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彼女は呆れる

 門は完全に開け放たれ、人々はいつになく沸き立つ。

 普段訪れない様々な人物の顔が見られ、その顔には皆一様に驚きを浮かべている。


 エルセ神秘学園“公開祭”開幕である。


 生徒たちは皆思い思いの出し物を運営し、一人でも多くのお客に見てもらおうと勧誘に大忙しだ。お客の中には国内外の有力貴族も訪れるため、自らの存在を強く主張するための重要な機会なのだ。


 その代わり、代表会は少し暇を余している。

 流石に外部の人間が多く入る公開祭の見回りまで生徒に任せる事はできないし、彼らも余裕をもっていないと自分たちの出し物にも影響が出てしまう。久方ぶりの余裕をもった行動ができる時間なので、皆それぞれに行動をしている。


 代表会一位ヴェルガンダ・ジーク・アラドミスは、第二位シス・ハイネと連れ立って公開祭を見て回っていた。代表会の出し物は午後からなので、まだ時間は充分にある。


「ヴェル、この先の実習室で研究発表をしているはずです」


「確か三人組の男子生徒が申請を出したものだったな。せっかくだ、見ていこう」


 この公開祭の出し物の中には魔術を利用した飲食店や娯楽品売り場などがあるが、学園の頂点に立つ二人にとっては興味の範疇外だ。必然、より魔術として高い技術を求められそうな出し物ばかりを見て回り、勉強見学と言った方が正しいような楽しみ方だ。


 訪れた研究発表は、魔力に反応して色を変える硝子の精製についてだった。それはつい先日まで荒唐無稽な代物であったために頓挫していたのだが、対抗戦でハンナが使った砂状の魔導具によって現実的な物となったらしい。

 原理としては、溶かした硝子にあの魔導具と原理を同じくした物を混ぜて再整形する。あれほど小さな魔導具でなくてはなし得ない制法である。それによってできた硝子は曇ってしまうため透明度が僅かに落ちるものの、魔力を流すと赤色に変色してしまうのだ。


「見事なものだな」


「ええ、私では真似できません」


 二人はたったそれだけ言うと、早々に部屋を出て行ってしまった。

 この研究発表には魔法に関係せずに開発された「非対称性鏡硝子(マジック・ミラー)」と呼ばれるものもあったが、それは二人の眼鏡にはかからなかったようだ。

 一応は褒められたというのに、ここ生徒はイマイチ釈然としない感覚を覚えた。


 決して、研究成果が気に食わなかったという事というわけではない。むしろ、口でそう言ったように関心すらしていた。あの言葉は、全く関心のないものに対する世辞などでは断じてない。

 ただ、単純に急いでいたのだ。いくら今日は時間があるといっても、それは昨日までに比べてというだけに過ぎない。この公開祭の出し物は多肢に渡る以上、時間がどれほどあってもありすぎるなどという事はないのだ。二人は魔術関連の出し物だけに絞って回るつもりだが、それでも午前中だけで全てを見る事はできないだろう。午後には代表会の出し物があるために、他の場所を見学している暇などない。


 だから、この限られた時間のうちにできるだけ多くの場所を見て回ろうとしていた。忙しないのも無理からぬ事だ。


 しかし、無駄を省き、最短で行動し、最速で見回り、最高の公開祭にしようと考えていた二人に対し、全く望まない声がかかる。


「見つけた! あぁ、久し振りだな、シス・ハイネ!」


 その声は二人とも聞き覚えがありながら、この場で出会うなどとは全く思わなかったものだ。さらに言えば、まさかシスを名指しして、探していたなどと言うのは全くの予想外だ。


 二人が振り返ると、そこには記憶の通りの人物が立っていた。


「ダライアス……エンドラゴ」


「覚えていてくれたのかハイネ嬢」


 それは、心底嬉しそうな声。

 どうやら二人の聞き違いというわけでも、ダライアスの人違いというわけでもないらしい。


「あー……どういった要件でしょう?」


 シスは厳格そうな表情を崩さずに問い掛けた。レアのような全くの無表情ではなく、規則に厳しく気が強そうな表情だ。


「君に会いたかったのさ。この学園が公開祭だと聞いたので、また会えるかと思ってわざわざここまで飛んできた!」


「えぇ、はぁ、そうですか……」


「君でなくてはならない。私には、君でなくてはならない理由があるのだ」


「え、あ、えっと……」


 なんと反応して良いやら、シスは判断できずにただ後ずさる。ダライアスの言う言葉はイマイチ要領を得ず、それでいて勢いだけはあるものだから気圧されてしまった。


 その後ずさった一歩分をダライアスが詰めようとし——そこで待ったがかかった。


「ようこそ、我が校へ……!」


 あまりにも冷たい表情のヴェルガンダが、シスに詰め寄ろうとしたダライアスの前に立ちはだかる。言葉こそ歓迎しているかのようであるが、あと一歩でも近づいたらただでは置かないと目が語っていた。


「あー、おそらく代表会の一位だな。表彰式で見た気がするぞ」


「いかにも。もし宜しければ、学園内を案内しよう。()()()()


