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彼女たちは対抗戦をする21

 意外かもしれないが、この対抗戦を観戦しようという生徒は一人もいない。


 観戦するためにこの場所を訪れているのなら、そのまま代表会を手伝おうと考える。その方が評価も高く、観戦に来ているお偉方に自らを売り込む機会ができるからだ。


 そして、どんな形であれ対抗戦の運営に関わる者は全員が開会式と閉会式および表彰式に参列しなければならない。


 だからだ。

 表彰式が始まった以上、もう動ける人員は一人もいない。代表会員と手伝いの生徒しかいないのだから、それは間違いないはずだった。

 アルバはそう考え、事実それは誰もに共通する認識だった。


 この場にいる生徒は代表会員とその手伝いできた者のみである。

 手伝いに来た生徒は一人残らず運営の雑用もこなしている。

 運営に関わった者は全員が式典に参加しなくてはならない。


 それは何一つ間違っていないが、それでもアルバには見落としがあった。


 この闘技場(コロセウム)にいる生徒の中で、たった一人だけ自由に動ける者がいる。


 その者は我が物顔で表彰式を無視し、ファルハン神秘学園の控え室へと赴いた。誰一人見張りがいない中でなら、余裕を持って魔導具を探す事ができる。


 そして、見つけた魔導具を持ち、表彰式の最中に堂々と姿を現したのだ。


 その人物——


「マティアス・ロベルト・ダイクロフト……ッ!!」


 事故による怪我を理由にして対抗戦への参加を辞退したマティアスならば、表彰式中にも動く事ができる。

 一ヶ月という期間のうちに動けるようになったものの、万全を期すために安静を言い渡されていたマティアスは、生徒の中で唯一客席にいたのだ。

 その彼が、第一戦で使われた物を含めた五つの不正魔導具を持ってこの場に現れたのだ。


「魔導具の確認をしたのは誰だ」


 マティアスのその言葉に、審判の隣に立っていた男が駆け寄る。

 対戦前に魔導具の確認を行ったのは確かに彼だ。魔導具の申請をしたのはアルバなので、その男の顔にはよく見覚えがあった。


「ま、待っ……」


「これは、申請された魔導具に違いないか?」


「……確認しましょう」


 男が魔導具を手に取り、注意深く観察する。

 色や形状や魔法式は当然だが、それだけではない。それだけならば、簡単に似せられるからだ。男はもっと繊細な、表面の傷や塗装のムラのような微妙な違いを観察している。


 かつて、よく似た魔導具をいくつも用意する事による不正が行われたのだ。それは恐ろしく対応力のある魔導具として有名になったが、魔術師でもない剣闘士(グラディエーター)がそんなに複雑な魔導具を満足に扱えるのかという疑いがかけられる事によって不正が判明した。

 その事件があってから、魔導具の検査はより徹底される事となったのだ。


 まさかここまで巧妙に規定を違反するなどとは思わなかったために見過ごしてしまったものの、いざこうして確認して見誤る事はまずない。


「間違いなく、申請された物です」


 その言葉こそが、何よりの証拠。

 ファルハン魔術学園は、不正を行っていた。その事実が、ようやく白日のもとにさらされたのだ。


「では、一応聞くがね。何故第一戦で壊れてしまったはずの魔導具が、今こうしてこの場に満足な形で存在するのかね?」


「…………」


 答えられるわけが、あるはずはない。


 しかし、アルバが答えなくても答えはすぐに出る。

 なにせこの場には検査員に加え、マティアスとレアという優秀な魔術技師の卵がいる。


「おっと……外れたね」


「断面に薄く魔法式、魔力を流す事によって……接着も確認しました」


「接着時の強度も実用に耐える。黒だな」


 三者三様に魔導具を弄び、瞬く間にその特性は解明された。


 この瞬間、勝敗は覆る。


「どうでしょうか?」


 レアから、運営長に言葉が投げられる。しかしそれは聞くまでもない事だった。


「……それでは——エルセ神秘学園の勝利とする!」


 放たれたその言葉に湧いた歓声は、空の向こう側まで届くのではないかと思われた。




「戦勝祝いだ!」


 一位のヴェルガンダが高らかに宣言すると、生徒たちが一斉に歓声をあげた。


 対抗戦から三日経ち、代表会の面々は学園に帰還していた。本来ならば夏季休暇中という現在でありながら、校内には多くの生徒が集まっていた。

 言うまでもなく、代表会の勝利を称えてだ。


 準格でありながら大立ち回りを演じたハンナ。


 圧倒的な格上を下したナターシャ。


 大怪我を負っていながら勝利に貢献したマティアス。


 無類の強さを見せつけたヴェルガンダ。


 一瞬で決着してもおかしくない相手に食い下がったシス。


 一位を相手取ってギリギリまで食らいついたアルテア。


 そして、本来敗北であった対抗戦を覆したレア。


 それらを支えた一般生徒の手伝いまで含めて誰一人として欠けられず、全員が最善を尽くした勝負だった。


「レアさん、おめでとうございます!」


(わたくし)もお友達として鼻が高いですわ!」


 夏季休暇は家に帰っていたレアの友人二人も、今日この時だけは祝いのため学園に戻っていた。

 久しぶりに友人と顔を合わせたレアの無表情には、心なしか明るい感情が見え隠れしているように思えた。


「ありがとうございます。お二人ともどうぞ好きなだけ食べてください。全て一位の奢りだそうです」


 今、彼女たちの目の前には豪勢な食事が並べられている。

 分厚いステーキも、濃厚なスープも、全ては最高の食材を一流の料理人に任せて用意した物だ。それを全て祝いのためだと言い無償で提供するヴェルガンダに対して流石は貴族であると感心する。


