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彼女は企てる

 公開祭の用意は、目下順調に進んでいた。


 当初みられた問題(トラブル)もなりを潜め、各学級の出し物も概ね準備段階となった。

 準備の進み具合まで代表会が完璧に把握してるわけではないが、少なくとも企画段階で右往左往している学級はもうない。

 一部、学級ではなく個人の団体として集まった生徒が出し物の申請を出しているが、それもどうやら手際よく準備を進めているらしく目立った問題はない。


 ならば、現状一番の問題はハンナ・S・ムーアを置いて他にない。


「どうしますの……?」


 ライラが心配そうな声を出す。


「ビックリしましたぁ……」


 リリアが困った顔をする。


 二人の心配はもっともだ。レアとしても、まさかもう一度不信任勝負をさせられるとは思ってもみなかった。


「どうすると言っても、やらなくてはならない事に思い当たりがないですね」


 どのような勝負をするのかは、相手側に決定権がある。そのような取り決めだ。レアにはそこに手を加える事ができない。


 ただ、だからといって何もせずにいる事などできるはずもない。ライラはそう言いたいらしく、ずっと不満げな顔をしてレアを見つめている。


「レアさぁん! 呑気な事を言っている場合ですのぉ?」


 レアにすり寄って肩を揺らす。レアは抵抗せず、なされるがままに首をガクガクと揺らせている。


「やーめーてーくーだーさーいー」


「ふざけてる場合ではありませんわ!」


 ライラがレアに顔を近づける。いつしか同じような光景があった。かつて、リスリーに退学を賭けた時だ。

 あの時は、結局レアに魔導具の用意があったため事なきを得た。しかし、今の時点においてレアには何か明確な対策はない。ライラの心配は無理からぬ事だ。


「今度こそ代表会を追い出されてしまいますわ! せっかくレアさんの実力が認められてきたというのに、そんなの我慢できませんわ!」


 ライラはそう言って腰に手を当てる。


 レアとて、ふざけているわけではない。ようやく苦でなくなったこの生活を、奪われるなどまっぴらごめんだ。


「わたしもあっけなく負ける気はありません。ライラさんが応援してくれるなら、きっと負けませんよ」


「……っ」


 ライラがたじろぐ。

 ほんの僅かに顔を赤らめ、掴んだレアの肩から手を離す。


「……そういう事なら、深くは追求しませんわ」


 そう言って、自分のベッドに腰掛けた。


 レア自身、全く負けるつもりはない。

 レアが負けるという事は、すなわち代表会から外されるという事は、学園からの退学を意味するからだ。レアの成績では、代表会なしに学園に残る事ができないだろうからだ。


 初めにナターシャに脅された時も、確かそのように言われた。


 しかし、それをライラとリリアに言う事はない。

 もしも言ったならば、二人とも取り乱すに決まっているからだ。余裕の表情を見せて、余裕の態度を保たせなくてはならないと思った。

 なにせ()()()()()()()()()()()()()


「何か、考えがありそうですね」


 リリアがレアの顔を見て言う。

 それを聞いて、ライラもレアの顔を見る。


 短くない時間を共に過ごした二人の目には、普段と変わらないレアの鉄面皮が、たしかに笑っているように見えたようだ。


「なんですの? もうすでに考えが?」


「まぁ、一応ですが……」


 二人は顔を見合わせる。

 安心したような、心底嬉しそうな、そんな笑顔を見せている。


「どうしました?」


「いやぁ……」


「レアさんがそんな話をするのは初めてなので」


 レアは首を傾げる。

 果たしてそうだったろうか。


 ……いや、そうだったかもしれない。


 確かに、迂闊な事を言ってはいけないために勝負(ゲーム)についての発言は控えていたかもしれない。

 とある島国には、壁と扉には目と耳があると言った感じの諺がある。人の噂話はどこにいても防ぐ事はできないといった意味の言葉だ。唯一の方法は、全く口外しない事。二人の事を信用していないわけではないが、誰が聞いているのかわからない以上迂闊な事は言えない。


 そんなレアがなぜ今日に限ってそんな事を言ってしまったのかと言えば、()()()()()()()()()()を除けば、やはり気の緩みが原因だろう。二人とより打ち解けた事による安心感がもたらす弊害とも言える。

 しかし、レアはそれを改める気はない。この心地よい空間を手放そうという事は、結局のところ学園を退学になる事と大して差がないからだ。レアにとって学園とはその程度の場所であり、二人はそれほどの存在だ。


