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彼女は先制する

 ダライアスとヴェルガンダの闘いは熾烈を極めたが、流石に自分の仕事を放っておくようなヴェルガンダではなかった。


「この勝負預ける」


 そんな英雄譚の登場人物のような台詞を吐いて、ひとまずは代表会の準備に取り掛かる事ができた。

 ダライアスは渋々といった様子で身を引き、そわそわとした態度で代表会の仕事を眺めている。


「何をしているんですか貴方は」


「……放っておけ、それよりも準備を進める」


 全く取り合おうとしないのは、本人もほんの僅かばかりは悪いと思っているあらわれか。しかし間違いなく彼のせいで、勝負(ゲーム)の準備が遅れてしまった。


 まず、せっかく集まった代表会員への説明は不可欠だ。ヴェルガンダは全く釈明しようとしないため、シスとレアは喉が渇いてしまうほど同じ説明を別々の生徒にする必要があった。当初予定されていた作業のほとんどを見直さなくてはならなくなったからだ。この時ほど、アルテアの頭脳が酷使された事はないだろう。

 対抗戦はレアが作戦立案をしてシスやナターシャも手伝っていた。しかし、今回はそうもいかない。日程の調整のような細やかな作業は、アルテア以外にできる者がいないからだ。


「苦労をかけます」


「その言葉は是非一位から聞きたいものだ」


「……ヴェルには私から言っておきましょう」


「そうしてくれ」


 まず始めに行わなくてはならないのは、ヴェルガンダが壊した部屋の立ち入り規制だ。修繕は学園側に一任するとしても、一早い対応がなくては誰か怪我人が出るかもしれない。むしろ今もってヴェルガンダとダライアス以外に怪我をした生徒がいない事が不思議とすら言えた。


「念のため直上と隣接した教室も侵入禁止としよう。もちろん廊下もだ」


(わたくし)は手伝ってくれそうな生徒に声をかけてきますわ!」


「そうだな。どうあがいても手数が足らん」


「わたしとリリアさんは二階の規制をしてきます」


「頼んだ。いつ崩れるか分かったものじゃないからな」


 そうして忙しなく、代表会員たち時間は流れていった。使用禁止となった部屋を使用予定だった生徒たちには釈明と別の当たり障りない部屋の使用権を与えたが、当然学園側に許可を取ってあるわけではないので後から代表会が謝罪しなくてはならない。時間がこんなにも早く進むというのに、作業は一向に進んでくれはしなかった。結局二時間もの遅れを有し、空も間も無く赤く染まるかという時間にようやく開始と相成ったのだ。