「ほぅ……」


 明らかな敵対心を受けて、ダライアスがわずかに目を細める。


「この私を、君がかね?」


「そうとも、そうとも、不服かね?」


 一体何をしているのかと、シスはただ困惑している。どうしたものかと、頭を悩ませてしまっている。


「あと十分ほどで、校庭の使用権が解放される。午後の日程が始まるまでは、誰でも自由に利用する事ができるようになる」


「昼休みといったところか」


「そうだ。我が校の校庭は広くてな、いつも野外授業で活用させてもらっている。例えば、“模擬戦”とかな」


 その言葉の意味がわからないダライアスではない。口角を釣り上げ、拳を握り、一歩大きく踏み出した。


「なるほど、楽しそうだ」


「だろうとも」


「え、え……?」


 シスは眉間の皺を更に深くして、どうしたものかと首を傾げる。


「私は見て回りたいのですが」


「先に行っていろ。なに、すぐに追いつくさ」


「“すぐに”ねぇ、そうかそうか」


 その不穏な空気を一番近くで感じるシスにできる事といえば、ただため息を吐き出す他になかった。




「レアさん、あちら凄い人だかりですわ」


「行ってみましょう」


 朝から殆ど、この調子である。

 あまりに騒々しい公開祭当日の朝、代表会としての出番は昼からになるはずだと部屋でゆっくりしているレアを放っておく同室者(ルームメイト)ではなかった。レアは半ば引きずられるようにして部屋から連れ出され、不満不平を言う暇など与えられない。

 日課の走り込みを公開祭の準備に忙しい生徒の中行い、その疲れによって朝だというのに深い睡眠を取れると考えていた矢先の出来事だった。


「えぇ、えぇ、行きましょうとも、そうしましょうとも」


 普段の運動不足からは想像もできないほど活発に動き回るライラが先導し、普段の大人しさからは想像もできないほど強引にリリアが手を引く。

 出し物になど興味はないものの、二人とともに歩くのは純粋に楽しいので逃げ出す気などないというのに、朝の事があるため全く信用されていない。


「何でしょうね、この時間校庭は何をしていましたかしら?」


「えぇ? 今はもう自由時間じゃありませんか?」


 リリアの言うとおり、どうやらとっくに昼の時間となっているようだ。ならば、この人だかりは校庭で食事をとりたい人たちの行列なのだろうか。そうなると、どこの誰のどんな出し物よりも何もしていない校庭の方が人気だという事になる。

 いや、まさかそんな筈はないだろうと思ったが、何をするまでもなくその答えはすぐに分かった。


 ゴドォン、あるいはドガァンといった風な轟音が校庭の方から聞こえてきたからだ。それと同時に、野次馬たちが悲鳴のような声を上げた。


「何か問題みたいですわ」


「困りましたね。ここが使えなくてはハンナさんと勝負ができません」


 本当ならば面倒事に巻き込まれるのは御免だが、この勝負が流れてしまうと日を改める事になるだろう。せっかく弄したものが機能しなくなってしまうかも知れないし、次の勝負でもうまく事が運べるとは限らないとあれば、勝手にしていろと放っておくわけにもいかない。

 仕方なしに、レアは人混みを掻き分けて進んで行った。


「通してください、代表会です。すみません、ちょっと通して。代表会です、ごめんなさい」


 レアは代表会の立場を使おうと考えた事など今まで一度もなかったが、今日この時だけは大いに役立った。


「スピエルさん」


「え?」


「シス先輩じゃありませんか!」


「あら、どうされましたの?」


 この野次馬の最前列。

 そこにはおよそ野次馬という言葉から程遠いと思われる人物がいた。代表会二位シス・ハイネといえば、勉学の鬼とも言えるような人物で、他人の喧嘩や不勉強など気にも止めずに教材に噛り付いているような印象がある。それはあくまでレアの印象ではあるが、学園の彼女を知る人間は概ねそんな印象を抱いているだろうとも感じていた。

 実際、ライラとリリアも驚いているようだ。


「これは何の人だかりがわかりますか?」


「あぁ、はい。まぁ……」


 なんとも歯切れの悪い答えだ。しかしまあ、レアも最前列まで来て何事か把握できないほど近眼になったつもりはない。そちらに目を向ければ、確かに見覚えのある人物をはっきりと視認できた。

 それは、先の対抗戦において最も強敵であったといって過言ではない人物、龍人(りゅうじん)ダライアス・エンドラゴであった。


「先輩、質問を変えますが、ファルハン魔術学園の準格が何をしているのかは知っていますか?」


「そう……ですね、はい」


 またも、歯切れが悪い。


「お聞きしても?」


「えっと、ヴェルと……ヴェルガンダと模擬戦を……」


「えぇ……」


 ちょうどその時に、校舎の一角が破壊されてレアたちのよく知る人物が現れた。言うまでもなくヴェルガンダである。

 その手には人間一人分ほどの大きさを持つ岩塊を持ち、迷う事なくダライアスに投げつけた。おそらくは校舎の残骸をヴェルガンダの魔法で成形した物と思われる。


「あれは問題ないのでしょうか?」


 校舎の破壊など問題でないはずはないが、一応シスに問いかける。


「……なんとか、上手く……必要経費から落とせないか学園側と交渉しましょう……もしも通らなかったなら実費で弁償ですね……」


「……あぁ」


 それはまず間違いなく現在の学生が行うものとしては最高峰の戦闘でありながら、いまいち応援する気になれないような代物だった。

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