「いったいどんな作戦ですの?」


「私たちでもお手伝いできますか?」


「むしろこちらからお願いしたいくらいです。今回は今までと趣向が違うので、事前の対策が練られました」


 今までであれば、勝負の瞬間になるまで内容が知らされないなどという圧倒的に不利な状況を強要されていた。実際、マティアスとヴェルガンダは出会ったその時に勝負(ゲーム)の内容を提示してそのまま本番に入るような不意打ちとも言えるものだった。

 その時に勝利する事ができたのは、ひとえに幸運だったためだ。


 しかし、今回ばかりはそうではない。

 それなりに他生徒への知名度が出てしまったレアに対して、一方的な勝負を行うのは外聞が悪いのだ。レアがなんらかの勝負をするとなれば、全校生徒の注目を集める事は免れない。それ故に、ある程度の公平さを保つ必要がある。


 ……というのは建前で、ナターシャが面白がったためだ。

 とっくにレアを不利な状況下に追い込む事に飽きていたナターシャが、より大々的で劇的な舞台を求めたのだ。

 予め決められた時間に開催され、それは事前告知のもとに行われる。このためにわざわざ用意された場所に集まり、このためにわざわざ設定された規定(ルール)で勝負する。


 間違いなく、多くの生徒がこの勝負を見ようと押しかけるだろう。


 普段ならば迷惑この上ないが、この時においてのみはありがたい。

 事前の対策を練られない事がどれほど不利に働くか、その実態は説明するまでもないだろう。


「今回の勝負(ゲーム)は、お二人の協力が必要になります」


 そう前置きをし、レアはペンを取る。


「お二人が手伝ってくださるのなら、これ以上頼もしい事はありません」


 これ以上になく真剣な眼差し。

 赤の他人であれば普段との差を理解できなかったろうその表情だが、友人である二人にはハッキリと伝わったようだ。


(わたくし)にできる事なら是非お手伝いしますわ!」


「わたしもです! わたしも手伝います!」




「失礼するわ」


「あぁ、はい! どうぞ!」


 レアたちとは別の階の、別の部屋でのやり取りだ。

 その部屋の主人である少女は、突然の来訪者に戸惑っていた。しかし、それを理由に追い返す事などできるはずもない。

 そもそもする気すらないが、来訪者は少女よりもはるかに上位の貴族なのだから。


()()()()()、どうされましたか!」


 ハンナ・S・ムーア

 ムーアの家は決して歴史の長い貴族ではないが、その高い魔法技術により王家からも覚えめでたい新進気鋭である。


 対抗戦においては相手校の四位に大立ち回りを演じ、結果的に敗北したものの家名が伊達ではない事を内外に示した。

 小柄で大人しそうな見た目からは想像もできないほどの実力をその内に宿す強者を前にして、少女は少なからず萎縮していた。、


「どうというわけではないのだけれど、ちょっと貴方に協力して欲しくてね」


「協力……ですか?」


「えぇ」


 少女は僅かに眉間にしわを寄せる。ハンナの意図するところが掴めないためだ。


「お話の前に、窓を開けていいかしら? 少し暑くて」


「え、はい、どうぞ……」


 返事がされる前に動いたハンナに呆気にとられ、言葉尻が弱くなってしまう。ハンナは自ら開いた窓のふちに腰掛け、まるで自分の部屋かのように寛いでいる。


「今回の勝負(ゲーム)の内容はもう知っているでしょう?」


「はい、学園の生徒の中に知らない者はいません」


「えぇ、そうね」


 心地よい風が、ハンナの短い髪を揺らす。

 校庭を見下ろすその窓から見える景色は少女のお気に入りで、眼下で動き回る生徒たちの声がよく聞こえてくる。魔術を使えばその声を聞く事ができるのだろうが、少女はそこまで不躾ではない。


「貴女にお願いしたいと思うのよ」


「お願い……ですか……?」


「そう、次の勝負(ゲーム)の、()()になって欲しいのよ」


「……!!」


 答え

 それが何を意味するのか、わからない生徒は学園内に一人もいない。

 本来ならば信頼できる相手にのみ任せられるはずの大役である。


「わ、わ、私がですか……?」


「えぇ」


 理解が及ばない。なぜ特別親しいわけでもない人間にそんな事を頼むのか、利点が全く浮かばない。


「これはね、必勝よ。負けないの、私は」


「負け、ない……?」


 まっすぐと少女を見つめ、果てしないほどの自信を感じさせる表情をしている。

 ハンナの幼い見た目からは想像もつかないほどの妖艶さに、少女は思わず生唾を飲み込む。


「わ、かりました」


 よく分からないままに、少女はハンナの協力者となった。


 公開祭の本番は、刻一刻と近づいている。

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