「聞こえているぞレア・スピエル! 少しは遠慮しろ!」


 驚くほどの地獄耳でレアたちの会話を聞き取ったヴェルガンダが叫ぶ。


「おっと、一位の耳は私にも負けませんね」


 そんな冗談が言えるようになったのも、ある程度打ち解けた証だろう。


「こ、ここ、これ! 本当に食べていいんですよね? お金も払わずに!」


 未だ貴族の金銭感覚に馴染めないリリアが声を震わせる。

 これほどの料理など、彼女の生活ではそうそう見ることはないのだろう。ここに並べられている料理の数々は、学園内にあるすべての飲食店よりも遥かに高級な物だ。『ニイチ』の支払いにすら苦しむリリアには、これを無償で提供する感覚が理解できないのだ。


「お食事は手を付けるのが礼儀ですわ。お腹いっぱいまでとは言いませんが、多少食べましょう!」


 ライラが近くに置いてある柔らかなパンに手を伸ばす。細かく切り分けられたパンにハムや野菜を挟み、上から針で貫いたような食べ物だ。一口で食べられる上に手も汚れないため、この手の催しでは定番の物だ。

 当然、難解な調理手順が存在しないからといって味に難などない。最高の食材と一流の料理人の手にかかれば、簡易的な風に見える料理ですら至福の出来栄えとなる。


「美味しいですぅ……!」


 今にも涙を流しそうな様子で、リリアはパンを頬張った。


「そんなリスみたいにならなくても、食事は逃げませんよ」


「あんまり美味しくてぇ〜……」


 口の中一杯にパンを詰め込んだリリアに、レアは飲み物を差し出す。柑橘系の果物の果汁を基本にした飲み物で、砂糖を加える事で甘味を増している。


「リリアさん、食べ過ぎは良くありませんわ。(わたくし)たちは淑女ですし、何より一つの物でお腹いっぱいになっては勿体無いですもの!」


「! はい、そうですね!」


 周りにはまだ多くの種類の料理が出されている。

 野菜を薄い肉で巻いた物、団子状になった挽肉、小麦粉で固められた揚げ物、どれも貴族の主催する催しに恥じない一級品だ。

 それに加え、甘味の類も数を揃えている。

 一口大のケーキ、旬の果物、美しい砂糖菓子、どれも若い少女の心を掴んで離さない。


「あぁあああ……美味しそうです……! 持ち帰っては失礼でしょうか?」


「いやぁ……どうでしょう? 後で聞いてみますね」


「お願いします!」


 満面の笑み。

 まるで小動物のような愛くるしさに、レアは()()()()()()()()


 それはほんの僅か、親友である二人にしか分からない程度ではあったものの、確かに彼女は笑顔を見せた。

 そんなレアの姿が嬉しくて、ついついライラとリリアも笑ってしまう。


 しかし、そんな楽しげな空気を気にも留めない、無粋な声がかかる。


「レア・スピエル! こっちへ来い!」


 ヴェルガンダがレアを呼びつける。たちまち無表情に戻ってしまったレアが、冷たい目をそちらに向ける。


「……呼ばれてしまったので失礼します。持ち帰り、聞いてみますね」


「お願いします!」


 楽しげに食事を楽しむ友人二人を取り残し、レアはヴェルガンダの方へと急いだ。大した用事でないのなら、早く済ませて二人と話をする時間を確保したかった。


「……なんでしょうか」


 見ると、代表会の全員が集まっているようだ。準格のハンナまで含めて全員集まっているため、レアは最後に合流したという事になる。

 ただ、そんな事に申し訳なさなど感じない。レアとて、友人との時間を打ち切ってここに来たのだ。


「そう邪険にするな、代表会として必要な事だ」


 レアの表情はいつもと変わらないが、ヴェルガンダは恐らく気分を害しているのだろうと察した。それは友人との会話を邪魔してしまったという自覚からくる予想だ。


「別に、邪険になんてしていませんとも。……なんのようなんです?」


「代表会として、我々は挨拶をせねばならん」


 本当なら、それはほとんど必要のない事だ。なにせ、代表会になるほどの魔術師ならば、多くの場合はすでに広く知られているような人物であるはずだからだ。それは、たとえ準格であったとしても変わらない。

 しかし、今年ばかりはそうもいかない。なにせ、準格の二人は入学して半年も経たない一学年なのだから。


「我々の共として、今から学内の有力生徒の元を回る」


「ごめんねぇ〜、メンドくさいけど大切だからぁ」


 いつも通りの軽い口調でナターシャが笑いかける。

 レアはため息をつきたくなるのをこらえた。


 七人揃い、代表会で会場内を回った。


 惜しくも代表会を逃した優秀な生徒、名の知れた大貴族の子息、国家の垣根を越えて活動する大商人の息女、全員が次世代の国を担う金の卵。


 そんな彼らへの挨拶回りを経る事により、レアの立ち位置は大きく変わる。

 なぜか代表会に入り込んでいる劣等生から、その頭脳のみで代表会の座を勝ち取った逸材へと。


 この日を境に、レア・スピエルの名を蔑む者はいなくなった。

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