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彼女たちは準備をする

 公開祭の開催は、夏季休暇が明けてからそう時間がない。来月の中頃を予定している。

 様々な生徒が学級の、あるいは友人間の催しを企画しており、放課後はその準備をする生徒が忙しなく動き回っている。


 そして、代表会はそんな生徒たちをして更に慌ただしい日々を過ごしていた。


「二学年と四学年の企画が被っているぞ。どちらかに手を引かせろ」


 学級ごとに催しをするわけだが、二学年の学級と四学年の学級の内容が近しいものだったのだ。アルテアがその調整を支持する。


「11時からの校庭使用権は代表会にあります。日程表を調整しなさい」


 校庭は催しをする上で最も人気の高い場所だ。故に時間単位で使用権があるのだが、手違いで代表会の使用する時間に別の学級が記載されていた。ハンナがその不手際を指摘する。


「資金の持ち込みは禁止です。学園から支給される資金内で活動してください」


 資金を持ち込めてしまうと、大貴族と大商人が金にものを言わせた催しをする事になる。それでは学習の実態とは言えないため、催し一つ一つに対して厳正な審査の上で活動資金が与えられる。レアがそれを注意する。


 相談に来た生徒たち、あるいは手伝いのために集まった生徒は、代表会員の言葉を受けて順番に帰っていく。

 生徒の相談事は、基本的に代表会が受ける。将来国を背負う立場となる代表会員ならば、この程度の指揮を取らなくてはならないのだ。どうしても判断がつかないとなれば学園側に報告を上げるが、基本的に苦情も意見も代表会が受け持つ事となる。


 しかし、ここに一つ問題がある。


「レア・スピエル!」


「……はい」


 本来、()()()()()()()()()()()()なのだ。


「お前はここじゃないだろう!」


 アルテアの怒りは、レアの持ち場がここではない事に起因する。

 レアは、代表会の催しの準備をする人員だ。


「向こうも人手が足りないんだぞ! 直ちに向かえ!」


「……はい」


 仕方なしに、言われた通りに、レアはノロノロと持ち場に行く。


 代表会は、催しと公開祭の管理を両方任されるため、常に馬車馬のように働かなくてはならない。

 つまり、例え準格といえど抜け出す事は許されないのだ。


 それ自体は、レアもよく分かっている。

 特に、今回の催しは魔導具が重要な役割を担うため、魔術技師の技術を持つ人員は一人でも多いほうがいい。


 そんな事は、分かっているのだ。

 しかしそれでも、あの場所に行きたくなかった。




 最上階の第二廊下。そこにある実習室で代表会は活動をしている。


「おい見ろ、レア・スピエルだ」


「ほほう、あれが」


「…………」


 レアの姿を見るや否や、様々な視線が突き刺さる。

 物珍しそうに、観察するように。


 当たり前だが、気分がいいものではない。見世物にされたようだ。これだから近づきたくなかった。この場所にレアが来る事は周知の事実であり、レアを一目見ようという生徒がたむろしていた。

 対抗戦での活躍が周知されてからというもの、学園内の注目のほとんどはレアのものとなった。

 手が空いた生徒、比較的暇な生徒、あるいはわざわざ暇を作った生徒が、一躍時の人となったレア・スピエルとはどのような人物なのか見学しに来るのだ。


 非常に迷惑この上ない。

 レアの活躍は、実力によるものではない。偶然に起こった好機を、偶然にものにできたに過ぎない。

 実態は幸運によるものに他ならないのだ。現状の評価は、過大であると言わざるを得ない。


 居心地がいいはずがない。表情には出ないものの、レアは確かにこの場に居たくないと思っていた。

 いっそ逃げてしまおうと思うのも無理からぬというもの。だから、公開祭の管理にこっそりと紛れ込んでいた。


「レアさん! 何をしていましたの!?」


「どうせまた向こうに行っていたんでしょう! いけませんよ!」


「あぁ、うぅ……」


 珍しく、レアが言い淀む。


 第四棟の一室。代表会のためにあてがわれたこの部屋は、是非とも避けたい場所だった。


 正直に言えば、悪いとは思っている。

 レアがこれから忙しくなるからと、三人の時間を作るためにわざわざ二人は代表会を手伝ってくれている。

 この提案をしたのはレア自身であるというのに、二人を放っていてしまった。


「すみません。急ぎます」


「当たり前ですわ!」


 今この場にいるのは、レア、マティアス、ハンナ、ナターシャ、ライラとリリアを含めた手伝いの生徒、アイギスを筆頭とした学園職員。廊下から覗き込む野次馬を除いても、ある程度の人数がいる。

 しかしそれでも、作業の進行は芳しくない。


 早い話が、気が散るのだ。

 公開祭までに作業を終えるための日程と、その日程をこなすための適切な人員は充分に揃っている。しかしそれでいて、近くでこそこそ話す声が聞こえていては気が散って作業にならないのだ。


「レア・スピエルは魔術技師志望だと聞いたぞ」


「私もそう聞いた。なんでもその技術で対抗戦をものにしたと」


「その手並み、拝見と言ったところか」


 レアが何かをするたびにこの調子なのだ。

 顔には出ないものの、気が滅入ってしまうというものだ。


 そもそも、この場でレアが何か劇的な技術を披露する事などない。

 当たり前だが、劇的で画期的な技術などそうそう発見されるものではない。全てに言える事ではあるが、基礎の積み重ねなくして奥義に到達する事などない。

 どれほど大掛かりな装置であろうとも、どれほど大規模な魔術式であろうとも、そこに根本的な基礎が変わらない限り違いはない。


 そこには、野次馬が望むような光景は存在しない。


 彼らもまたこの学園で学んでいる生徒なのだから、少なからず魔術技師の知識は学んでいる。当然出来不出来はあるにしても、多少の基礎技術すらも備えられていない者はいない。それができないのなら、進級すら危ういのだから。