「……なんでこんなに疲れているのにこれから勝負なんてしなくてはならないのでしょう」


「明日ではいけませんの〜」


「流石に授業がある中でこんなに大きな勝負をするのは無理がありますよ。だからもうお蔵入りにしてしまいましょう……」


 レアとライラとリリアが文句を垂れる。作業の手を止めず、手を抜かず、それでも文句だけは言わなければ気が済まなかった。


「はいはい! もう始まるからワガママ言わない!」


 ナターシャが手を叩いて場をまとめる。

 そもそもの話をすれば、ナターシャが企画したこの勝負のせいで代表会の出し物が予定以上に大掛かりとなってしまった事も忙しさの理由だ。

 さらにいえば、出し物の準備で一番仕事量が少ないのはナターシャだ。指示は的確であるものの、常に自分が一番楽になるように調整していた。


「だいたい今までどこにいたんでしょう。一番大変な時にいなかったのにいつの間にかいますね」


「いつも話が一番長いのハング先輩なのに……」


「なんであの人が仕切ってるんだろう……」


 手伝いをしてくれた生徒達からも不満が漏れるが、ナターシャがそれを気にする様子はない。あくまで、シャンとした先輩のように振舞っている。


「もう見学者が来てるわ! 早めに始めないと!」


 渋々、ため息をこらえながら持ち場に着く。わざわざ集まってくれた生徒達にはお礼を言って解散する。

 レアはようやく勝負の場に立つ事ができた。実際よりも長く働いていたような気がする。それほどの疲労感であり、精神的に面倒臭いと感じ始めていた。


 今朝から校内のあちらこちらを歩き回った。しかし、これはレア自身嫌な気分ではなかったし、なんならして良かったとすら思っている。

 なぜか校舎を破壊している一位。これを聞かされた心労は計り知れず、精神疲労のほとんどはこれとすら言える。

 その後の後始末。本来予定のなかった労働であり、本来必要すらないはずの労働であった。

 総合的に、端的に、早い話が、レアは疲れていた。


「シャンとして、ほらシャンと!」


 無理矢理立ち上がらせられて、背中を押された。すでに勝負の舞台は整っており、あとはハンナと闘うだけだ。

 きっと、長引いてしまうだろう。

 レアは、今晩のご飯は遅くなってしまいそうだと肩を落とした。




 代表会員同士の勝負と聞いて、ほとんど全校生徒がその場所に集まっていた。校庭を広く使い、周りを囲む校舎からはどこからでも見下ろせる。現に、校庭内で見上げているだけでなく校舎の窓からもたくさんの顔がのぞいていた。

 その中に一人、酷く挙動不審な女生徒がいた。先日突然姿を現したハンナに、訳も分からないまま“答え”に任命された少女だ。


「大丈夫かな……」


 不安で不安で仕方なく、校庭からでなく自分の部屋から見ているのも顔を見られたら気づかれてしまうのではないかと思ったからだ。


「お待たせお待たせ! お待たせみなさん! これより代表会が主催しまする勝負(ゲーム)友人捜索(グッド・パーソン)』を開始いたします!」


 代表会四位のナターシャが、勝負の開始を宣言した。拡声魔導具によって、その声は校内のいたるところに拡散している。どこにいようとも、その声を聞き逃すことはないと言う事だ。その声を合図として登場した今回勝負する二人の少女の全く違った表情が印象的だ。ハンナは口元に笑みをたたえて余裕を見せており、レアはなんとも思っていないかのように無表情だ。どちらも不安が一切感じられないと言う点では変わらないと言うのに、受ける印象はまるで違う。もっとも、レアに関して言えばいつもの通りとも言えるが。


「皆さんご存知とは思いますが、外部の見学者の方もいらっしゃるので改めて規定(ルール)の説明をいたします」


 予め周知されていた話をまとめるなら、「お互いは生徒の中から誰か一人を選び、相手が誰を選んだか当てる」勝負(ゲーム)だ。これはこの勝負が行われると決定した時点で全校生徒に説明がなされた。


「対戦者の二人には、三週間ほど前の時点で“答え”を決めてもらっています。そして、あとで変更などができないようにその答えは紙に記載して、この専用魔導具の中に入れさせていただきました。なお、中身を知っているのは本人たちだけとなります」


 ナターシャが取り出したのは黒い箱。元々は代表会で行われる予定だった別の出し物に使われる魔導具をこれのために改造した物だ。


「この魔導具は代表会員が一つずつ持つ鍵を全て使わなくては開けられませんし、一度開けたら形が崩れる仕様となっているため中身の紙は決して誰の目にも触れていないと約束します」


 代表会員が、一人ずつ鍵を持っている事を表す。頭よりも高く掲げ、見ている全ての人間から間違いなく見えるようにしめした。


「勝負は、交互に相手に質問する事によって進行していきます。お互いは「はい」か「いいえ」で答えられる質問を一回ずつ必ず行い、質問には必ず正しく答えなくてはなりません。自分の番では質問の代わりとして、“回答”をする事も可能です。回答の方法は、その本人をこの場に連れて来る事とします。同姓同名の別人である可能性を潰すための処理と思っていただいて構いません。そうして相手の“答え”をこの場に連れて来られた方を、この勝負の勝者となります!」


 あの日、ハンナは少女に言った。「私と貴女はあまり接点が深いわけではないけれど、その方が答えだと思われないわ」

 少女も同意見だ。この勝負、以下に相手に分からないような相手を“答え”にするかが勝負の分かれ目に思えた。そうなれば、貴族としての交友関係を持つハンナの方が圧倒的有利だ。


「なお、質問とその質問に対する答えは全て記録します。相手が正解したというのに間違いだと言い張って勝負を続行する不正を行っても、何回目に敗北したのかあとで分かるので悪しからず。他に質問は?」


 ナターシャは最後に釘を刺し、対戦する両者から何も質問がない事を確認する。


「それでは、事前決定によって先行レア・スピエル! 勝負開始です!」


「貴女の“答え”は一学年のアメリア・ローハークさんですか?」


 全く考える間も無く、レアはそんな質問をした。

 少女は、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。アメリア・ローハークは、間違いなく少女の名前だった。

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