はそう多くない。残された選択肢という意味ならば、かなり絞られている。多少の賭け。始めの方に見せた勘に頼った思い切りが必要だ。本来必要な手順をいくつか無視するようなひと飛びの質問が必要になってきた。


「その生徒がいるのはその生徒の自室ですか?」


 これが、最も効果的であると判断した。第三塔は生徒の寮になっているため、そこにいるというのなら最も可能性が高いのはそこだ。他の生徒の部屋を間借りしているという可能性もないではないが、あまり考慮する必要はないと判断する。

 他者の部屋を借りる事によって撹乱するという行為は、今この状態になって初めて効果を発揮するのだ。つまり、“答え”が完全に看破されたうえで、自室にいるのかという質問がなされて初めて効果を及ぼす。あまりにも限定的であるし、あまりにも最終的だ。それならば、寮にいる必要などない。一度追い詰められたなら逃げ出す事が難しい閉鎖空間に陣取っているよりも、学園の中を適当に歩き回る方がよっぽど効果的だ。それならば、ハンナですら居場所の把握ができない。把握ができなければ、言いたくもない居場所の情報を与えずに済むのだから。

 だから、“答え”は自室にいるだろうと予想される。誰にも邪魔をされない場所で、扉に鍵をかけて寛いでいるのだろうと、レアはそう考えた。

 それが、最も()()()()な気がする。


「——いいえ」


「…………」


 あっさりと、事もなさげに、レアの予想は否定された。


「その生徒は、私の5メートル以内にいますか?」


 考える間も無く、ハンナはその質問をした。予想されたものだ。レアが、もし逆の立場であったとしても、同じ質問をしたに違いない。


「はい」


 これは、随分とまずい状況となった。5メートルといえば、もう目と鼻の先だ。

 ハンナはもうレアの方を向いていない。先ほどまでの俯いている為に顔を伺う事ができなかった時とは大違いの、レアなどすでに眼中にないが為にそちらに目をやっていない。ハンナの視線は観客の最前列の上を滑り、注意深くその行動を観察している。“答え”の人物はどのような行動に出るのか。何か不自然な行動をとるのか。それを確認しているのだ。“答え”を調べる為に、もはやレアの顔を伺う必要はないと判断している。


 これは、ハンナが“答え”に辿り着くまでそう時間はかからない。

 そう判断したレアは、やはりもう一度賭けに出る必要があると考えた。これはあまり賢い手ではないように思えるが、もはや一足跳びでは足りないと判断せざるを得ない。


 レアがいざ質問を言おうという段階になってなお、ハンナはレアの方を向かない。好きにやってくれとでも言わんばかりに、ほんの一瞥すらもよこさないのだ。

 それもそのはず、ハンナは観客から一瞬も目を離したくないのだ。ハンナにとって最も困るのは、せっかく狭めた予想範囲から“答え”が出て行ってしまう事だ。そうなれば、ハンナの質問のうち最も有力な三つが無意味なものと化してしまう。そうなれば、おそらくもうレアと競うどころではなくなるだろう。ほとんど一からやり直し。いや、“答え”が移動したかいなかが判断つかないのなら、全く情報を持っていないよりも状況は悪い。無意味であるという事すらもわからずに、全く関係のない質問を繰り返す可能性があるからだ。

 だから、ハンナは観客から目を離さない。その一人一人の移動すら記憶するのだというくらいの気構えで、常に観客を凝視している。


 だから、レアも相応の気構えが必要だ。勝利する為に。


「回答をします」


 言うが早いか、レアはその瞬間に駆け出した。

 観客に気を向けていたハンナはおろか、司会と進行を務めるナターシャですら反応が遅れてしまうほど迅速な行動だった。それもそのはず、現時点において、誰一人レアが回答など行うと思っていなかったのだから。

 今、レアは“答え”がどこにいるのか探している状態のはずなのだ。この場の全員がそう認識しており、事実レアはそのつもりで質問を繰り返していた。ならば、なぜ今行動に移る事ができるのか。今の情報では、まだ“答え”の居場所を絞り切れていないはずなのだ。


 第三塔の、半分よりも高い階にいて、自室ではない。確かに、学園のどこにいるのか把握できないよりは遥かに狭い範囲ではあるが、それでも虱潰しとはいかないはずだ。レア一人の足で探そうと言うのは無理がある。


 ならば、レアの行動はどういう事なのか。

 単純だ。単純に、()()()()()()()()()に過ぎない。


 まず、誰かの部屋に隠れている事は考えないものとする。それは、他者の許可を取らねばならず、いやが応にもその相手にだけは自分の居場所が知られてしまうからだ。知る人間が多くなるほど情報の秘匿性が失われていくことを前提に考えるなら、おそらくは避けたいはずだと決め打ちをする。

 そして、人目につく場所を考慮から外す。人混みに紛れる事によって隠れれている可能性がないではないが、隠れようと考える側の心理としてはやめておきたい事だろう。そうでなくとも、“答え”がレアの思っている人物であるならばあまり利口な手ではない。

 どちらも充分考えられる可能性でありながら、今回は完全に考慮から外す。レアの勘を前提とした二足も三足も跳ぶ推理だ。多くの低い可能性を排し、高い可能性へと賭けに出る。今はそうしなくてはならないと、レアの警戒心が警告していた。


 決め打ち。ならばそこはどこか。

 別の誰かの部屋ではなく、人目につかない場所。第三塔の中央から上の階で、そんな場所があるだろうか。第三塔は寮になっているため、使われていない実習室などはない。そして、何にも隔たれていない廊下のような空間にポツンと立ち尽くしているはずはない。で、あるならば、一体どこにいるというのだろうか。


 レアは階段を駆け上がる。上へ、ひたすら上へ。魔術すら行使し、自らの出せる最速で。

 辿り着くのは『頂上』。エルセ神秘学園第三塔の——屋上である。


 そこに立つ人物は、現在たった二人。

 言うまでもなく、一人は小柄で短く黒髪の少女、代表会準格二位レア・スピエル。そしてもう一人は、間違いなくレアが思っていた通りの人物。

 同年代だというのにレアよりも10㎝近く高い身長。女性的な色気というものが見え隠れしている声と表情が、あと五年もしないうちに彼女が魔性の美貌をもつ事になるだろうと予感させる。

 一切のくすみのない腰まで伸びる赤い髪と、少し気の強そうな顔立ちを合わせれば、まるで烈火のような人物だと感じられた。

 体つきは外套(ローブ)に隠されていてよくわからないが、おそらくは十三歳の少女とは思えない女性的曲線を描いているに違いない。

 特に仲がいいというわけでもないというのに、なぜだか彼女の事はよく知っている。いや、同じ学年で、あるいはこの学園で、彼女の事を知らない人間などいないのではないだろうか。


「ご機嫌よう、レア・スピエルさん」


 目を細めるレアに対して、彼女は何気無い散歩中の挨拶かのような声をかける。彼女にとっては、レアとの対峙などその程度という事なのだろう。


「ごきげんよう——リスリー・ペル・イスマイル……様」

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