「……意外に普通だな」


「あれがレア・スピエルなのか……?」


 勝手に期待して、勝手に残念がって、レアはそんな空気が大嫌いだった。


「気にする事ありませんわ」


 誰にも聞こえないほど小さな声で、ライラがレアに囁いた。


(わたくし)たちがいますもの。あんな人たちなんかのために、三人の時間を棒に振られてはたまりませんわ」


「……すみません」


 嬉しくて、嬉しくて、少し顔が温かくなるのを感じた。


 最近では代表会の仕事にも慣れ、楽しいとは言わないまでも嫌ではなくなった。

 目的を同じくした者同士の間のみで共有される達成感というものを、全く理解できないレアではない。対抗戦のあの時から、代表会の面々には少なからず仲間意識を持っていた。


 今回の公開祭も必ず成功させようと、レアは密かに心を決める。

 恥ずかしいため決して口には出さない上、大した事もなさげに振る舞いはするものの、心の奥ではこの場にいる誰もと同じ事を思っていた。

 少し前までは学園を卒業するためとしか思っていなかった代表会への所属だが、今はこの場にいたいと確かに思っている。


 この場を離れて別の仕事をしていたのも、言い換えれば打ち解けたためでもある。

 ふざけた事だと怒られてしまうだろうが、ふざけた事ができるのも距離感が近くなった証しだ。少なくともレアは、代表会員に対して心置きなく接する事ができる。


 レアはもう、この場所が嫌いではない。

 少なくとも、この作業をするために不快な輩を我慢してもいいかなという程度には。


「手が止まっているぞ」


「はい」


 マティアスの言葉に、ようやくレアは我に帰る。

 差し当たっては、自らに当てられた仕事を終わらせなくてはならない。




 気分が悪い。

 具合が、ではない。気分が、これ以上になく害される。

 あいつの声が、動きが、挙動が、一挙手一投足が、腹立たしくて仕方ない。


 指示を受けてそれに従う姿が嫌いだ。

 そつなく仕事をこなす姿が嫌いだ。

 友人と何気ない会話をする姿が嫌いだ。

 注目を浴びる姿が嫌いだ。

 期待外れだと言われても平気な顔をしている姿が嫌いだ。

 誰かに指示を出す姿が嫌いだ。

 誰かに問いかける姿が嫌いだ。

 身体をほぐすために伸びをする姿が嫌いだ。

 ため息をつく姿が嫌いだ。

 歩く姿が嫌いだ。

 座る姿が嫌いだ。


 全て嫌いだ。

 大嫌いだ。


「ハンナさん」


「……はい」


 返答などしたくなかったが、無視を決め込むわけにもいかない。

 ほんの少しも会話などしたくないが、黙り込むわけにもいかない。


「どうか、しましたか?」


「そちらの進行状況はどうですか?」


 無言で、手元の道具を差し出す。

 細かい歯車状の部品だ。これがいくつも合わさり、大掛かりな仕掛けを発動させる。


「少し進行が遅れていますね。私が手伝いましょう」


「……よろしく、お願いします」


 よろしくなどしたくない。しかしそれを口に出すわけにはいかない。

 仕方なしに、机に向かい合って作業する事となった。


 そもそもを言えば、レアがいる事が原因だ。

 ハンナは学年でも指折りの実力者であるし、現時点でへたな二学年よりもずっと優秀だと自負している。

 そのハンナの作業が遅れている理由は、単純に一つだけだ。


 レア・スピエルが近くにいる事。

 それ以外には、存在しない。


 あまりにも腹立たしく、あまりにも苛立たしく、作業に身が入らなかったのだ。

 なまじ対抗戦で活躍してしまったがために、彼女の名は全校生徒に広まってしまった。

 注目の的、時の人、その評価がハンナの神経に深く食い込む。


 首を絞めてやりたいとすら思う。

 手は出さないが、出したいとすら思う。


「まさかレアちゃんがこんなに打ち解けるなんてね〜」


 ナターシャが楽しげに言う。

 手元から目を離さずに、作業効率を落とさずに、誰にともなく話している。


「特にマティアス先輩なんて、初めは猛反対でしたもんね〜」


「余計な事を言うな」


 マティアスもまた、手元から目を離さずに答える。

 二人とも、流石に学園でも最高峰の実力者だけあり、手際がハンナとは段違いだ。


 だが、ハンナが興味を持ったのはそこではない。


「反対……されてたんですか?」


「そうなのよぅ。レアちゃんってば魔法得意じゃないから、マティアス先輩とヴェルガンダ先輩が反対してね」


 ナターシャの話は長く、その日の作業を終えてしまうまで続いた。

 日は大きく傾き、野次馬も大多数が部屋に戻った。

 まもなく湯殿も混み合う時間だろうとマティアスが言わなければ、もっと続いていたかもしれない。


 つまるところは、レアの代表会入りに反対した二人と勝負をする事があったのだという。知略をかけた勝負だ。レアが得意とする土俵で勝負を行なったらしい。

 レアはその二人を容易く下し、まんまと代表会入りを果たした。


 ——これだ!


 ハンナの脳裏に、その閃きがあった。

 レアを排除する上で、これ以上にない妙案に思えた。


「そのお話、私も乗らせて頂いてよろしいのでしょうか?」


 笑顔で、あたかも何気ないように、その言葉を発した。

 笑うナターシャ、平然としたレア、そしてそれ以外の全員はポカンとした顔をして、皆一様にハンナを見る。


「良いわよ。私が許可しちゃう」


 ナターシャのその返答によって、ハンナのレアに対する敵対関係は明瞭となった。

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